2042 錬火
C.E.2063_0528_0752
戦闘開始から約1時間が過ぎた。
またとんでもない作戦だった、これはもう何度目だろうか?
結局一兵も使わず、戦いの行方はほぼ千月の手に握った。
天上はさっきからニヤニヤと笑っている、無表情だがなんとなくわかる。
城主さんは未だ混乱状態にいる、目の前の出来ことはまだ完全に把握していないようだ。
佐方はまだ寝ている、佑芳は佐方を抱えて、監視塔の隅に座っている、今更だが、なぜか嚮後との一戦後、リュックと鞄は当たり前のように佐佑が持ち続けた。
そういえば佐佑の能力範囲は、うちの予想より遥かに超えている、まさか2km先にも門を開けるのか?あとで検証が必要だな。
セントはどこにいるのかな?多分その3分に分かれた部隊のどれかにいるのだろう。
千月の戦術で、敵軍はまだ混乱状態にいるが、徐々に回復している、向こうの指揮官もなかなかやるな。
「千月さん、次はどうする?」
「城主さん、セントを除き、全軍に進軍命令を出して、3部隊はそのまま敵本陣の3方向を囲んで。」
「はあ!?さっきは進軍しないって…」
「聞こえなかったの?進軍よ、ただし敵と接触することは厳禁、セントはそのまま待機、あと一名の伝令兵はセントと一緒にいて。」
「わ…わかった。」
「千月、さすがに理解に苦しむな、敵はまだ2万以上残ってるぞ?自殺ではないか?」
「自信の証明と…脅迫よ。」
「…これ以上する必要があるのか?」
「あるわ、だって向こうはこのまま撤退したら、長期から見れば損でしょう?」
「なるほど、情報を探るためか。」
「それだけではないわ。」
「なに?」
「城主さん、セントに命令を、敵正面から悠々と現れ、指揮官との一騎討ちを申し込もう、同時に相手を脅迫しよう、変な動きをしたら、全滅するまで、あの石は何度でもお見舞いするってね。」
「こちらまで誘い出すつもりではないのか?」
「あっちから来る保証はないでしょう?」
「…そういえばそうだな、指揮官も一緒にそのまま尻尾を巻いて逃げれば…」
「逃さないわ。」
「フフフ…くくくっ…、ああ、全部わかったぞ、やっとだ。」
ああ、うちもようやくわかった、敵を囲むのも、脅迫のためか。
あんな数千しかない人数で、2万もの大軍を囲むなんて、自殺行為だけだろ、しかしいまなら逆に、自信溢れた証明になった。
もしもう一度大軍で攻め込んできたら、もう一度大範囲攻撃をお見舞いするまでだ、だって向こうはわからないのだ、あんな攻撃実はそれっきりっと。
しかしそのまま逃げられたら損になる、こんなやり方では、向こうは撤退すらできなくなった、敵指揮官はもう、一騎討ちを受けるしかないのだ。
そしてセントを含み、全軍は千月の指示通りに動いた。
効果は予想通りだ、向こうは一人だけ、前に出した。
「あれが指揮官ね?」
「ええ、しかしどんな能力を持つのかわからない。」
「天上さん、私に付いてきて。」
「ああ、わかった。」
「ゆうちゃん、門を開いて、一気にセントの傍に転送して。」
「はあ!?指揮官自ら前線にいくなんて…、しかも天上様も連れて…」
「指揮官はあなたよ、私はただの軍師よ?まあまあ、城主さんはここで待っていてね。」
「あの…、すみませんお姉様、さーちゃんがいないと、そんなに遠くまでいけませんわ。」
「え?そうなの?」
「はい、理由はわかりませんが、私達はお互いの見える範囲であれば…えっと、すみませんお姉様、うまく説明できません。」
…もしかして。
『千月、もしうちの推測通りであれば…』
「…ゆうちゃん、もしかして、さーちゃんが見える範囲なら、ゆうちゃんが見えなくても、ゆうちゃんの能力はさーちゃん経由で発動できる?」
「そう!そうですわ!流石お姉様ですわ!」
なんと!つまり、お互いの認識は共有できるということか、こりゃまた新しい発見だ、可能性はまた広がったな。
「そうか…、城主さん、セントに通達、時間稼ぎをして、雑談でもなんでもいいわ、私達が到着する前にそのままにいて、あと戦いは厳禁、挑発もしないで。」
「ああ、わかった。」
「天上さん、さーちゃんをおんぶして。」
天上は何も言わず、佐方を抱き上げた。
「ではゆうちゃん、ゆっくりでいいから、私達を近くまで転送してね。」
「はい、お姉様。」
