楓と数学の最短距離

エリー.ファー

楓と数学の最短距離

 私の知る限り、その大きな楓の木はいつの間にか伐採することが決まった。

 そのことを知っている者も少なかったし、それこそ当日になって、知った者が大かった。

 工事の関係者や敷地内の緑地化を進めていく団体などが集まって話をしていた。だが、所詮は既に決まった打合せ通りのことがお紺われるかどうかの確認でしかない。

 結局、楓の木は切られることとなった。

 少し前に、この大学では、多くの学生たちが教授と喧々諤々の議論を行っていた。地球上でも、完全なる地球環境の変化などに対応できる者が少なく、それこそ、勉学というものの価値が見直されていたのである。

 教授と学生との間に生まれた熱は端から見れば問題の多い、何か、別の奇妙さに見えてしまったのかもしれない。

 しかし、それは、決して間違ったものではなかった。すべてが綺麗に収まった一つの正しい喧嘩であり、知的遊戯だったのである。

 その中で、よくあったゲームがある。

 そのルールは単純だ。

 あの窓の向こうにある大きな楓の木に関係する問題を出す。

 ただ、それだけである。

 別になんだ、ということではある。

 あの楓までの距離を求めよ。

 でもいいし。

 あの楓の種類を求めよ。

 でもいい。

 あの楓が視認できるからと言って存在しているかどうかは定かではないことを証明せよ。

 でもいいし。

 あの楓から始まる物語を書きなさい。

 でもよかった。

 理由としては単純で、大抵そのような問題というのは瞬間的に答えるものではなく、一週間や一か月という期間をとったものが多かったのだ。

 これにより、大学構内にあるその大きな楓の木が目に映ることが度々あったので、問題について忘れてしまっても思い出せる、という工夫だったのである。

 この大学ができた当初にも、この楓の木はあり、その下で勉学に励んだ学生たちが官僚に、小説家に、音楽家に、数学家に、科学者にと、未来を切り開いていった。

 だからこそ。

 その伐採に立ち会いたいという者は多かったのである。

 気が付けば、聞きつけた卒業生から、大学入学を願う受験生、もちろん、在学中の学生までもがその周りに集まっていた。しかし、不思議なことにその楓の伐採について何か意義を唱えるものがいたかというと、そうではなかった。

 ただ、皆、黙ってその楓を見つめていたのである。

 ふと、誰かがその楓についての思い出を言う。

 それに付随するような情報が生まれる。

 すると、そこから政治的な意見が飛び出す。

 まるで覆い隠すかのように、その問題の本質を解き出すような言葉が生まれる。

 そして。

 反対意見が生まれ。

 気が付くと、そこで議論が生まれる。

 皆、こういうところに集まるもの好きではあったし、楓の木などというものに思い出を持つ変人ばかりだったので、それは当然と言えば当然の光景だったのかもしれない。

 工事関係者は消え、太陽が落ち、月が昇り、そして、その月も落ちて、太陽が昇りかけた頃。その場にいた集団ははたと気が付いた。

 もう、楓の木などはどこにもなかった。

 話に夢中になっているうちに、全て綺麗さっぱり終わっていたのである。

 皆、あのゲームのルールを思い出し、何となく考える。

 問題の内容を忘れても、楓の木があれば思い出せたのだ。

 だったら。

 あの楓の木を忘れても、議論すれば思い出すことができる。

 皆はそこでまたも議論をする。

 しかし反対意見は生まれない。

 満場一致で。

 またそこに楓の苗木を植えることにする。

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