アンチェインガール・スタンピードライオット

石井(5)

アンチェインガール・スタンピードライオット

 ルールなんかクソくらえ。

 清廉ぶった大人をぶっとばし、私たちは自由を夢見て旅にでた。

 お供は小学校からの仲のつるみん。おねえええちゃあ~ん、って鼻水垂らしてまとわりついてたのも遠い昔で一年前から高校生。でも、もう通わない。

 つるみんを後ろに乗せて、バイクで二人、国道をぶっとばす。

 ものすごいスピードにわはははと笑う私たちのあいだには少女漫画チックな星がキラキラ。

 ルールなんか~?

「クソ食らえー!」

 つるみんは細い声で叫ぶ。

 しかし、そんな私たちの所持金は数日で尽きた。

 とりま我らが定宿、国道沿いのラブホにはいる。お城みたいで、つるみんちの豪邸といい勝負。宿泊でとったピンク色の部屋で作戦会議を開始。

 ルールなんてクソ食らえ。だけど計画は大事。明るい家族計画って言葉のとおり、計画とは希望に満ちあふれている。

「まずはね、シグマ。どーんとお金稼ごう」

 ちなみにシグマって私のこと。

「で、その頃には私たちも有名になってると思うのね。だから稼いだお金でね、テーマパークを作るの、私たちの」

 ディズニーさんのディズニーランドがあるんだから、シグマとつるみんさんのシグマ・つるみんランドがあってもええやんって理屈ね。

「えーっ、つるみん・シグマランドじゃないの」

 それから私たちはテーマパークにどっちの名前を先に冠するかで揉めた。それからお互いの乳を揉んだ。で乳繰り合った。クリクリしあって、んで寝た。


 で、まあお金だ。手っ取り早く稼ぐにはどうすっか。

 ラブホのベッドでつるみんに腕枕しながらWOWOWを見ていたところ、天啓ズドーン私を直撃。

 つるみん、起きろ。名案だ。

「……なーに、お茶の稽古の時間……?」

 寝ぼけるない!

 銀行強盗だ!

「シグマ……」

 なに?

「天才!」

 知ってる!


 バイクでラブホから飛び出した私たちはとりあえずドンキ行って、狐のお面と骸骨のお面と包丁を買ってきた。

 二人とも骸骨がよかったからジャンケン。勝ったつるみんが骸骨マン、負けた私は狐マンに変身。包丁を片手に銀行へ乗り込もうと思ったけど、いきなりはちょっと怖い。安全を期すためコンビニにしとこう。客のいない深夜の国道沿いワンオペ店をチョイス。

 包丁持ってドアくぐってロックンロール。

 つるみん、レジに向かって流暢に

「マネープリーズ!」

 アメリカ人家庭教師のおかげで、すげー発音。

 て、なんで英語?

「こうすれば素性わかんないでしょ」

 かしこ~。IQ五千兆じゃん。私もしよ。

 シャッチョサン、シャッチョサン、オカネダスヨ、ニンチスルヨ。

「もう真面目にやってよ!」

 って勢いよく振り向いたつるみんの包丁の先っぽが私にひゅんっ。

 危ないじゃん、つるみん。

「名前言わないでって」

 レジを見ると、店員はぬぼーっとしたインド人で日本語なんて全然わかんなそうだった。

 でもいちおう両手あげてるし私たちが強盗ってわかってんのかな。身振りで下がらせて、レジぶっ壊し。

 詰め放題みたいにせっせと千円札を奪うつるみんは、冬が来る前のリスみたいで可愛い。

「私のポケットもういっぱい。お金持つの手伝ってよ、シグマ」

 ってちょっ、つるみん。名前なまえ~!

 と、大爆笑する私であった。コンビニ強盗編、無事完結。


 それから私たちは奪った金(四万七〇五一円)で大豪遊。

 隣のコンビニでポテチとでっかいコーラと化粧水買って、焼き肉も食ってその帰りに大人のおもちゃ屋さん寄って、買ってきたちっこい無線式ピンクローターをラブホで開封、ぶっ壊れたハムスターみたいにぶるぶる震えるのを見て爆笑してたけど、つるみんが黙り込んだら変な雰囲気になってきてそのままベッドイン。いや、おもちゃってのもいいもんだね……って何言わせんのえっちいやーん。

 つって、完全に味を占めた私たち。破竹の勢いで強盗行脚。まあ稼ぐ稼ぐ。

 つるみんなんかはしゃいじゃって、札束風呂やってみたいって札束ずどーっいれたラブホの風呂に、わざわざ服脱いで入浴。「あっ痛い痛い」なにどうしたの。「新札が切れるの」そうか私もはいる! ってルパンダイブ。きゃあきゃあ言い合って、札束掛け合いっこしてキスした。

 監視されたクレジットカードしか知らないつるみんにとって、札束風呂は痛みも快感も全部感じられる、まさに血の流れるリアル。きっとつるみんちの資産に比べれば端金はしたがねなんだろうけど、よく言うじゃん? 貞淑な高嶺の花よりヤリマンのブス。なんか違う?

 はしゃぐつるみんの頭をいいこいいこしてやると、もうって頬を膨らませてきて、なんて幸せな日々であろうか、って私の頬もゆるむ。


 で、コンビニ、ドラッグストア、郵便局、と旅すがら順調にステップアップしてきた私たちは、今日ついに最終地点、銀行に足を踏み込んだのだった。おお、これで私たちも平成のボニー&クライド。違うのは一点、俺たちには明日がある! 若い僕には夢がある!

