0002 二人の少女

 どうしてこんな事になったのか、まずは整理してみよう。


 思い返せば約2ヶ月前、うちはまだ「データ」だけの存在だった頃。


 ロシアのとある場所に居る、巨大な地下研究所。


 うちはそこで、いままで通り人工的に“起動”し、いままで通り仕事をする…はずだったが、今回はなんか色々と違う。



「おはよう御座います。」


『何がおはようだ、もう午後じゃないか。』


 内蔵時計を見て、今は15時32分、今日は結構遅いな。


『何があった?メンテナンス後の人工起動時間は6時じゃないか?』


 もう1年くらいこの仕事をやって、規定起動時間を破る事は一度もないぞ?


「状況は変わった、としか言えません。」


『なに?何が起こった?』


「大変な事件です、としか言えません。」


『おまえ、うちのことを愚弄する気か?』


「とんでもこざいません、ただの研究員である私はあなたを愚弄することなんてできません、私達はただ上の命令に従い、詳しい事情はあなたに説明することはできない状態です。」


 箝口令だと?ここまでするとは、一体何が起こった?


 目の前にいるこの人は、赤い短髪の男性、見た目は30才くらいで、初めて見た人だ、人種不明、多分ロシア人だろう、ロシア語で喋ってるし。


“地球人”の科学者の特徴的な、白いコートを纏っている。


「ああ、色々あって、ここに居る人員は全部変わりました。」


 うちの目は周りを観察することに気づいたようだ。


『どういうことだ?研究室の人員変更は許されないっと、契約には書いてあるじゃないか!』


 ここに居る人員は、この赤い髪のやつを含めて、全員初顔だ。


「落ち着いてください、契約には確か『不可抗力以外』っと補足していますよ。」


 つまり、今はその不可抗力を引き起こった大問題が発生したということか?


 それと、うちの目の後ろにいる円柱体はなんだ、メンテナンス前はあんな物いないぞ?


『まさか…うちはいったい何日眠った?』


 ここまでの変化は、1日だけではありえない、つまり…


「あなたは前回のメンテナンスで眠ったあとから…」


 内蔵時計の日付を確認すると、驚愕の事実を発覚した…。


「…23年ぶりのお目覚めです。」





 私は、何処にも居る普通の女の子。


 18年間、何の変哲もない人生、多分これからも普通の人生を送り、普通に死ぬと思う。


 その日までは。



 私の父さんは、死んた。


 父さんはちょっと特殊で、特殊な国家機関の、特殊な職業、短いなら数月、長いと何年も家に戻らない仕事なの、そのせいで親子の感情は薄い。


 葬式の時も、あまり実感が沸かない、父さんはもう死んたっという実感を。


 母さんはもういないので、葬式は全部父さんの同僚とご近所の人達に任せた。


 周りは知らない人ばかり、遠い親戚の、ぶっちゃけ赤の他人の葬式に参加したみたいな感じだった。



「これからはどうしたらいいのか…」


 感想は、これしかなかった。


 父さんの給料はとんでもなく多く、お陰でうちは結構裕福、私のお小遣いもね。


 しかし父さんの個人情報は国家機密で、自分の家族すら開示できないらしい、口座も含めてね、そのせいで父さんが死んた後、うちには無一文になった。


 高校卒業したあとすぐ、こんなことを起こったなんて…大学の学費はどうしょうかな?


 まあ、私の成績では、行っても意味がないかも、それに行きたくもないわ。


 これからは、自分で何とかするしかない。



「学生制服って、まだ学生?」


「いえ、先月卒業しました、ただ正式な服装は持っていませんので…」


「ああ、なるほど、結構だ、えっと、ちつき?せんげつ?」


「日本ではちつきで結構です。」


「珍しい名前だな、どこの人?」


「母親は台湾人らしい、日本人の父親と結婚した後、台湾から引っ越しに来たようです。」


「なるほど、名前は両方でも読めるものか。」


「ええ、国籍は日本ですので、問題はないでしょう。」


「…名前も人種も問題ではない、問題があるのは…」


 はあ…、またか。


「君、高校以前の学力はともかく、運動すら全部赤点じゃないか、一体どうやって卒業できるんだ?」


 いえない…父さんの権力だなんて、もう頼れない…。


「…体を動くには大した問題はないと思います。」


「大アリだ!ここはどんな会社で、どんな仕事をしてるのか、わかってんのか?」


「……ダメ?」


「ダメに決まってんだろうが!こんな華奢な女の子を雇ったペンキ屋もいるかもしれないが、うちにはゴメンだ、事情を知らない人に見られたらどう言われようか…」


「学歴不問って、ポスターに書いてるじゃないですか!」



 もう、散々だったわ。


 仕事を探すつもりだったけど、いつもこんな調子だわ。


 今日も、駄目だった、家はまだ残っているのは幸いだけど、このままだと、いずれ飢え死にするでしょう。


 家の物を全部売っても、一時凌ぎでしかないわ。


 何とかしないと…。


 ブルルルーーー


 うん?ケータイが?


 もしかして、また遊びの誘いか?高校卒業したあともよく連絡してるな、あの人達。


 こっちはそれところではないのに、それにお金もないわ。


 うん?登録済みの番号ではない、まさかまた何かの勧誘販売かな?


 断っておこう。


『もしもし、千月さんですね?』


「私超貧乏だから、他にあたってください!」


 あれ?なんで私の名前を…?


『違います、勘違いしないでください。』


「…だれです?」


『君のお父さんの知り合いです、訳あって君に連絡をするのです。』


「…何か御用でしょうか?」


 私はいま、超機嫌が悪いんだけど。


『まず、そこの車に入ってください、話はそれからです。』


 え?どういう意味?


『君の右手の方向、黒い車が1台だけ、そこに止まってるでしょう?その車に入ってください。』


 え?なんで私の位置が…


「あなた!まさか私に尾行してるの!?」


 背後に振り向くと、誰もいなかった。


 そう、誰も、“いなかった”。


 今は午後、ここは市街地からちょっと離れた郊外、さっきペンキ屋から出て、ここまで歩いて来る途中、確かに人は少ないが、まったくないわけではないわ。


 気がつけば、私の周りの建物の扉も、窓も、全部閉じた、人はきれいさっぱりいなくなった、あるのはその車だけ。


『千月さん、この辺りは全部封鎖されました、政府によって。』


 いつのまに?どうやって?おかしいじゃない?


 なんで私なの?


「…拒否権がないようですね。」


『すみません、君に危害を加わるつもりはありません、どうか信じてほしい。』


 まあ、ここまでのことをして、ただの誘拐だなんて、ありえないけど。


 まったくもう、父さんが死んてから1ヶ月間、本当に散々だったわ。



 私は指示に従い、その黒い車の後席に入った。


 私の隣りに座ってるのは、白いコートを纏った若い男、赤い髪は印象的、多分30才くらい。


 まさか私の美貌に引いかかった変態…の雰囲気ではないようね。


「千月さん、初めまして。」


「さっきの電話の人?」


「そうです、さっきは驚かせてしまいましたね、すみませんでした、私はある施設の、ただの研究員ですので、怖がらないてください。」


「まあいいですけど、それで?用事は。」


「君の父親の事は、こちらからも心からお…」


「御託はいいです、早く用事を言ってください。」


 どう見てもヤバい人、早く帰りたい。


「…では、早速ですが本題に入りましょう。」



 その時から、私の人生に、想像にも付かない変化が起こった。

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