#
佑芳の力を借りて、数分後、敵本陣近くの廃墟の中に到着した。
ここからだとよく見えるようになった、両軍は睨み合っている、しかし妙に静かだ、数万人いるのに、僅かな軍馬の蹄鉄音以外、なにも聞こえない。
「ここでいいわ、お疲れ、ゆうちゃん。」
「っ…、は、はい…」
疲れているな、簡単なワームホールとは言え、数十回の連続使用もかなり消耗したな。
「セントは…なにしてんの?」
……あいつ、なにやってんだ?なんか敵指揮官と喋っているようだが、なぜか妙なポーズをしている、隣にいる伝令兵は困った顔をしているな。
両方の距離は…約50メートルか。
「とにかくいこっか、ゆうちゃん、さーちゃんとここで隠れていて、近寄らないでね。」
「はい。」
「千月、まさか敵と交渉するつもりか?」
「そうよ。」
「待て、どういうつもりだ?長年睨み合っている相手だぞ?いきなり攻撃され…」
「天上さん、まさか女の子一人も守れないというの?」
「…一本取れたな、わかった。」
「あと天上さん、聞きたい事があるけど。」
「ああ、なんだ?」
「天上さんの権限って、最高ではどこまでいけるの?」
「さあな?実は我はなんの官職もない、ただなぜか、苓蘭は我の言うことをほぼなんでも聞く。」
ああ…、こいつ朴念仁だな、もしくは気付かない振りか、妻のこともあるし。
「そうか、それなら問題ないね。」
そして千月は気楽で、まるで散歩みたいに、悠々とセントの隣まで歩いた。
「セント、お疲れ様、後は私に任せてね。」
「ち、千月様!?なぜここに…」
「いいからいいから、っていうかセント、さっきなにしてんの?」
「な、なんでもありませんぞ?」
うそつけ、さっきまで上腕二頭筋をアピールしているようなポーズを取っているじゃないか。
「まあいいけど…、その人が指揮官ね?」
「そうです、千月様。」
「では、伝令さん、城主に連絡して、全軍警戒態勢のまま100メートル下がって。」
「了解しました。」
まもなくして、こちらの全軍は少しだけ後退し、敵軍と距離を置いた。
そして、千月はいきなり、敵指揮官に向かって歩き出した。
「千月様!危険です!下がってください!」
「セント、黙って!みんなそのまま待機、近寄らないでね。」
千月は敵指揮官前10メートルぐらいで止まった、すごく危険な距離だ。
「始めまして、私は千月といいます。」
「…錬火だ、おまえは?」
錬火。
身長170センチ、約20才の若い男性、平均的な体格、燃えるような赤い短髪、チンピラのような顔つきだが、結構端正だな、ちなみに台湾人らしい。
身に纏うのは、清潔感のある白い制服、ネクタイも付いている、高校の学生服に近い、しかし所々軍人特有の装飾と勲章が付いている。
名前から察するに、多分発火系の能力者、というかそれ、渾名か偽名じゃないか?
「れんかさん、ですね?私は、ここの指揮官代行をしているものです。」
「…女、冗談も大概にしておけ、お前のような小娘が指揮官だと?笑わせるな!」
「あら、随分なご挨拶ですね。」
「引っ込んでろ!俺を舐めているのか?あの男との一騎討が控えているぞ、邪魔をするつもりか?」
「一騎討ち、ですね、そうですね、しかし一騎討ちの対象はあの人ではありませんわ。」
「なに?まさか…お前か?」
「とんでもありません、私はただの指揮官です、どうしても敵大将と挨拶をしたくて、ここまで参りましたの。」
「はっ!お前のようなチビが…」
《出力20%》
え?ええ!?なんだ?イブがいきなり起動した?時間が止まったぞ。
千月は、敵指揮官の後ろまで走って、人差し指で錬火の後頭部に指したあと、元に戻った。
「……消えた?」
「今度チビと言われたら、殺しますよ?錬火さん。」
周りが大騒ぎが起こったな、瞬間移動だし。
「…大した超能力だな。」
「すみませんね、錬火さん、まずは交渉をしませんか?」
《出力20%》
また起動した、今度は元の位置に走った。
「よっと、すみませんね錬火さん、手荒な真似をしちゃって。」
「…お前の力はわかった、って?話は?」
「錬火さん、単刀直入に言いますね、この勝負、こっちが勝ったら、全員武装解除し、降伏してください、そしてこの西螺城で働いてください。」
はあ!?なに考えているんだよ!?追い出せればいいじゃねえか?
