新米の銅輪天使

@lilliput

第1話 ガブリエルとエルナ

 案外すぐに慣れるものだ、こんなにも"天界"という名が相応しくない場所で生きるのは。

 地上の人間に『天界ってどんなイメージ?』『天使ってどんな奴だと思う?』などと聞けば、大抵はきらびやかな場所で、神々しい存在たる者たちが優雅に時を過ごしているなんて答えるだろう。

 それが現状このザマ。雲の上に存在する大都市"ヴァルハラ"は砂塵舞う荒廃した砂漠に成り果て、天使はそんな命の枯れかけたステージに這いつくばって生きているゴキブリのようなものだ。


 天界の中心地ヴァルハラから追いやられたかのような位置に建てられたボロアパート。

 そこに住む、とあるひとりの天使の気分を害するインターホンが鳴り続けていた。


「あーけーてーくーだーさーいー!!!」


 ピンポーン!ピンポーン!ピンポンピンポンピンポン!!

 連打連打連打!!その音で演奏会を開くつもりなのか、ひたすらにボタンを押し続けるひとりの少女。

 荒廃した天界に似合わない純白のセーラー服、肩までの髪をポニーテールに纏めている。

 そして物事を疑うことを知らない純粋な目。こんなウブで可愛らしい取立屋が押しかけたならば、すぐにドアを開けてしまいそうだ。

 30連打はしただろう時だった。部屋の主は騒音に耐えかねたのか、


「うるせえ!!毎回毎回バカみたいに鳴らしてんじゃねえよ!!」


 ドアを壊さん勢いで乱暴に開け、中から鬼のような形相の男が顔を出した。

 その表情は恐怖を感じられる生き物全てが裸足で逃げ出すほどのオーラを放っていたが、インターホンを鳴らした少女は意にも介していなかった。


「だってこうでもしないと開けてくれないじゃないですか!」

「その原因は誰が作ってんのかその頭で考えてみろ!!を拾ってきやがって!!」

「余計て!余計ってなんですか!」

「お前が背負ってる奴のことだよ!!」


 少女の肩にチカラなくだらんともたれているのは、砂だらけの汚れた天衣を身に包んだ青年だった。どうやら意識は無いようだが............


「まだ生きてます、助けてあげないと!」

「........................ならお前がなんとかしろ。俺は知らん!」

「わかりました!」



◇◆◇◆◇◆



 オンボロアパートの外観にマッチした、狭苦しく年季の入った部屋でのことだ。

 目を覚ました青年は餌の山を貪る珍獣の如く、目の前のテーブルに出された料理を片っ端から口の中へと放り込んでいく。

 今、最後の皿が空になった。


「いやーご馳走さま!ほんと助かった、ありがとう!!」

「いえいえ、お粗末さまです。..................それにしても凄い食べっぷりでしたねぇ」


 オンボロアパートの外観にマッチした狭苦しく年季の入った部屋の中で目を覚ました青年はテーブルを挟んで正座をしている少女へ礼を言った。

 少女はあまりにも激しい食事の様子を見て呆然としていたため、返しがぎこちなくなってしまった。


「あっ、そういえばまだ自己紹介してなかったね。俺の名前はタケル、ピチピチの20歳!こう見えても天使なんだよ!まだまだ新米だけどね」


 得意げに頭上を指差すと、銅色の輪がフッと浮かび上がる。この輪こそが天使たる証。

 

「わあ、タケルさんも天使だったんですね!」

「そうなんだよ〜。ってえっ、『も』って!?」

「無事だったんならさっさと出てけ。ただでさえクソ狭い部屋なんだ、居座られると迷惑なんでな」


 最奥の事務机に肘をつく阿修羅の表情をした男が、ひとり盛り上がっているタケルに眼光を飛ばした。

 それに射抜かれたタケルは捕食寸前のカエルのように固まってしまう。

 少女は怯まずに立ち上がり、男に抗議した。


「ガブリエルさん!そんなこと言わないのっ!だいたい、人々を助けるのが天使の役目じゃないですか!」

「そ、そうですよぉ〜お義父さんガブリエルさん。ほら、娘さんもこう言っていることですし..................」

「誰がお義父さんだ!!」


 少女の華奢な身に隠れ、ひっそりと援護射撃を行う。

 その行為が余計に火に油を注ぎ、ついには大噴火。

 こうなってしまっては大変だ。少女はなんとかして鎮圧を試みる。丁寧に少しずつ、少しずつ消火活動を開始した。

 そして数分後............


「ええっ!!お二人は家族じゃなかったんですか!?」

「そうなんですよ。私とガブリエルさん、つい最近会ったばかりなんです」

は毎日要らんものを持って帰ってきやがるからな。一昨日はケガだらけの雲鳥、昨日は死にかけの天猫ときて、次は天牛を連れてきたんなら焼いて食ってやろうかと思ってたところだ」


 このアパートに住んでいる年齢差のある男女、ガブリエルとエルナ。空き部屋こそ他にもあるものの、住んでいるのはこの二人だけらしい。

 

「ガブリエルさん、タケルさんのこと食べないでくださいよ」

「食べんわ!」

「いや〜、それよりガブリエルさんも天使だったんすねぇ。しかもときた!」

「そうなんですよ!見た目はこんな頑固で怖そうな人ですけど、実は凄い人なんですガブリエルさんは!」

「おい」


 コワモテのガブリエルの頭上に浮かぶ、タケルの銅輪よりも遥かに輝く光を放つその輪っか。


「ほんとですねえ、天使の中でも銀輪に昇格できるのはほんの一握りなのに。天界でも片手で数えるしか存在しないって聞きますよ、金輪天使は!こんなところで会えたなんて俺、感動です!」

「今のこんな天界じゃあ金輪なんざ意味ねェ、ただの輪っかさ。どんなに偉い奴、ウデの立つ奴でも近い未来、みんな砂クズになって終わるんだからな」

「..............................そうですか」

「タケルさん............?」


 ガブリエルの言い放った『砂クズ』の言葉に反応し、タケルの明るかった表情が一瞬影に染まったところをエルナは見逃さなかった。


「さて、それじゃあ俺、そろそろ行きます!改めて、エルナちゃん。倒れてたところを助けてくれてありがとう!」


 話題とテンションを方向転換し、タケルは立ち上がった。


「えっ、もう行っちゃうんですか?」

「そうだね。俺を待ってる人がいるから、早く帰らなくちゃ」

「部屋を貸してやった俺に礼は無しか」


 ぶすっ、とスネた子供のようにガブリエルが吐き捨てる。

 それを見て慌てて言葉を付け足すタケル。


「いやあ〜その、忘れてたわけじゃないですよ!ガブさんもありがとう!それじゃ!」


 敬礼をしたのち、玄関へ早足で向かってドアを開けた。

 外の景色を見た途端、思わず前へ踏み出さねばならない足が止まってしまう。何故か?


「どうしたんですか?タケルさ............うわぁ、さっきより砂嵐酷くなってるじゃないですか」


 ドアを開けたまま動かないその様子を不思議に思ったのか、エルナがやってきて外の光景に目をパチクリする。

 いくつもの砂嵐がうねりを上げ、砂塵をこれでもかと巻き上げている。地上の世界の現象で例えるならば、これは台風だ。

 こんな中を歩いて進むなどもってのほか、かといって天使の翼を広げて飛び立とうものなら砂嵐に捕まってお陀仏間違い無し。


「ど、どうしよう............」





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