 もちろん得物もアップデート。もう包丁なんか持ってない。代わりに握ってるのは頭のおかしいじいさんから買ったモノホンの拳銃。つるみんは怖がって持ちたがらなかったので、振り回すのは私の役目。ついでに、本物だよーって威嚇射撃もしとく。

 銃声が鳴るとうわーって悲鳴のウェーブが起こって、でも客はいっせい同時にしゃがんだからウェーブにならなくてちょっと残念。

「とりあえずお金! 私が持てそうなだけ持ってきて!」

 銀行員に包丁突きつけて、つるみん言う。そんな今日のおまかせみたいなノリで?

 で、つるみんがわんこそばみたいにお金をバッグに流し込むあいだ、私は天井の監視カメラを狙い撃って暇つぶしするけど全然当たらない。

「終わったよ~」

 じゃ、行こっか~。

 二人肩を並べてかっこよく退場。

 ――とはいかなかった。

 ドアをくぐる瞬間、かがんでいた警備員の一人が立ち上がって、私に突進。武道でもやってそうな屈強な警備員の手が、十万円もした私の拳銃にのびる。汗臭い腕と揉み合い。私はシグマ流格闘術の実践を強いられる。

 狐のお面がずれて、警備員と私の目がもろにぶつかる。

 警備員を突き飛ばす。仮面を直す。

 引き金を引く。

 倒れ込みざまに銃弾を食らった警備員は青い制服に赤い血煙をぱっと咲かせながら、どうっと床にひっくり返り、建物を揺るがすような悲鳴の渦。私は、私の顔を見た警備員に安心できるまで銃弾を撃ち込む。

「いこっ。いこう! シグマってば!」

 腕を引っぱるつるみんに従って、私は身を翻す。

 近づいてくるサイレンを聞きながら、バイクにまたがる。


 ラジオからはめっちゃ緊急速報とか聞こえてきて、やっぱり私たちのことっぽい。もうすっかり有名人。罪名は銃器不法所持強盗殺人青椒肉絲南無阿弥陀仏~。刑法だかヘイホーだか知らんけどよぉ、そんなもんに私たち縛られねっから、夜露死苦! ルールなんかクソ食らえ!

 つっても、ラブホ使うのはさすがにヤバそうなんで、しばらく走って見つけた廃ビルに潜り込むことにした。

 ここで夜が明けるのを待とう。食べ物はお菓子を買い込んであるから大丈夫。

 ねえ、つるみん。すごい大金っすね。これ。

「……そうだね」

 こんだけあれば、ビバリーヒルズに豪邸買えるんじゃない? ていうかエディ・マーフィーと握手できる?

「……エディ・マーフィーってだれ?」

 ビバリーヒルズのコップだよ。

「へえー……」

 もーう、つるみーんどしたーって私は抱きつく。むちゅーってする。でも、つるみんのほっぺたを挟んだ私の手に血がついてて、それに気づいたつるみんが私をちょっと押しのけた。

「ごめんね。今日疲れたから……もう寝よう」

 そうだね。初めての銀行だったからね!

 でも、朝起きたら……すんごいの覚悟しておけよ、へっへっへっ。


 で、朝目が覚めて、私はオオカミみたいにつるみんに襲いかかろうとしたけど、隣の毛布には誰もいなかった。

 つるみーん! おしっこー?

 て、私はつるみんを探して廃ビルを徘徊する。

 でも返事はなくて、朝なのに真っ暗な暗闇しか見つからない。

 寝床に戻ったところで、メモが置いてあったのに気づく。

『ごめんなさい。私、もうついていけない』

 きれいな筆跡。左利きだったけど、親に矯正されて右利きになったつるみんの字。

 私はそれを握りつぶす。

 ルールなんかクソ食らえ。そう望んでたのはつるみんじゃん。歴史と伝統とかいうクソみたいなもんで偉そうにしてる家に縛りつけられて、高校はここに通いなさい、部活はやめなさい、夜は六時までに帰りなさい、卒業したらこの人と結婚しなさい、そんなのもう嫌だ、もっと自由に生きたいって言ったのつるみんじゃん。

 だから私は高校卒業してOLなって貯めた金でバイク買って、つるみん迎えに行ったんじゃん。

 ああ、でも――私の口から漏れた、ため息まじりの笑い。

 つるみんはまだ女子高生だから。

 きっとこんな私についてこれなくなっても、しょうがないんだ。

 全部自由、なんていきなり言われてもとまどうよね。砂漠のど真ん中に放り捨てられたよーな不安があったんだろうね。少しくらいはルールに導かれて保証された未来がほしいって、その気持ち、わかるよ。

 女子高生だもんね。一様な制服に着られて、理不尽な校則に縛られて、真四角な校舎に通う時間がやっぱり忘れられないよね。私にも覚えがあるもん。めっちゃキラキラしてたよね。そりゃ、私なんかが敵うはずにゃい。

 どこか遠くからサイレンの叫び声が聞こえる。私は急いで散らばった札束を集めてバッグに詰めて、ガソリン満タンのバイクに飛び乗る。

 でもね、また耐えきれなくなっても心配しないで、つるみん。

 私はずっと止まらずにいるから。

 嫌になったら、またいつでもおいで。

 つるみん・シグマランドを建てて、待ってるから。

 ルールなんかクソ食らえ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンチェインガール・スタンピードライオット 石井(5) @isiigosai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