新元号「■■」
駒芳樹
新元号
官邸。政府の執務が執り行われる場所だ。今日は新元号が発表されることもあり、いつもとはどこか異なる雰囲気が部屋を包み込んでいる。
「おう」と声をかけてきたのは吉岡という男だった。彼は私と同じ時期に官邸の記者クラブに配属されたことからたまにこうして顔を合わせる程度の間柄だった。
「よう」私もすかさず声をかける。
時間になり、部屋に官房長官が入ってくる。おそらくこの時間帯にもっとも注目されている人間だ。そしてマイクの前に立った。
「新元号は■■であります」官房長官が告げ、色紙を持ち上げる。無数のフラッシュが光る中、ある記者は紙にメモを取り、またある記者はノートパソコンに打ち込んでいた。私もすかさずスマホを取り出し■■と打ち込んだ。
はた、と奇妙な感覚を覚えた。自分で打ち込んだその2文字が読めない。いやそんなはずは無い。自分は今ここに■■と書いているじゃないか。しかし何度それを頭の中で音に出そうとしてみても出せない。そしてふと、顔を上げてみる。周りの記者は戸惑いの色を浮かべていた。ただ、官房長官の顔色だけはうかがい知ることができなかった。わたしは不安とも恐怖とも似つかない奇妙な感覚を覚えたものの、その感覚はすぐに消え去っていった。
「なあ、こいつ読めるよな」首相の談話も終了し、部屋には記者たちが残った。吉岡は私の元に近づき、スマートフォンの画面を見せてきた。そこには確かに■■と書かれていた。だが、私はそれを読むことができず、首を横に振る。彼も私と同じように奇妙な感覚を覚えたのか僅かに顔が青くなっていた。
「どういうことなんだ。これって。」私は困惑の表情を浮かべる。私はとっさにSNSを見る。そこでも■■と書かれている。理由は分からない。だが、元号の2文字を認識できていないと分かった。それでいて誰もがその元号を肯定的に受け止めていたのだ。
「とはいえ、■■はいい元号だと思うよ。」吉岡の言ったことには私も同意だった。なんとも不思議な話だと思う。自分たちは元号を認識できているとは思わないにもかかわらず、その元号自体にはとてもいい印象を抱いているのだから。
翌日、私は起きてみてテレビを見た。当然だが新元号についてのニュースを取り上げていた。ニュースキャスターは淀みなく話す。ただ、どうしても■■については聞きとることができなかった。それはまるでノイズか何かがあるように不明瞭だった。私はその後すぐに会社へと向かった。
「次のニュースです。■■■で昨夜ビル火災が発生し1名が死亡、他にも複数名の■■■が出ているとのことです」ちょうど、昼ころだった。会社には大きめのテレビが取り付けられていて、ニュースの時間帯にはいつも誰かが点けていた。コンビニの弁当を食べながらニュースを見ているとそのニュースの一部の内容が理解できなくなっていた。そのとき私は言いようのない恐怖を覚え、自分の机にしまいこんでいた辞書を引っ張り出してきた。まだ入社して間もないころに良く使っていた辞書だった。何人かの同僚はどうしたのかと驚いていたが、そんなことに構っている暇はなかった。
「分からない」と私はつぶやいた。辞書の一部が認識できていなかった。そのことを同僚に伝えると困惑した様子で辞書を見、そして彼らも認識できていないことを自分たちの目で理解した。私は急いでその分からない字にマーカーを引いた。
次の日も、そのまた次の日も、だった。マーカーを引く部分はどんどん増えていった。■■のことについても認識できず、■■の同僚も同じ感想を抱いていた。
7月が過ぎ、辞書の半分に■■■■が引かれた。そして辞書はとうとう使い物にならなくなった。認識できなくなったものは漢字ではなかった。単語が認識できなくなっていたのだった。ただ、その中で分かったことがあった。正午になると増加することだった。ただ防ぐ方法や■■は分からなかった。しかし私たちの■■に変化はなかった。
僅かに伝わった話から■■でも似たような■■が起こっているとわかった。■■はアメリカでも発生していた。しかし、なぜか社会は動いていた。混乱は小さく。■■■なほどだった。■■や■■あるいは■■■といった言葉が分からなくとも動いてしまっていた。そう、言語など不要とでも言うように
9月の■■、言葉はゆっくりと■■■■あった。会社はまだあったが、■■はいつの間にかまったく異なるものになっていた。不思議と私たちの■■は上向いているように思えた。
すでに■■が■■■■。ほとんどの■■が■■できていない。とうとう働く■■さえ■■■。言葉を交わさずとも■■は■■■■■とが■■■し、■■はとても幸福だった。ただ■■■■で■■とさえ■■■。
■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■。■■■■■■■。
■■、■■■。
新元号「■■」 駒芳樹 @wisteriantree
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