世界の秘密を知った日に

小峰綾子

世界の秘密を知った日に

1、 18歳に満たない子には、「世界の秘密」について決して話してはならない。

2、 周囲の人間に不具合が見られたら、些細なことでも必ず報告すること。


この二つが、物心つく頃に私たちが叩き込まれたルールだ。


1に関しては、この世界では一応18歳からは大人とみなされるからだ。

2に関しては、どこからが不具合かというのは非常にあいまいな基準しかない。しかし「何かおかしいかも」と気づいた時点で報告すること、となっている。もし違っていたとしても構わないから、可能性が少しでもあるなら報告をするように、ということだ。このルールは私たちの社会の秩序、安定、安心が守られるために必要なことだと教えられて生きてきた。


私、薫子は17歳。5月生まれなので、「世界の秘密」を知ることができるのは来月だ。18歳になるとようやく自分のパソコン、スマホなどを18+バージョンにアップデートすることができる。その時ようやく、今まで規制されていた「世界の秘密」について触れることができるようになる。


親友の美衣奈は4月17日、つまり昨日が誕生日だった。以前から「世界」について深い興味を持っていた彼女が、昨日その秘密を目にしていないわけがない。詳しく聞くことはできなくても、感想ぐらいは聞こうと思っていたのだが…


教室の後ろのドアが開いたとき、近くにいた子たちが息をのむのが分かった。美衣奈は周囲を寄せ付けないオーラを放ちながら入ってきて、席に座る。


ものすごく話しかけづらいが、何も聞かないのも不自然だ。私は自分の席を立ちいつものように美衣奈の前の席の椅子に座った。ちなみにこの席は3年生になってから空きっ放し。4月1日が誕生日だった子の席なのだが、3年生になってから学校に来ていない。不具合の修正中だと担任は言っていた。18歳になった途端に不具合が生じる人は多いようだった。それは「世界の秘密」と関係がありそうだが、それ以上のことは分からなかった。


「美衣奈、見たの?」

ぼんやりと遠くを見るような目つきだった美衣奈だが、私が話しかけるとようやく目の焦点が合う。

「見たよ」

「どうだった?」

「そんなのここで話せるわけないじゃない」

美衣奈が急に大きな声を出したので、周りの子たちも驚いてこちらを見ていた。すぐに周りの反応に気づいたのか美衣奈は小声で

「ちょっと来て」

といって立ち上がった。


いつもの非常階段の踊り場に移動した私たちは、周囲に人がいないことを確認する。

先ほどよりは落ち着いたらしい美衣奈が話し出す。


「ごめんね。でも、本当に、簡単にしゃべれるようなことじゃないんだよ」

「その感じだと、期待しているようなものじゃなかったってこと?」

「‥わからない。ショックを受けるべきなのか、それとも、特になんてことないことなのか。裏切られたような気持でもあるし、ずっと気になっていたから知られて良かったという気もする」

「何だかよくわからないなぁ」

「私もまだ、頭の中整理できてないよ。でも、私が思っていたのとは全然違った。それだけ。」


美衣奈に異変が生じたのはそのあと、1時限目は近代国語の時間だった。初老の男性教師がページ数を指示し、先週の続きから授業が始まる。相変わらず眠たくなる授業だなぁ、と思った時に美衣奈の席から

「バン」

という大きな音が聞こえた。美衣奈が教科書を机に叩きつけたのだ。

「こんなの、意味ないよ」

美衣奈が言う。教師は毅然として表情を変えず美衣奈の方を見ている。

「プログラムが書いた文章なんでしょ?こんなの文学じゃない!全然意味ないよ」

国語教師はズボンのポケットに手を入れた。スマホの緊急ボタンを押したのだ。美衣奈はそれに気づいたのか、机に足を引っかけながらも教室を出て行こうとする。

「不具合だ、止めろ」

教師が叫ぶ。前列廊下側に座っていた子たちが立ちあがり、美衣奈を止める。美衣奈は

「全部、嘘だから。みんな騙されてるだけなんだから」

と叫んでいる。1分ほどで、ガタイのいい男の人が2人ほど現れ、あっという間に美衣奈を取り押さえてしまった。

「こんな授業、こんな世界、何の意味もない。みんな裏切られてるんだよ!離して!やめて」

尚も喚き散らしながら大暴れしている美衣奈。しかし大人の男2人に抵抗できるわけもなく引きずられるようにして教室から出て行った。騒動の後しばらく教室内は騒然としていたが、教師は

「さて、授業に戻ろう」

と言った。その後、何事もなかったかのように授業は再開した。

次の日から美衣奈は登校してこなかったが担任は平然と「深刻な不具合が生じたので大幅な修正が必要な状態。」とだけ言っていた。


1か月後、ついに私の誕生日の日が来た。パパとママが、ケーキとちょっとした御馳走でお祝いをしてくれた。あとプレゼントに新しいパソコンを買ってくれた。さっそく私は新しいパソコンを自室で開いて、動画サイトにアクセスをする。真っ先に見るのはもちろん「世界の秘密」というタイトルが書かれた動画である。


