ゴーストルール

荒音 ジャック

第1話・ゴースト

冷たい雨が降る夜……とある工場に一台の黒塗りのバンが止まり、車内から2人の黒ずくめの男が出てきて、バンの後ろのドアを開けて、中から生きてるかどうかも怪しい泥まみれの金髪の子供を引きずりだした。

ひとりの男がその子供を抱えると、もうひとりの男が「大丈夫か?」と心配の声をかける。

「明日になれば解る!」

子供を抱えながら男はそう言って工場の中へ入った。

 そして、雨が止み、夜が明けて、屋根裏部屋のような一室でパイプベッドで寝かされていた子供は朝を迎えた。


 ぼんやりとした意識が少しずつ覚めて行く中で、僕の頭が少しずつ動き始めるのを感じた。

まず最初に僕の名前はトラミス・オーウェン 14歳、ベットからゆっくり上半身を起こして顔に右手をペタペタと当てると、右眼や左頬に医療用テープで固定されたガーゼが張り付けられていた。

 すると、部屋のドアがガチャッと開いて、無精ひげを生やして、火のついたタバコを加えた赤毛ショートカットの30代後半の男が入ってきた。

白のYシャツに黒のパンツで青のネクタイを緩くつけているだらしのない格好だ。

「おう、目が覚めたか。このくたばりぞこないめ」

 男はそう言って昨晩の出来事を僕に話し始めた。

「マフィアのドンを後ろから刺して捕まり、袋叩きにされて、右眼が潰された上に射撃の的にまでされてよく生き残ったもんだ」

そう言われて昨晩の事を少し思い出した僕は腕や肩に小さな縫い傷があることに気づいた。

 不思議と痛みを感じないのに少し戸惑っていると、男は僕に灰色の色あせたコートを投げ渡してきた。

「ソイツを羽織って靴を履け、ここの案内をする」

そう言われて僕は心の中でこう思った。

(うん、どうやら他のマフィアに拾われたようだ)

僕は男の言う通り、ブカブカのコートを羽織ってベットの足元に置かれていた黒のブーツを履いて男についていった。

 ブーツのサイズも僕の足より少し大きい……これじゃ靴擦れになるな。

ここは何かの工場なのは確かだ。屋根裏部屋を降りて廊下に出ると、ガッシャン! ガッシャン!と機械の動く音が聞こえる。

「ここが普段の仕事場だ。この紡績工場では毎月100t近くの布を織ってる」

男は機械の音に負けないような大声で僕にそう言った。

 音の正体は工業用の機織り機で、その周りでは沢山の私服の作業員が忙しなく動いている。

 食堂へ向かうと、お昼休憩中の作業員の人たちでごった返していた。

 その中に、奥の席でコーヒーを飲んでいた白髪のスーツ姿の初老の男が僕達に声をかけてきた。

「シャネル! こっちだ!」

ようやく名前を知ることが出来た。男性でありながらシャネルなんて女性っぽい名前なんて変な感じだ。

 シャネルはドカリとボスと思しき初老の男の前の席に座り、僕はその右隣に座った。

「お前が子供を拾ってきたと思ったら……女の子にもっとマシな服を着せようと思わなかったのか?」

それを聞いた周りの人たちが揃って僕に驚きの視線を向けてきた。

 そう、僕はこんな格好をしているけど、女の子なんだ……

その後、僕はこの紡績工場を隠れ蓑にする暗殺組織のメンバーになり、近接格闘術から銃の撃ち方、そして身の回りの物を武器にする方法に……あらゆる苦痛に耐える訓練では、歯を3本ほど失い、顔の骨にヒビが入るまで殴られた。

そして、ある日……ボスのオフィスで1対1で話をした。

 訓練で負った怪我のせいで、顔は包帯グルグル巻きで左眼がと口元が見える程度まで巻く破目になった。

「さて、この組織に入るうえで皆、自分のルールを背負っている。君を拾ったシャネルだってそうだ。もし、そのルールを破ったら……組織への背信行為として、死んでもらう」

 ボスの顔が少し険しくなり、凄みを感じた。

自分のルールを立てて、それを守ること、そして、破ったら組織に殺される。

「君は自分にどんなルールを科す?」

先程から強いプレッシャーをかけてくるボスの質問に、僕はこう答えた。

「私利私欲のために人を殺さない」

 単純に破りそうもないルールなら問題はないだろう……そう思って決めたルールを口に出し、ボスとの話を終えた僕はオフィスを出て、仕事場に戻った。

そして、日が暮れて仕事が終わり、僕は浴場へ向かった。

ここの浴場の湯船に貼られたお湯は特殊な薬品が混ぜられており、色んな外傷を一般的な自然治癒の倍の速度で直してしまう。

 お風呂から出て服を着てから濡れた髪で僕は浴場を出た。

シャネルからもらったコートとブーツはやっぱりブカブカだ……

さっきの入浴で、顔の傷はほとんど消えた。でも流石に潰れた右眼は治らないため、右眼は閉じたまま……眼帯が欲しいな。

そんなこんなでここでの生活が意外と早く板についてしまった僕は、いつの間にか18歳になっていた。

体格はあの頃より背が伸びて現在181cmのスレンダーな体格に変わったものの、髪型はショートヘアにして化粧もせずに右眼を隠すために黒の眼帯をつけている。

服は相変わらず、白のYシャツにジーンズ姿でシャネルから貰ったコートを羽織って未だに一緒に貰ったブーツを履いている。一度靴底を交換したりしているため、ちょっとした宝物みたいになっていた。何よりサイズもピッタリになったしね。

仕事の休憩時間、工場の西棟にある外廊下にて……

この工場はいつ襲撃を受けてもいいように外堀はレンガ造りの城壁になっており、西棟からは遠くにある町を見ることができて、休憩時間になるとシャネルは決まってそこで一服している。

 城壁に腰を下ろして一服するシャネルの隣に足を組んで座って僕もタバコを口に加えてジッポライターを取り出す。※ 20歳未満の子はマネしちゃだめだよ!

