22話 思い出の場所

 

 いよいよ夏休みに入った初日、昨日はつい夜更かしをして、気怠い身体を起こして時計を見ると既に昼前だった。

 適当にインスタントな食事を腹に入れて、支度をして家を出る。


 目的地はーーー



 *************



 ここに来るのは櫻と別れて話し合う為に来て以来だな。 あの時は駅から走って息を切らせて、何も考えずにインターホンを押したものだが。


 今は中々踏み切れずにいる。 また連絡も無しに来てしまったし、櫻はいないかも知れないな。

 暫く櫻の家の前で決心と葛藤を続けたが、決着は付かず、俺はふらふらと前に櫻と話した小規模な公園に佇んでいた。


 ここで櫻と話し合い、二人で再スタートを始めた。 あれからまだ、たいした時間は経っていないんだよな……。


 そんな事を考えて物思いに耽っていると、



「あれ、君は……」



 突然声を掛けられて振り向くと、



「あ……あの時の」



 振り向いた先には、週末に櫻と一緒に居た櫻の中学の先輩であり、元彼氏。 その人が立っていた。



「また、偶然だな。 何してるんだ? 櫻と待ち合わせ?」


「いや、そっちこそどうしてここに……」



 悩みの一つを目の前にして、俺は身構える。 そんな俺に苦笑いをして、



「そんなに構えるなよ、同じ元彼同士だろ?」



 だから警戒してるんだろうが。 他の男ならまだしも、先輩元彼は要注意だ。 いや、田嶋……お前を舐めている訳じゃないぞ、すまんな。



「その様子じゃ櫻からは何も聞いてないみたいだな」


「どう言う事、ですか?」



 一応年上だからな、俺は何とか自制して言葉を選んだ。



「俺はもうすぐ親の都合で北海道に引っ越すんだよ」


「ーーえ……」


「それで女々しくも櫻の家の前を通ったら偶然会えて、最後に少し買い物に付き合ってもらったんだ。 櫻は優しい奴だからな」



 最大のライバルだと思っていた先輩は居なくなる? だから櫻は最後に……。



「だから櫻を変に思わないで欲しい。 と言うか、君も女連れだったからな、言える立場じゃないと思うけど」


「う……」



 櫻を擁護しながら、突き刺さる言葉を俺に放ってくる。 俺にも事情があっての事だが、凛にも気持ちを持ってしまった今では言い訳にもならない……。



「まあお互い今は恋人は居ない様だし、そもそも俺が口を出す事じゃないからな」



 先輩は少し寂しそうな表情をして、今度は厳しい面持ちで俺に視線を向け、



「俺がもしここに残るなら、櫻を奪って今度こそ離さなかった」



 切れ長な目で俺を睨みつける。 長身だからか見下ろされた様な気分が言葉をより強く感じさせる。



「久し振りに会って櫻も成長していたし、俺も少しは大人になったからな」


「もし、そうなっていたとしても……俺だって何もしない訳じゃない」



 引っ越す事情がなければ相手にならない、そう言われているのが気に食わなかった。 無抵抗で引き渡すつもりは無い、そう意思を込めて先輩を見据える。



「この前一緒にいた子は何でもないのか?」


「そ、れは……」


「舐められたもんだな、気持ちを分けても俺に奪われないと?」



 俺よりいい男を舐めるかよ……。

 でも男は見た目だけじゃない。……中身の方が惨敗している気が……。


 たじろぐ俺を見て、先輩は呆れた様に微笑してから、



「居なくなる俺が何を言っても意味が無いな。 残念だけど俺は舞台に上がれそうに無い。 でも、櫻を他の男達が放っておくとは思えないしな」



 ……確かに。 現状は田嶋だけだから心配はしてないが。 いや、違うぞ田嶋……すまん。



「じゃあな。 櫻と思い出のあるこの場所を、最後に見ておきたかっただけだから」



 遠い目をしてそう言うと、先輩は思い出の場所を後にした。

 この場所にどんな思い出があるのかは分からないが、二人にとってそう言う場所なんだろう。


 あの時櫻は事情を言わなかった。 俺が凛と居て、凛の俺の呼び方にも苛立っていたし、無理も無い。

 でも本当の櫻とまた一から始めたいと言ったのは俺だし、感情的な櫻と向かい合うのは俺の望んだ事だ。


 それでまた俺達が付き合うのかはまた別の話。 当たり前だが全部違う訳じゃないが、櫻は前とは違うのだから。


 しかし、俺と櫻にとっても少なからずそうだが、こんな小さな公園にも近くに暮らす人、偶々立ち寄った人。 其々の思い出になる事もある。


 そんな事を思いながら眺めていると、俺の携帯が鳴った。



「……はい」


『あ、え、ええと……何してる?』


「ああ、その……」


『……なに、また夏目さんといるの?』



 歯切れの悪い俺の返事を勘違いして、櫻は低い声で俺に問い掛けてきた。



「ち、違うよ。 お前こそ、どうしたんだ?」


『私は……ちゃんと話したくて。 今日は、会えない?』



 今度は弱々しい声色でそう話す櫻。 何とも感情の起伏が激しい奴だと思ったらなんだか可笑しくなってきた。



「今、櫻の家の近くの前に話した公園にいるよ」


『えっ? な、なんで?』


「俺も櫻と話がしたかったから、何となくここに来てたんだ」



 勇気が出ずにインターホンを押せなかったとは言えないしな。 お陰で思いも寄らない人物と会ったが。



『今から行くから、待ってて!』


「前みたいにめかし込まなくていいからな」


『い、意地悪言わないの。 女の子は色々あるんだよ?』



 前に来た時はわざわざ着替えたり、化粧もしてたんじゃないか? 大分待たされたからな。



「分かったよ、待ってるから」


『うん。 急ぐから』



 さて、今回はどれだけ待たされるかな。 突然来る俺が悪いんだけどな。


 どんな話をするか、相変わらずノープランだが。 話してみなければ分からない、そうだろ。 櫻だって何を思っているのか、何を言いたいのか、俺には分からないのだから。



 またここで一つ思い出が増えるな。


 この小さな公園で……。



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