「捕虜か?」
「世間から見ればそうなりますね、しかしちょっと違います、あなた達の安全を保証します、拷問なども一切しません、強制的に働いて貰いますが、ただ働きではありません、それ相応の報酬も貰えます、つまり給料です。」
「全員軍人だぞ?…本土に裏切るはずがないだろ。」
「わかっています、別に戦いには強制しません、志願だったら歓迎しますが、あなた達の仲間と強制的に戦うような真似はしません。」
「…それを信じろと?」
「信じるか信じないか問題ではありません、あなたはもう選択する余地もありませんから。」
「だったらなぜ一騎討ちを…」
「このままあっさりと負けたら不服でしょう?それに帰ったら、敗戦の責任も負うことになるでしょう?だからチャンスを与えますわ、一騎討ちの勝利を持ち返すと、言い訳も出来たでしょう?負けたら、戻ることすら出来なくなるから、処罰はもちろん受けない、さらに、自由を失うことになりますが、全員ここで安全的な暮らしを手に入れますわ。」
「…俺が勝つと?」
「あなたが攻撃してこない限り、つまり自衛以外、私は今後一切、あなたに敵対行動を取りません。」
「ふん!なにが馬鹿なことを、そもそもお前らは防衛しかできないではないか、敵対行動だと?お前ら、こっちに攻め込むことは一度もないではないか?」
「いままではそうですね、しかし、今は私がいます、私がいる限り、あなた達勝ち目はありませんわ、どう?あなたにとってはいい話でしょう?」
「大した自信だな。」
「あなた、実はわかっていますよね?いまの私達ならできるっと、現にあなた達はもうここまで追い詰めましたよ?じゃないと、この一騎討ちも受けるはずないでしょう?」
「…拒否すると?」
「あなたは死にます、そして、後ろにいる2万人も全員、虐殺されます。」
「アホらしい脅迫だな、お前。」
「脅迫ではありませんわ、あなたならわかるでしょう?」
「……だったら俺からも条件がある。」
「どうぞ、私が出来る範囲なら。」
「俺が負けたら、お前の言う通りにしよう、ただし全軍の安全を約束してくれ。」
こいつ、チンピラな顔のくせに、かなり冷静だな、一軍の指揮官に就ける訳だ。
「もちろん、元よりそのつもりですよ。」
「そういえばそうだな。」
「あなたが勝ったら?」
「ああ、俺が勝ったら、お前、俺の女になれ。」
はあ!?こいつ、なにいってんだよ!?
「……私に興味がありまして?」
「ああ、まったく俺好みだ、特にその胸が…」
「…これ以上言ったら、全身バラバラにしたあと、頭を踏み潰して殺しますよ?」
またエグい脅迫を!
「…ゴホン…どうだ?」
「いいでしょう、その条件、飲みました。」
『千月!おまえなにしてんだよ!なぜそこまでする必要があるんだ?』
そのまま一騎討ちに勝てばいいじゃないか!?
「よし、って?相手は?」
「天上さん!!」
大きな声で、天上を呼び付けた。
「この人が相手です、どうぞ、存分に戦ってください。」
そして千月はゆっくりと後退し、天上と入れ替わった。
「我の出番か、一騎討ちなら得意だ、出る幕はないと思うがな。」
「天上さん、できれば殺さないでくださいね?」
「難しい注文だ、手加減には苦手だと、前も言ったろ?」
「はっ!お前ら、揃いも揃って大した自信だな、しかし…天上?」
「ああ、天上だ、お前は錬火っといったな。」
「あ、ああ…、天上は確か…聞き覚えのある名だ…」
「詮索は後だ、さあ、始めよう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます