第25話『水島……結衣? 昭二?』

トモコパラドクス・25 

『水島……結衣? 昭二?』      




「今年の転入生は二人ともかわいいね」


 この噂に友子は満足した。

 二人とは友子と、今日転校してきた清水結衣だったから。


「でも、今日来た清水結衣ちゃんは、抜群ってか、もうテッペン取ったて感じだよね!」


 この噂には、友子は二つの「し」の付く気持ちを持った……心配。そして、嫉妬。


 元来が、あの都立乃木坂高校の宇宙人がアテンダント用に作った義体だ。スタイル抜群、容姿端麗、眉目秀麗、明眸皓歯(めいぼうこうし)曲眉豊頬(きょくびほうきょう)花顔柳腰(かがんりゅうよう)羞月閉花(しゅうげつへいか)沈魚落雁(ちんぎょらくがん)「才色兼備」と、CPUが知っている限りの美人を誉める慣用句を並べても足りないぐらいであった。思わず、知っている限りの言語で表現しようとしたが、それだけで、丸一日かかりそうなので止めた。


「ほ~……………………………………………………………………………♡」


 朝礼の時に自己紹介したときの、クラスメートの反応である。


「もう……」


 と、一言ですましたのは、友子一人だけだった。柚木先生さえ、その声と顔と姿にほれぼれして、次の言葉がなかなか出なかったほどである。

 その日は、ほとんど授業にならなかった。男子生徒ばかりか、女生徒までが、いや、授業に来た先生たちも、ポーッとして、もう授業どころでは無かった。

 休み時間には、他のクラスや他学年の生徒まで押し寄せてきて、生活指導の先生が規制に出てきたほどである。


 思いあまって、友子は結衣を部室にかっさらった。それも昼休みに、結衣がトイレの個室に入ったのを見計らって、ルパン三世のような早業で!


「なにを、そんなに急いでいらっしゃるの?」

「あのね、し、心配してんのよ!」

「わたしを……?」

「あなたと学校をね! 分かってんの、今の状況?」

「はい、少し困りますね」


 この、少し眉根を寄せた憂い顔が……友子も見とれてしまった。


「なんとかしなきゃね、とても普通にはやっていけないわよ」


 紀香が入ってきて言った。


「まったく、マネも、少しは加減してくれなくちゃね」

「あなた、水島昭二だったころの記憶あるの?」

「水島……結衣。ですけど」

「完全に上書きされちゃったかな?」


 美人耐性のプログラムを起動させて、やっと友子もまともになった。紀香が来てくれて余裕ができたのである。


「ちょっと、結衣ちゃん、ごめん」

 友子は、結衣の動力を切った。

「うん、止まれば、ただのかわいいお人形さんだ。今のうちにCPUに手を入れておこう」

「わたしがやる……」

 友子は、結衣のこめかみに両手を当てた。

「だめだ、ブラックボックスになってる。手伝ってもらえる?」

「分かった」

 左側のこめかみを紀香が替わった。ジーンという低い音がして、途切れた。

「シールドを超えた……昭二の個性が、義体のCPUに融合しかけてる」

「分離させようか?」

「下手にやったら、バグって元に戻らなくなる」

「ちょっと、わたしのCPUを通してやってみる」

 

 友子はシンパシー(共感)の回路を少しずつ解放し、まだ昭二である部分をコピーしていった。


「大丈夫、トモちゃん?」

「うん……だいぶお兄さんへの抑圧された感情があるわね。ほとんど自己否定しかけている。ちょっとお兄さんの映像出してみるね」

 友子は、目の前に昭二の兄である水島昭一のホログラムを出した。

「見かけで、まず負けてるね」

「素敵な人ね。二枚目にも三枚目にもなれる。相手に合わせて個性を変えられるんだ。智あって驕らず。情にも厚い。ひとの幸せも痛みも感じることができるんだ」

「詳しくは『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』をご覧下さいって、とこだね……」

「こんなところでコマーシャル?」

「それが、一番てっとりばやいからさ」

「いい本だもんね」


 停止した結衣の目から涙が流れた。


「あ……」

「苦しかったんだ、そんな兄貴を持って」

「だから、幽霊になってもダクトなんかに引きこもっていたんだね」

「少し、楽にしてあげよう」

「どうするの?」

「海王星戦争での、昭二クンの活躍、そして、『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』の中のお兄さんの姿。お兄さんも、こんなに悩んで、こんなに苦労したんだよ。君は知らないだろうけど……いくよ、インストール!」


 兄のホログラムは、結衣と重なり消えた。


「うん、良い感じでインストールできた」

「じゃ、起動するよ」


 結衣か昭二か分からないものが目を開いた。


「あなたは、だれなの……?」

「……水島結衣……で……水島昭二?」

 その二重人格は、ゆっくり二人に目を向けると、素直なこぼれるような笑顔になった。

「あ、トイレに入ったところで連れて来ちゃったけど、だいじょうぶ?」

「うん、みんな爽やかな涙になって流れたから」

「ええ!?」

「うそうそ、今からお手洗い行って、教室に戻る」


 午後のみんなの態度は落ち着いた。好ましくかわいい子という人間的な印象に変わったようだ。


 でも、放課後は大変だった。


 みんながこっそりスマホで撮った写真や動画が拡散して、マスコミが興味を持ち始め、結衣が校門を出たとたんに、草むら、路地、駐車中の車、電柱の陰、中には宅配のピザ屋に化けたのたちが、いっせいに現れた。

「すみません、通行の妨げになります」

 とかわそうとしたが、ラチがあかない。

「あ、飛行機が落ちてくる!」

 紀香が、落ちてくる飛行機を3Dで見せたので、みんな蜘蛛の子を散らすように居なくなった。

「ありがとう」

 そう小声で言って、愛すべき二重人格は駅に向かった……。




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