第16話 『妙子の中間テスト』
トモコパラドクス・16
『妙子の中間テスト』
妙子が唸っている。
「う~ん……頭に入んない!」
「なに、テンパッテんのよ~?」
玉子焼きが上手な麻衣が妙子の横に寄ってきた。
「この現社の予想問題よ」
「妙子、社会科苦手だもんね」
「でも、これ、予想問題ってかサービス問題じゃん」
現社の先生も、出来の悪さを予想してサービス問題を出してくれてはいる。
先生にも事情がある。
一学期の期末テストでは、教務内規によって、平均点を五十五点から六十五点の間に収めなければならないのだ。
こういうことの積み重ねが、学校の偏差値に影響してくる。
乃木坂学院は、偏差値六十八ほどで、まあ上の部類である。これを維持するために、周辺教科と業界で言われている社会科。その中でも一年のときに二単位しかない現社などは、ついでのようなものだ。
中間まではエスノセントリズム(自民族中心主義)などという、名前だけコムツカシいことをやっていた。
要は、自分とこの国がどこよりも優れているという感覚で、たいていの民族が、これを持っている。
しかし、現社のアズマッチは、授業がヘタクソでちっとも分からない。いきおい暗記モノの代表のような教科になってしまい、生徒たちには人気がない。中でも妙子は、ものの覚え方が理論的かつ、感覚的であるというところがある。
国語で『矛盾』という話が出た。いわゆるホコタテの問題なんだけど、先生はありきたりで、実演販売みたいな矛と盾の話なんかしなかった。
「この矢は必ず的を射抜く。しかし、わたしに当たることは絶対にない。それを証明してみせよう」
「どうして、そんなことが出来るんだ!?」
そいつは言った。
「この矢が放たれて、わたしに当たるのに一秒かかる」
「うん、そんなもんだろう」
「一秒の半分はいくらかね?」
「0・五秒だ」
「その通り。そして、その半分は0・二五秒だ。つまり、時間は無限に半分にできる。その無限を超えることなど、だれにも出来やしない!」
その時、みんなは笑ってしまったが、妙子一人頭を抱えていた。
「その理論は間違ってません。時間は無限に半分に出来るし、無限を超えるなんて理論的に不可能です」
蛸ウィンナーの妙子は、蛸壺の理論の中に落ち込んでいるんだけど、気が付かない。
先生も、説明に困ったようなので、わたしが手を挙げた。
「妙子、そこに立ってごらんよ」
わたしは、エアー弓を出して、エアーの矢をつがえ、妙子を狙った。無対象演技の練習なんかにはまりやすい妙子は、本当に弓で狙われているような気になって、脂汗を流した。
「わ、分かった、分かったよ!」
震えながら、妙子は感覚的に理解した。ま、そういう子である。
現社のサービス問題は、憲法の前文の一部と第九条を暗記して書きなさいという、しごく簡単なものだった。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
たった、これだけのことであるが、妙子は矛盾を感じて覚えられない。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」そんなもの現実には存在しないことは授業の断片や、バラエティー番組の話からでさえ分かる。
交戦権を認めないで、どうやったら自衛権が行使できるのか。両方とも戦争に間違いはない。
かくして、現社のテスト中、妙子は過呼吸になり倒れてしまった。
救急車に同乗はできなかったが、空飛ぶ女子高生モードで救急車より先に病院についた。途中で連絡をとったので、紀香も来てくれていた。二人でステルス化して病室に入った。
「こりゃ、ナノリペアでも治せないね」
「精神的なことだからね……」
「仕方ない……」
友子は、妙子の額に手を当て、憲法を含む戦後の歴史を、妙子の前頭葉にインスト-ルしてやった。
妙子は、少し熱を出したが、なんとかインスト-ルに成功し、その日のうちに退院することができた。
しかし、二十数年後、このために妙子が高名な政治学者になり、内閣参与になることまでは分からなかった……。
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