信じるものは救われたい。
眞壁 暁大
第1話
ある日、神様が現れた。
見た目は、てっぺんハゲなのに頭の右半分がアフロで、左半分がトレッドヘアの小太りのアジア系のオッサン。
なので、最初に駅前にそれが現れた時には誰も信じなかった。「またヤベーのが現れたな」くらいの受け止め方。
もしこの時信じるやつが居れば、結果は違ったのかもしれない。
「なら神って証拠、見せてやんよ」
と言った後、その場にいた人間たちに街頭の人混みを映す駅ビルの大型ビジョンに注目するように促す。
「気合いだっ!」
神と称する男が一喝すると、ごみごみしていた人影がスッカスカになった。野次馬気分で見ていた人間はややざわつく。
TVか何かの演出かよ、と一緒に見上げていた恋人に声をかけようとした若い男は、恋人が忽然と姿を消したのに頓狂な声を上げる。
似たような騒動がそこかしこで生じる。大型ビジョンの中で起こったのと同じ現象が、ここでも起こっていた。
もとい、ここに限らず、世界中で起こっていた。
自称神……ガチもんの神は悠然と、さっきまで子連れだった、両手を子に塞がれていた買い物帰りの主婦に笑いかける。
「ざっとこんな感じよ。二割ほど減らしたった。信じる者は救われるんじゃけ、信じとった方が良かったんとちゃうか? のぅ?」
そういった次第で、現在の地球の推定総人口はだいたい50億人くらいになっている。
「ランダムに二割削ったった」と神は言っていたが、二割どころではない。それに人口減少の偏差が大きすぎる。本邦では体感で半分以下に減っているが、他所の国にはそんな減ってないところもあるらしい。ランダムにしては偏りが酷い、と尋ねた担当者に神は「こまけぇことはいんだよ!」と応じたそうだ。
ここで担当者と呼ばれる人々は、ガチもんの神だと判明してから地球の各国が慌てて国連的な何かに招集した各国の「代表のようななにか」である。
曖昧な表現になるのは、神の気まぐれデリートのおかげで国家首脳部丸ごと消えた国が続出したからだ。国連もその例にもれず、事務総長以下きれいさっぱり消えてしまった。この点、「ホントにランダムかよ?」という人類の疑念はさらに増すのだが、うっかり神に尋ねるわけにもいかない。
そうした次第で、主のいなくなった国連ビルに、なんとなーく世界のみんなが集まった。
代表選考することも出来ないほど行政府が機能マヒとなった国もさすがに参加しないわけにはいかず、適当な人材を見繕って「代表のようなもの」として送り込んでいる。ひとまずここはそれでしのいで、立て直してから神対策も含めた国際秩序の再構築をすることが最優先だった。
「よっ! 雁首揃えて何やってんの?」
神が現れたのは、最後の「代表のようなもの」が議場に入ってきたまさにその瞬間だった。議場から「げぇっ!!」と声が上がる。神の今日のスケージュールはバ〇カンの教皇と会談だったはずなのに、「「なんでここに居るんだよ!?」」 人類総意の疑問が湧く。
「神は遍在するっていうやろ? そういうこっちゃ」
ニタリ、と神は笑みを浮かべた。柔和とか温和とかそういうのと無縁そうな笑顔。つづけて神は言った。
「あんなぁ。σ(゚∀゚ )オレ言いたいことあんねん。」
議場が静まり返る。
「人間さァ……オマエラ、頻繁に戦争しすぎとちゃうか? 自分で決めたルールでダメっつってんのになんでやねん?」
ここで神はクソデカため息を吐く。
「つったらアレやろ? なんや、ルールの抜け道があるらしいな? ちょっと前来たとき聞いたで、変な髪と禿とデブに」
議場から「全部オマエじゃねえか!」とヤジが飛びかけたが周囲の者が制止する。皆の脳裏に浮かんだ奴はすでにこの世から消えてる。
ランダムに消したってぜったいウソだ、と確信する代表、および代表のようなものたち。
「抜け道あるルールなぁ、そんなん許されてええと思うんか、ん? どないや、そこの兄ちゃん」
神から急に名指しされたのが永世中立国の代表(無事だった)のは運がよかった。彼は神の言葉に反射的にうなずく。
「ほら見てみぃ。人間でも「これはおかしい」って思う奴がおるってこっちゃ。分かったな?」
なにが「分かった」というのか。議場に今までとは異なる沈黙が広がる。
「ええか。―――」
神が消えた議場のそこかしこで、クソデカため息が漏れた。
「もう見てらんねーから、明日までにσ(゚∀゚ )オレが納得するようなルール作れ」
それが神の宿題だった。
「〆切遅れたら一日につき、ランダムに1億ずつ削っていくかんな」
という脅しも神は忘れていなかった。
「アイツ神じゃなくて死神だろ」
控室に戻った、本邦の代表のようなものは、随員たちと頭を抱える。
たったの一日。それで何ができるというのか。さっき本国に連絡したら「オマエが代表ってことにしとけ」という返電が来た。
会議失敗したら全部、自分に擦り付けるつもりだ、と代表(さっきまで代表のようなものだった)の男は直感する。
気楽なもんだと皮肉な笑いがこぼれた。
アイツ「のんびりしとったら、一か月後には人っ子一人おらんようになるで」とか言ってた。単純な計算もできない奴だ。時間稼ぎ、蜥蜴の尻尾切りで逃げ切ろうと足掻いても無駄だろ。ギリギリ助かると思ってても神の計算違いでアウト、の可能性が高い、高すぎる。
なんとかこの場で、今日中に相応のルールを決めるしかない。代表と随員たちは必死で知恵を絞る。
しばらく後、会議は再開された。
代表のようなもの、は居なくなって代表だけになっている。全世界がここで決めるしかないことを承知したようだ。意気込みが感じられる。
感じられるが、会議は空転した。
「戦争の禁止、軍備の縮小」の総論は瞬時に合意できた。しかし、細かいルールでぶつかり合いが終わらない。
大国の、パワフルな指導者のリーダーシップが懐かしくなる。こういう時は連中の鶴の一声で妥協が決まっていた。
だが今はそんな連中はいない。大国の代表もいるにはいるが、本国の混乱を反映してか、積極的な発言を控えていた。頻繁に揉め事を起こしている隣国の代表同士が殴り合いになったりも一再ではない。
誰もが倦み疲れ切ったころに、小物だがいうことだけはやたらデカい国の代表が
「俺、あのおっさんに口利きできるよ」
と言い出して、場内大爆笑に包まれる一幕もあった。
しかし、笑い過ぎて腹筋がぐちょぐちょになったあたりで、まともな奴はふと気づく。
ルール決めるのはしんどいけど、その決めたルールを守らせる能力は、ここにいる誰にもないということに。
どんなルールであっても、それを出し抜けるし、出し抜くための抜け穴を秘かに空けられる。
今やっているのもそれだ。今回強制されたルール作りでも、議場にいるすべての代表が、陰に陽にルールを自己に有利なように設定しようと知恵を絞っている。ふだんであれば正解だろう。全員、それぞれの国益を背負っているのだから。国益を追求するのは当然だ。
だが、いまそれをするのは間違いだ。抜け穴があれば、出し抜ければ、国どころか人類が滅ぶ。あの禿デブ神のせいで。
ルールを守らせる能力。
それは力だった。
隣にいるクソ大国。
いつもめんどくさいことを押し付けてくるが、国力に差がありすぎて文句が言えない強大国。
「奴ら俺たちのことを道路かなんかと勘違いしてるだろ」としか思えない横暴すぎる列強国。
そんな連中でも、いちおう、建前上は、「ルールを守ろうぜ」という強制力を行使するには有効だった。
ムナクソ悪い、このパゥワーが頭上に圧し掛かっていればこそ、ほとんど皆が「仕方ない」とルールを妥協することも出来た。
そう気づいて見わたしてみれば、いま積極的に発言している国々は、いずれもたいした力のない、どんぐりの背比べのような国力。
どんぐりだが、大国が相手でなければ、そこそこ我を通すことのできる程度には強い国々だった。
そうした国々が主導してルールが設定されてしまえば、大国の力がない今、建前上の「ルール」すらも、ろくに守られそうにない。
大国の強制力・抑止力がないぶん、より野放図にルールを逸脱して行動してもおかしくない。
大国が復活して世情が安定する前に国益の範囲を広げておいて既得権益を主張するくらいのことは、国家ならどこでもやることだ。
あれ?
これ詰んでないか?
国益を追求するのは国の代表として自然だ。自然だけども、いまそれをするのは間違ってる。
議場の大半はそれに気づいている。気づいているがそれでも国益を追求する国はなくならない。
それらの背景に、神の脅しを信じない本国が、強行に国益の追求を指示してくるので、代表も妥協できないでいるのが見える。
代表個人の良心に訴え、本国に背いても、この場でルール設定に合意するよう説得して奏功するのも幾つかあったが、頑として応じない者もいる。多くは「さほど人口が減ってない」国の代表であった。彼らは神の本気を知らない。
議場では、ランダムと言いつつ、偏りだらけの人口削減をおこなった神への恨みが募る。
刻限が近づいていた。
ルールは決めようがない。決めても、どうやって守らせたらいいのかが分からない。
神をも信じぬ相手をどう説得する?
そして時は来る。
腹を揺らしながら神は議場に歩み入る。
「どうよ? 決まった?」
無言の代表連の中から一人だけ、消耗しきってすだれ髪になった男が立ち上がる。
だれも彼がボスと認めたわけではないが その結論だけは、全員が、満場一致で、認めるところであった。
神を信じる者も、信じない者も。
「すべては神の仰せのままに」
信じるものは救われたい。 眞壁 暁大 @afumai
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