マイルール
禾遙
今日のお話
マイルール
それは自分だけに当てはまる、当てはめるルールである。と、私は思っている。
そして私は自分に1日1個マイルールを設けている。それが達成出来た時、私は少しだけ幸せになれる。このマイルール、いつから始めたかは定かでは無いが、高校2年の今日まで何となく続いている。
そんな今日のマイルールは「下校時に右手を使わない」である。
スタートは席を立ったその瞬間から、家の敷地に入るまで。
今日は特に用事も無いので真っ直ぐ家に帰る予定。席を立ち、前の席の友達と話しながら机右横に引っ掛けてある鞄を……危ない。何時もの癖で右手で取るところだった。突然黙った私に不思議そうな顔をする友人。軽く謝って一緒に玄関へ向かう。そして下駄箱で靴を出し上履きをしまう。さっきの件で学習したので、友達と話しながらもスムーズに靴に手が伸びる。といっても私は右利きだ。靴を取るのは簡単だったが、上履きを靴箱に仕舞うのにやや苦戦してしまった。友人はまた不思議な顔をしていた。友人とは帰り道が逆なので、校門前で少しお喋りをして別れる。手を振るのもきちんと左手だ。ぬかりはない。しかし鞄を持ちながら腕を上げて振るのは少々キツイものがある。今日は辞書を3冊も持ち帰っているので鞄は相当な重さだ。面倒臭がらず少しずつ持って帰っていれば良かった。
そのまま駅へ行き、電車に乗り家のある最寄り駅で降りた。無性にジュースが買いたかったが、ペットボトルは片手じゃ開ける事が出来ないので断念した。後は途中信号機に付いている歩行者用の押しボタンを思わず右手で押しそうになったが、指先が触れる寸前ではっと気づいた。これが今回一番危ない場面であったかもしれない。日常的に、無意識に行なっている行動は恐ろしい。何も考えていなくても体が動いてしまうのだ。
そして公園にたどり着いた。この公園は近所でも有名な大きな公園で、休日はファミリーで溢れ芝生には小さなテント達が立ち並ぶ。この公園を迂回して帰れろうとするとかなり時間がかかってしまうので、よっぽど暗かったりする時以外はここを突っ切って帰る。今日は勿論突っ切る。まだ16時を過ぎたくらいで天気も良いし、ジョギングをする人や犬の散歩をする人がちらほら見える。日が短くなってきて少し夕焼け気味だがまだまだ明るい。
ここまでくればゴールまで目と鼻の先、そう思うとちょっと気も緩んでくる。
油断大敵。こういう時こそ困難は訪れるものなのだ。
「待てよ由紀!」
「……朔弥?」
声をかけられ振り返ると、そこには私のお隣さんであり、幼馴染であり、同じ学校の同級生であり、数年来の彼氏である月城朔弥が立っていた。肩で息をしているのを見るに、相当急いで走って追ってきたのだろう。
公園の出口まであと5歩という距離。公園を出てすぐにある横断歩道の向こうには、我が家が見える。つまりマイルールのゴールが見えている、という事だ。だというのに何故ここで止められねばならないのか。
「何?私急いでるんだけど」
「知ってる」
そう言って、朔弥はさっと私の目の前に立った。そう、ゴールを視界から遮るようにわざわざ回り込んで立ち塞がったのである。
「由紀、俺はお前に聞きたい。お前は俺の事が好きか?まだ付き合っていたいと思うか?」
「はぁ!?いきなり何言ってんのよ!」
別に朔弥と喧嘩した記憶も無いし、浮気とかそんな疑われる行動をとった覚えもない。どういう事?私の頭は完全に真っ白になってしまった。
「……俺はお前の事が好きだ!別れたくない!もし、もしお前も同じ気持ちなら右手を上げてくれ!」
「な……なん、で」
「お願いだ!由紀!」
そんな苦しそうな顔でこっちを見ないで!私だって別れるのなんて考えた事ないよ。
ゆっくりと右手を上げようとして、はっと思いとどまる。
マイルール
あとちょっとで今日もマイルールを達成する事が出来る。でもここで右手を上げてしまったら……。そんな、朔弥と別れるなんて出来ないよ。でも!
「……はっ!そもそも何で右手上げないといけないわけ!?私は朔弥の事好きだし別れる気なんてないからね!?」
「そ、それは……。お、俺の今日のラッキーアイテムが右手だからだ!俺は右手以外信じられないんだ!」
「っく……」
そうくるか、うぅ、どうしたら……。そもそもラッキーアイテム右手って何さ!?
私の葛藤を見て朔弥は公園の出口に向かって歩き出した。そしてあと1歩、というところでこちらへ振り向く。
「俺が1歩でもこの公園から出たら……俺たちは終わりだ。だから……それまでにお願いだから右手を上げてくれよ!」
「…………」
「由紀!」
私は動けないでいた。
朔弥はそんな私を見て諦めたように公園の外を向いた。
「待って!上げるから、上げるから動かないで!」
私は必死で朔弥に駆け寄り、そして、右手を上げた。
朔弥の、右手を。
私の左手を使って、朔弥の右手を上げたのだ。
「右手、上げたよ?これからもずーっと仲良くしようね?」
「へ?」
「あ、信号青だ」
私は左手で朔弥の右手を掴み、走って道路を渡りきる。そして素早く自分の家の敷地内に滑り込んだ。
今日もマイルール達成である。
「今日も私の勝ち!」
「ま、負けた……」
そう、これは私達2人だけのゲーム。
私のマイルールを妨害出来れば朔弥の勝ち、その妨害をくぐり抜け達成出来れば私の勝ち。マイルールは朝一で伝えて、実行するのは放課後のみ。負けた方は勝った方の言うことを1つ聞く。ただし実行可能なものに限る。
「明日のデートはロイヤルスーパーデラックスチョコレートパフェ奢ってね!」
「えぇ!?あれ2500円もすんだけど!?」
「今回は朔弥が悪いですー。あんな妨害方法はやり過ぎだと思いますー」
「うっ……だってよー、いつまでたっても由紀に一度も勝てないから」
「それにしても酷かったと思う!私マジで頭真っ白になったんだから!」
「ご、ごめん……」
「という事でロイヤルスーパーデラックスチョコレートパフェね!」
「わ、わかりました……」
「じゃ、また明日ねー」
「おー……」
そして朔弥はトボトボと隣の家に帰っていった。
私達だけのこのゲーム、当分勝ちは譲らない。
マイルール 禾遙 @0oonoaoo0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます