殺意
マフユフミ
第1話
目が覚めたら見知らぬ場所だった。
白い壁。
やたら大きな窓。
それを覆う薄い茶色のカーテン。
風に揺れるそれは柔らかく、優しい色をしているのに、なぜか殺伐とした空気がここには漂っていて。
寝かされていたベッドは清潔なシーツがかけられていて、その上の淡いピンクの花模様のブランケットをそっと握る。
一体ここはどこなんだろう?
それを知るべく、立ち上がる。
窓から見えるのは湖だろうか。深い青色が、太陽に輝いている。
部屋は10畳ほどで、ベッドわきのサイドテーブルや小さい冷蔵庫を見るに、どうやらホテルの一室のようだ。
その割にテレビはなく、電話もない。
玄関はこじんまりとしているが明るく、一輪の花が生けてある。
真っ白なガーベラ。
それが妙に無機質に見えて、何となくぞわぞわする。
そっと扉に手をかけても、何一つ動かない。
鍵さえ見当たらず、ノブをひねることも叶わない。
ここで、外部との連絡が一切閉ざされていることに気づく。
犯罪?
それにしても待遇は悪くはない。
それでもこれは、監禁されている、という状態にあるのだろう。
部屋の中は自由であるため、軟禁とでも言うべきか。
誘拐にしては大切に扱われているようにも思うし、なんとなく釈然としない。
まとまらない考えに嫌気が差してきたところで、喉の渇きを覚えた。
部屋の隅の冷蔵庫の方へと向かう。
その小さな扉を開けると、3本のペットボトルが入っていた。
水を一本取り出し、再びベッドへと座る。
何一つ知らない場所に放り込まれているわりには落ち着いてはいた。
それでも、何か一つでも刺激を与えられてしまえば、取り乱してしまう可能性も秘めていた。
こんな訳の分からない状況で、それだけは避けたい。
そんなことを思いながら水を口に含む。
味に異常はない。なんの変哲もないただの水だ。
思いのほか喉が渇いていていたようで、一気に半分ほど飲み干す。
ふっと息をつき、もう一度あたりを見回す。
何度見ても見覚えのない景色に、どうしたものかと思う。
その時、壁に1枚の紙が貼られているのに気付いた。
無機質な部屋に、少しの違和感。
貼り紙に近付く。
「…これは、」
そこに書かれていたのは、思いも寄らない文章。
『あなたの一番憎い人を殺せばここから出られます』
全く意味が分からなかった。
まず、人を殺さなければならない理由が分からない。
それに、ここには自分一人だ。
出られない場所から、どうやって人を殺しに行けばいいのだろう。
「一番憎い人って…」
それでもなんとか考えようとする。
そこで、一つのことに行きついた。
「私は、誰?」
自分が誰なのか思い出せない。
それなのに憎い人どころではない。
一体自分は誰なのか?
何者なのか?
考えれば考えるほど分からなくなる。
「誰なの?私は誰?」
さっきまでの落ち着きが嘘のように取り乱す。
「おまえなんて!」
突然聞こえる罵声。
「消えてしまえ!」
「この人でなし!」
次々と私をののしり出す。
やめろ、やめてくれ!!
何が何だか分からず、両手を振り回して声に抵抗する。
それでも罵声は止まない。
こうなれば、もうこれしかない。
サイドテーブルの引き出しから取り出した果物ナイフで抵抗する。
もう何も言わないで!私が何なのか分からなくなるから。
パリン!
ひどく大きな音がして我に返る。
シャワールームの鏡が激しく割れていて、飛び散る破片が刺さったのか、腕から血が流れていた。
ほんの少し壁に残っている鏡のカケラに映る自分の姿を見る。
ナイフを右手で握り、手首から下を流れる血を左手で抑えている、みすぼらしい女。
流れる血を見る。
赤くて美しい。
そして気づいた。
そうか、一番憎いのは、この女だ。
鏡の中の己がニヤリと笑う。
そして私は、私にナイフを突き立てた。
殺意 マフユフミ @winterday
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