第11話 『新型スマホの特別機能』
トモコパラドクス・11
『新型スマホの特別機能』
この人には笑顔が似合うと思った。
この人とは、我が担任の柚木先生である。
柚木先生は、久々にクラス全員が揃ったので、教室に入ってきたときから終始笑顔である。でも、とくに長峰純子に声を掛けたりしない。ただ長欠だった生徒が登校してくれたことを素直に喜んでいる。それだけで、まだ二十代後半の柚木先生は女子高生のように華やいで見える。
友子は、ふとこんな人が、こんな時につけたら栄えるようなファンデやルージュがあればいいなあ、と、弟であり父親である一郎の感覚で思った。一郎はいま仕事で、新しいルージュの研究にとりくんでいるのだ。
嬉しいついでにってか、半分照れかくしのつもりで、こんなことを言った。
「来週の月曜日に卒業生で女優の仲まどかさんと、乃木坂に二年まで在籍した坂東はるかさんが取材を兼ねて、来校されます」
――キャー――という歓声が上がった。
坂東はるかと言えば、『春の足音』という連続ドラマで彗星の如く現れた女優で、今やドラマや映画に、この人の名前を聞かない日はないというくらい。家庭事情で中退したけれども乃木坂学院を心から愛してくれている。
かたや仲まどかは、わが演劇部の中興の祖といわれ、女子大生をやりながら女優としても芽を出しかけている。で、劇的なのは、二人が南千住の幼なじみであることと、ドキュメント小説と言っていい『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』の主役と重要な登場人物であるということである。
「演劇部って言えば、鈴木さんと浅田さんがそうよね、わたしも一応顧問だし。月曜はよろしくね」
友子は無意識のうちに、先生や生徒達が放っている嬉しいときのホルモンであるベータエンドルフィン、ドーパミン、セレトニンの含有率を測定なんかしてしまった。
休み時間に、そのホルモンをナノリペアに作らせ、試してみたら効果覿面、肌に潤いと張りが出てきたばかりか、男を誘うフェロモンまで増加しているのには驚いた。廊下ですれ違った大佛聡の目の色が変わったので、友子は急いで数値を戻した。
友子のクラスは、おおむね良い子が集まっているが、おのずと個性がある。蛸ウィンナーの池田妙子がそうである。新型のスマホが出たのでさっそく買って、最後の楽しみに取っておいた蛸ウィンナーを口に放り込むと、まるで手品のようにポケットからスマホを取りだした。
「へえ、これ昨日発売されたばかりのでしょ!」
すっかり元気になった長峰純子が食いついてきた。
「これ、シャメでホログラムが撮れるんだよね!」
「そうなんだ……ドーヨ!」
なんとスマホの画面の上に実物大のガトーショコラが浮き出した。
「昨日、このスマホを買った記念にアキバのお店で買って写したの」
「写しただけ?」
「もちろん、あとは頂きました」
「タエちゃんが?」
「ううん、兄貴が。スマホ買うのに一昨日の晩から並んで、買った興奮で、限定何個のガトーショコラも並んで買っちゃって、その記念に写して食べちゃった。で、罰に、今日は、あたしが独占!」
女の子達がキャーキャー言ってると、つい友子もしゃしゃり出たくなる。
「これ、他にも機能ついてるよ」
「ほんと!?」
「うん……」
友子はイジリながら、あんまり考えないでスマホを細工した。
「ほら、ここクリックすると匂いがする」
「……ほんとだ、高級チョコの匂いだ!」
で、友子に悪意は無かった。ただ自分の能力がコントロールできなかっただけなのである。
放課後、部室に行こうとしたら、教室のある校舎の方から、すごい悲鳴が聞こえてきた。
「友子、なんかやらかしたんでしょ!?」
「ええ?」
義体である友子と紀香には、悲鳴によって人の状況が分かる。今のは命に関わるような危険なものではない。ただ、とんでもないものに出くわした時に出る悲鳴である。
「ん、この臭い分子……」
「あ……!」
友子は、ダッシュで教室に向かった、そして、その臭い分子の元を発見した。
妙子の机には、例のスマホが放置され、みんながそれを遠巻きにしていた。
友子は、スマホに匂い再生機能と共に、時間経過機能まで付けてしまっていた。 確かにガトーショコラのホログラムは出ていたが、食後十数時間たった……その姿と臭いであった。
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