愛されたい症候群
綿麻きぬ
愛されない、愛されたい
この世界にはとある病気が流行っている。
病名は「愛されたい
愛されたい、この気持ちが強く大きくなってしまう病気である。一見すると罹っていないように見えても罹っていることもあり、専門家でも判別は難しい。
そんな病気であるが、一つルールがある。
「愛されている」と思ってしまうと死んでしまうのである。
この症候群は「愛されたい」というこの気持ちが段々自分の軸を蝕んでいってしまうのである。なので、「愛されている」と感じてしまったら軸が無くなって死んでしまう。そういう病気だ。
この話はその「愛されたい症候群」にかかってしまった少女とその少女を愛している少年の物語だ。
「ねぇねぇ、愛されたい症候群って知っる?」
君は僕に聞く。今、巷で有名な都市伝説のようなものである。でも確かにこの世界に存在し、発症している人も確かにいる。
「あぁ、知っているとも」
普段、彼女はこの手の話題をしない。ふと疑問に思い、僕は君に質問をする。
「どうかした?」
返答は簡潔で僕にとって驚きを隠せないものだった。でも、どこかでそうなんじゃないか、とも思っていた。
「私ね、罹っているんだ。ねぇ、私の話を聞いてくれる?」
僕は君の問いかけに首を縦に振った。
「私がね、この病気に罹っているって気が付いたのはついこの前なんだ。帰り道にね、下を向いて歩いていたんだよ。そこからふっと顔を上げるとそこは雲一つない晴天だったんだ」
僕は静かに君の言葉を体に取り込んでいく。
「そんな空を見てさ、私、愛されているのかなって思っちゃったんだよね。この病気に罹っている人のきっかけって多分こんな物なんじゃないかな。それ以来さ、ずっとずっとその考えが頭から離れなくて、昼夜問わず頭に付きまとってくるんだ」
君はゆっくりゆっくり言葉を紡いでいく。
「そんなときさ、愛されたい症候群の話を小耳に挟んだ。それから急いで調べたんだよね。寝る間も惜しんで」
僕は震える君の手を握ろうと思って、手を伸ばしたが直ぐに戻した。
「そしたら、私たちを批判する言葉ばっかりでてきたんだよね。被害妄想、自意識過剰、バカ、アホ、死んでしまえってね。それ見たら余計悪化しちゃってさ、今このざまさ」
僕にできることは何かあるのか、考え始めた。
「でも調べてみて、一つ真実を掴めたんだ。私たちは愛されているって感じたらこの世界から消えれるってことをね。愛されていなくて辛い世界と愛されていると感じて死ぬ世界、どっちがいいかな?」
君は僕に問いかける。多分君の中では答えが出てるけど。あえて、あえて、僕に聞いている。
僕に答える権利はないと思い込み、口を開けることはしなかった。
「私はね、愛されていると感じて死ぬのがいいな。だからさ、私のことを抱きしめてよ」
僕は言われた通りにギュっと君を抱きしめる。
けれども、何も起こらない。
「そっか、抱きしめられても愛されているって感じないのか。ごめんね、私のこと愛してくれてると思うんだけど、感じられなくて」
でも、僕はそれでいい。愛してるって君が感じてしまったら、君はこの世界から消えてしまう。
そんなことは嫌だ。僕の勝手なのはわかっている。けれども、僕は君を愛している。だから、どうか許してほしい。
君にとってこの世界は辛いかもしれないけれども、君が生きていることで救われている人もいる。君が犠牲になって、僕は成り立っている。どうか、そんなことを許してほしい。
愛されたい症候群、それは愛されていないと感じ、愛されていると感じてしまうと死んでしまう病気。
愛されたい症候群 綿麻きぬ @wataasa_kinu
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