幸福少女?
りあ
さいかい
「そろそろ入学式?」
がやがやと色々な人が行きかうスタジオの廊下で同じ事務所の
「お疲れ様です。昨日でした」
近くのスタジオでしたか、と問えばニコっとした笑みで肯定される。
「レイラももう高校生かー!あ、この後一緒にご飯どう?
女優という仕事柄なのか、この業界で顔がきく両親の影響なのか、なにかと人に気をかけてもらえることが多く、入学祝いも人を変え場所を変え両の手では数えられないほど開催してもらっている。
忘年会新年会のように、先月卒業祝いとして似たような数の食事の場に招かれたのは記憶に新しい。
名目だけで多くの場合、アルコールが入ると大人たちの普通の飲み会になるのだけれど。
卒業とか入学の何がそんなに良いことなのか、イマイチ分からない。
卒業祝いと称していつもより豪華な食事を前に両親に零すと、両親だけではなく
親の心子知らず、というものらしい。
私の親は何人いるのだろう。
「ありがとうございます、凪さん。兄が迎えに来てくれるので連絡してきます」
凪さんのように心から好いている人ならまだ良いのだけれど、そうでもない人との飲み会はとっさにいい子を演じてしまう。そんな自分が嫌になる。
「さっきの演技はなに!?帰ってレッスンよ!」
女性の鋭い声が響く。
子役が多い現場では良くあること。子役の親が自分の子供に叱咤している。
私は女優という名前になったけれど童顔のせいで子役たちと混ざって演技することが多い。まだまだこの世界から離れることは出来なそう。
同期の同世代の子は、大人っぽい役を与えられたり、声優、番組タレント、歌手としてデビューしたり……ずっと演者をしている私は焦りを感じている。
あんな風に叱られることがなかった私にはレッスンが足りなかったのかな。
「レーラ、ほらほら」
「……!はい!」
凪さんに急かされて私は兄に電話を掛けた。
入学式に満開の桜。
そんなものは演出によるもので、実際の桜は望まれない姿で立っている。
……小鳥。ウグイス……すずめ……なんだろう。
着慣れないまだ硬さを感じる制服を着て、見慣れない体育館に詰め込まれて早2時間は経っただろうか。
壇上の大人の言葉は華麗に聞き流し、私は少しだけ外が見える隙間から何の縛りもない自由な世界を見ていた。
「新入生、起立!」
ガタガタとパイプ椅子がずれる音がする。
「新入生、退場!」
式典という独特な雰囲気から解放される安堵で小さく息が漏れる。
コミュニケーション能力。笑顔。可憐な振る舞い。
演じて得ていたそれらの物を今の私は殴り捨てる。
「やっぱりあれ、
「小さい頃からテレビで見てた!」
「なんかテレビと印象ちがうな?」
「実は結構無愛想?」
小声、というレベルではない私に関する言葉が耳を通過していく。
物心つく頃から芸能界という世界で生きてきた。今更、気にすることもなくなっていた。
仕事でもないのに良い子を演じるなんて嫌。
"私"に対するイメージが悪化するとしても、どうしても口角を上げる気にはならなかった。
笑顔を演じれば、人が寄ってきた。
芸能界にコネを作るため、両親に取り入るため、芸能人と知り合いになるため。
皆、優しくしてくれた。褒めてくれた。
その瞳に私は映っていないのに、私が"私"を必要とされていると思うことで自分の承認欲求を満たしていた。
"私"はただ手段にされていただけなのに。
教室で簡単に明日からの説明が終わり、配布物が配られると解散になった。
私は一人になりたくて教室を出た。
"女優の杠葉レイラ"として見る視線を振り切り、何の縛りもない世界に飛び出す。
小鳥の声、遠くから部活動の声が聞こえる中庭。体育館から見えていた小鳥の姿はなかった。
深呼吸をする。春の香りがする空気を胸いっぱいに吸いこむ。
運動靴がコンクリートに擦れる音が聞こえて視線を向ける。
無意識に向けた視線が思わず交わる。
「……なぁ、俺の勘違いだったら悪いんだけど」
「……」
「……あんたの名前、レイラ?」
聞き覚えがある声の主の名前がすぐに出てこなかった。
けれど名前を呼ばれて昔の記憶が蘇る。
「……銀、くん?」
私を瞳にしっかり映して声を掛けてくれたのは幼馴染の銀くんだった。
この学校に来て初めて私を女優ではなく1人の生徒として人として見ている視線に安心を覚える。
「……何年ぶり?」
自然と互いに歩み寄る。
「えっ、と……4年、くらい、です?」
昔と同じ口調で話したい気持ちと裏腹に、仕事場だけではなく学校でも嫌というほど先輩後輩という関係性を刷り込まれて敬語が口から出る。
「いや、なんで敬語?怖いんだけど」
そんな私の小さな葛藤もお構いなしにバッサリと切ってくるドライさに思わず笑ってしまいそうになる。
「……そう。じゃあ、外す」
この間、私の表情筋の動きはわずか。
演じていないから過剰に表情筋が動かないのか、無意識に演じているから必要な表情筋が動かないのか。
私には分からなかった。
「レイラ、変わったな」
「……私も、同じことを思った」
「俺が変わったってこと?」
「……うん」
昔の、笑顔を演じていた私から変わっていたら銀くんも私から離れていく?
肯定されるのが怖くて、喉まで出ていた言葉を飲みこみ適当な言葉を繋げる。
銀くんは変わったところもあれば、変わらないところもある。
私はどうなんだろう。
でも聞くのはやっぱり怖くて言葉が続かない。
「
「うん。
「最近兄貴と連絡してない」
互いの兄、
もともと、兄たちの方が仲が良くてよく会っていたから銀くんともそれなりの仲になった。
「まさか、レイラがここに入学してくるとは思いもしなかった」
「私も、銀くんがいるなんて思わなかった」
「偶然ってすごいね。……まぁ、あんたに何があったか知らないけどさ。少しは気抜いたら?」
「えっ……?」
他愛もない話。のはずなのに銀くんはやけに鋭い。
「なんか、疲れたみたいな顔してるよ。自分で気づかないの?」なんて言われてしまえば少し前まで鬱々と考えていたことが頭に浮かぶ。
「……俺の親が離婚したから引っ越すって話をした時と、似たような顔してる。うまく言えないけど、どこか苦しそうな顔」
「……そんな、こと……」
「人の心が読めるやつなんて、いないんだからさ。言いたいことは言った方がいいよ」
銀くんのまっすぐな視線、言葉にいたたまれなくなる。
図星でなにも言えない。
私は苦しくて意を決してここに入学した。
全寮制の高校に入学することで仕事から距離を置くことに決めた。
新しい生活が始まるのに、どす黒い感情にもやもやして私は表情にも出していて。
「部活があるから、じゃあね」
遠ざかる銀くんの背中をただ見ていた。
ああ、私……本当に演じなければ何も出来ないんだな。
幼馴染にも置いて行かれている"苦しさ"を確かに感じた。
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