動画の始まりは、だだっぴろい荒野のようなところだった。遠くに大きな体育館のような建物が見える。カメラは少しづつ近づいていく、やがて建物の中に入っていくと、中にはおびただしい数の箱型の機械が置かれていた。音声が聞こえる。

「あなたのサーバーは、これです。3087JP052789、これがあなたに与えられた型番です」

型番…何のことを言っているのだろう。これが私、とはどういう意味か。


そのあと、CG映像に切り替わり、アナウンサー風の女性が話し始める。

「これからお伝えすることは、あなたに衝撃を与えることかもしれない。しかし、不安に思ったりショックを受ける必要はないのです。真実を知っても、あなたは今まで通りの生活を続けることができます。人間というものの実態がどうであっても、私たちの生き方は変わりません。そのことをどうか心に留めた上で見てください。」


そのあと見聞きしたことは、今まで私が信じてきた「世界」が180度ひっくり返ることなのだと思う。「思う」というのは、正直ピンと来ていないのだ。


私が、プログラムされた、仮想現実の中で生きる人間だとしても、今生きているのは確かに自分だと感じられる以上、それは「普通の人間」と全然変わりないのではないか。それが今回のことで私が感じたことである。


次の日、美衣奈に電話した。もう話せないのではないかと思っていたので普通に美衣奈が電話に出た時はほっとした。

「見たよ。私」

「そう…どうだった」

私は自分が思ったことを正直に話した。裏切られた、と思う美衣奈の気持ちも分かる。でもそのことを知る前と知った後で何も変わらないと思う、と言った。

「薫子、馬鹿なの?なんで分からないの?」

美衣奈は涙声になっている。

「私たちがプログラムだってことは、それを作った人間がいるんだよ?不具合があるとすぐどこかから人が現れるのは、ずっと監視されてるからなんだよ。その人達にとって不都合なことは、無かったことにされるんだ。何かが変だと、ずっとずっと思ってたよ。私たちに自由なんて無い。いつも誰かの作ったプログラムの中で、不具合があればすぐに書き換えられるんだよ」

「でも、そういう世界ならその中で生きていくしかないじゃない?それに今まで不自由を感じたこともないし、それの何がいけないの?」

「じゃあなんで、一生知らせないままで生かしておいてくれないの?人間として生まれて育てられて、今更お前たちは肉体もない実態もない、ただのパソコン上で動くプログラムだって、そんなこと聞かされて、どんな気持ちで生きていけばいいの?」

私たちが生きていると思っていた地球は実はもう、長引く戦争と気候変動、食糧難、疫病などにより人間が生きられる地域がほとんどなくなってしまったという。人間は、ほかの星に移住するかこのまま自然に任せて絶滅するか、の選択を迫られた。その時人間たちが見出したのが、自分たちの意識を「プログラム」に移して仮想現実の中で生き続ける、という方法だった。

この世界に生きるものに課されたルール。その1があるのは、自分は本当の人間じゃないと不用意に知られることによる混乱を防ぐため、そして、この社会の中で本当に生きていけない人を排除するため。その2があるのは、このプログラムはまだまだ完璧とは言えないので、不具合が起きた時に早期に発見するためだ。


その時、怒りながら泣いていた美衣奈に異変が起き始めた。

「私、わわ、私、薫子、私と一緒に、戦っててて。こんな世界、いやだよ。いやだよ。あれれれr、薫子久しぶり、元気してた?誕生日おめでとう。あのね私、この世界に生まれて。本当に幸せだよ。薫子、薫子、お母さん。ごはんまだ?ねえ、聞いてよ。私、見たんだよ。世界の秘密。ねえ、薫子」

「美衣奈…」

不具合だ。ろれつが回らなくなったり支離滅裂なことを言い出す、こういうときはすぐに報告しなければならない。しかし、今報告すれば言語の修正だけでは済まない。さっきの発言を聞かれたら、美衣奈は「この世界で生きていけない」とされて、ルールに基づいて初期化される。もしかしたら「廃棄」となる可能性すらある。だからと言って、この不具合を報告しないわけにはいかない。だって、これを見て見ぬ振りしたら私も「修正」対応に回されてしまうかもしれない。世界がこんなものでも、まだ私は私のままで生きていたいのだ。

「美衣奈、ごめんね。大好きだっだよ」

プログラムの命令により、私は、涙を流す。実際に目から水が流れる。同時に、また命令に従って、スマホの通話を切り、緊急ボタンを押す。

18歳になった私は、この世界に従って生きていくことを選んだのだ。

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