2話 考え尽くしてたら、走っていた

 

「……ん……ぅ」


 携帯のアラーム音が鳴り、登校の準備を急かしてくる。が、……眠い。櫻と別れた昨日は、あまり眠れなかった。振っておいて被害者面する訳じゃないが、眠いものは眠い。


 睡眠不足の身体に鞭を打ち、準備をして家を出た。




 ――暑い……。


 俺の心境何て御構い無しに、太陽は俺を焼く。倦怠感の中、俺は振っておいて女々しくも、携帯に櫻からラインも着信も無いのに少し落ち込む。そんな資格ないだろ。櫻の方が辛かった、よな。


 そして、歩きながら、近づいていくその場所に心の準備をする。いつもの、櫻との合流地点だ。


 当然、櫻は居なかった。


 僅かな期待と、居たらそもそもどうするつもりだと自分に問い掛ける。……よりを戻す気は、ない。



 教室に入るにも一苦労だ。事情を知らないクラスメイト達は、一人で来た俺を不審がるだろう。毎日櫻と一緒に来てたんだから。……もし櫻が先に教室に居たら、もう俺達の破局が既に伝わってるかも……何を今更、考えても仕方ない。


 俺は意を決して教室に入った。


 櫻は……まだ来てないみたいだな。

 席に着くと、普段は櫻と居る俺に気を遣って絡んで来ない友達が声を掛けてくる。


「珍しいな、今日は一人か?」


「ああ」


「……何だ、喧嘩でもしたのか? 暗いぞ」


「いや、何でもない」


 何でもなくなんかない。何も無い様に振舞ったつもりが、表情に出てるから言われたんだ。


 朝、担任の教師から櫻は体調不良で休みと話があった。クラスの皆は、信じるだろう。だから今日俺は一人なんだと、納得もする筈だ。……俺以外は。


 昼休み。俺は久し振りに購買でパンを買って食べた。今までは付き合ってから暫くして、櫻が俺に弁当を作る様になっていたから、ご無沙汰だったが。


 久し振りに食べるそのパンは、自分で無くした彼女の喪失感からか、味がしなかった。自分で選んだ事だろ、と自分を納得させるしかないが。


 学校が終わり、家路につく。

 別れてから一人で帰る家までの道は、想像通りの印象を俺の心に刻み込む。



 ◆



 その日の俺は、もう考え疲れて精神的に限界が近かった。


 俺達が別れてからもう一週間近くが経ち、その間、櫻の姿を学校で見る事はなかったからだ。

 せめて本人が来ていれば、俺の罪悪感も多少は薄れたのかも知れない。


 俺は、あの時の自分が正解だったのか。他に方法は無かったのか。もっと長く時間を掛ければ、櫻だって自分の思う事を徐々に俺に伝え出したんじゃないか?俺が二人の関係を急ぎ過ぎただけなのかも知れない。


 そう思っても、今更どうにもならないし、あの時言わなくても、そう変わらない時期にこうなっていた。そう自分を正当化する。


 最初は喧嘩でもしたかと思っていただろうクラスメイト達も、櫻の長い病欠と、その間の俺の陰鬱な顔を見ていれば、別れたなんて俺が言わなくても公表している様な物だ。


 クラスメイトに気を遣われるのも嫌だし、昼休みの様な長い休憩時間は一人で過ごした。


 また今日の授業が終わり、一人帰宅する。

 その帰り道、この何日か俺を苦しめ続ける場所に佇む。……この場所で、毎朝見た櫻の残像が浮かぶ。


 気付けば俺は、家と違う道に足を向け、走り出していた。その時は、何も考えずに動けていた。





 俺は櫻の家に向かう電車に乗っている。

 夢中で走っていた時は何も感じなかったのに、足を止めて電車の中にいる俺には、目的地まで残酷な、考える時間を与えられてしまう。


 引き返せよ。何でお前が行くんだ?どの面下げて行くんだよ。誰がこうした?



 自分おまえだろ。



 頭の中に自分を罵る言葉が浮かんでは決心を揺るがす。

 俺は目的の駅に着くと、それから逃げる様に走った。

 考えたくない。もう考え尽くしただろ。


 逃げ続けて俺は……櫻の家に辿り着いた。



 息が整い、考えが巡るのを恐れて、まるで匿ってもらう場所を探すかの様に、急いでインターホンを押した。



 息を切らしながら、待つ。

 会えるかすら分からない。それに、会ってどうするのかも考えてない。


 少しずつ、息が整うのに合わせる様に怖気が襲ってくる。……その時。



『はい』


「櫻さんの、クラスメイトの徳永です」

 


 まだ僅かに整えきれない呼吸を誤魔化し、その声に応える。

 まだ冷静になれない俺は、相手が櫻なのか、家族なのかは分からない。

 冷静になっていれば、まだインターホンは押せていないかも知れない。

 その声の主は、




『…………孝輝?』



 ―――櫻だ。


 久し振りに聴けた声に、気持ちが高揚する。



「ああ、俺だ」



 その後の言葉は出なかった。どうするのかなんて決めていないから……。




『……ちょっと、待って』




 俺の鼓膜を震わせた声は、当たり前だが明るいそれじゃなかったが、兎に角会ってくれるみたいだ。



 考えても答えは出なかった。

 会ったからってどうするのかはノープランだが。

 それでもこのままよりはマシな答えが出るだろう。



 櫻が玄関のドアを開けるまでの時間。

 俺は何故かあの時の、櫻に告白の返事を待たされていた自分を思い出した。



 状況は全く違うのに。



 本当に俺はどうかしているよな……。


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