「フウッ……」

肺いっぱいに吸った煙を吐き出して、遠くに見える街を見ながら考えにふけるシャネルを見て、何を考えているのかを考える。

「ゴースト……お前はカタギに戻ろうと思った事はねえか?」

不意の質問に、僕は少し驚いた。ちなみにゴーストとはここでの僕の呼び名、僕がゴーストの呼び名を貰った理由は、仮死状態でここに運ばれたからだ。

 少し戸惑いながらも、僕はシャネルの質問に答えた。

「御迎えに連れて行きかけた人間が年間10人も人を殺す殺し屋になって今さら戻れると思う?」

そんな僕の答えに対し、シャネルは「ハッ!」笑い、腰を上げてこう言った。

「だろうな! ルールを破ろうとも考えない奴らしい答えだぜ」

 その時、僕は少し思った……

今までルールを破らなかった人はいたのだろうか? 

そもそもシャネルが自身に科しているルールすら僕は知らない。

 とある休日の昼前、僕は街中にあるダイナーで端の席でコーヒーを飲んでいた。

このダイナーには18歳になってから頻繁に足を運んでいる。

コーヒーを飲んで、軽食を食べて……またコーヒーを飲む。

そして、日が暮れたら工場の宿舎の屋根裏部屋へ帰るの繰り返し……

 ただ、今日は疲れがたまっていたのか? 居眠りをしていようだ。

「お客さーん! もう閉店の時間ですよ?」

そう言って、僕を起こしてくれたのは、この店でバイトをしている歳の近い黒髪ポニーテールの蒼眼の清楚な男性だった。

「あら? すみませんいつの間に……」

 外を見ると、既に日が沈んで夜になっていた。

「近頃物騒なので良ければ送りますよ?」

その男性は優しい声で僕にそう言った。なぜかは解らなかったけど、僕は断ることが出来なかった。

 男性は白のライダースジャケットにジーンズに白のスニーカーとラフな格好で、常連と化していた僕に興味があったようだ。

「へえ、トラミスと同い年だったんだ! 俺、田舎からこっちに来て初めて同い年の人に出会えたかも」

夜道を歩きながら世間話をしていたらいつの間にか意気投合、この人の名前はジェフ・マクミラン、田舎からこっちの大学に通うためにひとりで引越してきたとのこと……

「それじゃ、お休み!」

 工場の近くでジェフと別れた僕は、そのまま門をくぐって屋根裏部屋まで戻った。

服を脱いでベットに入り、帰り道の事をふと思い出す。

「今度も送ってもらいたいな……」

多分、僕は生まれて初めて恋をしたのかもしれない。結婚を理由に組織を抜けた人たちはいるし、ボスも組織の事がバレたりしなければ、放逐している。

 なら僕だって恋をしよう! その夜……僕はそう心に決めた。

しかし、一週間ぶりにダイナーへ行くと、ドアや窓が割られ、警察とパトカーが取り囲んでいた。

 店長の黒人のおじさんが、常連である私に事の経緯を話してくれた。

朝方に強盗が店内に押し入り、銃を乱射して家庭の事情で今日がバイト最終日のジェフが重傷を負って病院に搬送されたとのこと……

 それを聞いて、組織に拾われた夜の少し前の事が僕の脳裏を過った。

その日の夜……僕は工場の秘密の部屋で武器を漁っていた。

荷物がまとまって僕は工場を出ようとしたその時、門のところでシャネルが立ちはだかった。

「自分のルールを破ったら組織に殺される……それが解ってのことだな?」

一度死んでいる僕に、そんな脅しは通用しない。真っ直ぐな目でシャネルを見据えると、シャネルの表情が緩み、道を開けてくれた。

「俺のルールは、覚悟を決めた奴にはルールを破らせて組織から追い出すことだ」

僕はシャネルに見送られ、もう二度と戻らないであろう工場を後にした。

 それから後の出来事で覚えているのは薄暗い室内に連続して響き渡る発砲音と骨を砕く音……

数日後、気づけばどこかの田舎のバス停で、バスを降りていた。

左頬に大判の絆創膏を貼って、ボロボロになって煙と血の臭いが染みついたコートを羽織ったまま、お腹が空いた僕は最寄りのダイナーに入った。

「トラ……ミス……」

驚くことに、そこには緑と赤のチェック柄の腰エプロンを巻いて僕の姿を見て驚く。右腕に包帯を巻いたジェフがいた。

もし、僕がルールを破る勇気を持てずにいたら、きっと後悔していたかもしれない。

ルールは守るべきものだけど、時と場合によっては破るべきなのだろうと思った。

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