魔王城のルール(KAC5)

つとむュー

魔王城のルール

 星砂が降る夜、窓辺で空を見上げる勇者様が私に言いました。

「宙が七色に光ってすごい綺麗。あの星砂、明日になったら森に拾いに行こうよ!」

 まったく勝手なものです。

 魔王退治を急かす私の言葉には「えー、お金なら沢山あるから今はいいじゃん」と全く耳を貸さないくせに、こういう下らないことには体力を使おうとするのです。

 だから言ってやりました。

「あの星砂って魔王城のエネルギー源なんですよ。今頃、魔獣ニャーワンがせっせと回収しているはずですが、その中にあえて、わざわざ、勇敢に飛び込みたいとおっしゃるのですね」

 チクリと嫌味を込めて。

「ま、魔王城のエネルギー源……? そ、それならなんとかしないと……」

 いやいや勇者様、声が震えていますよ。

 恐ろしいですか? 恐ろしいですよね魔獣。いつもグータラしている勇者様には荷が重すぎますよね。だから、そんなに強がらなくてもいいんですよ。

「そ、そ、その魔獣とやらの姿をボクに見せてくれ。魔法使いならできるだろ? 対策はその後で考える」

「どうしても見たいですか? 怖くてチビっても知りませんよ」

「か、構わない」

 そこまで言うならお見せしましょう。

 私は感覚を研ぎ澄ませ、森から届く魔獣の妖気を身に纏いました。

「変身、魔獣ニャーワン!」

 ポンっという音と共に、魔法で自分の姿を魔獣に変えます。あくまでも姿だけですが。

 その様子を見て勇者様は目を丸くしました。よほど恐ろしい姿なのでしょう。

「か、可愛い!!!」

 な、何をおっしゃる勇者様。そんなことは決して……と思いながら鏡を見ると、そこには人間界で言う猫と犬を掛け合わせたような動物が映っていました。

「うわぁ、もふもふっ!」

「だから私に抱きつかないで下さい。くすぐったい、やめて! お願いですからっ!」



 それから三時間後。

(これって意外とキツイな。なんとかしろ、魔法使い)

(なんとかしろって、言い出したのは勇者様でしょ!?)

 勇者様と私はニャーワンの格好をして歩いておりました。口に星のかけらを咥えて。他のニャーワンと同じく四つ足で。

 二人でニャーワンに変身すれば怪しまれることなく魔王城に潜入できる、と勇者様が言い出したからです。

 星のかけらを咥えたままでは会話はできないので、用いているのは私が掛けたテレパシーの魔法。

(おい、あれは何をやってる?)

 前を見ると、ニャーワンの列は一匹ずつ片足を上げて何かをやっています。その足の先には人間界でいう電柱のような棒が立っているのです。

(いわゆる、おしっこですね)

(ちょっと待て。ボクたちもあれをやらなきゃいけないのか?)

(やらなきゃ怪しまれますよ。だってあれはニャーワンの習性ですから)

 私は嫌がる勇者様を説得し、棒の前で用を足したのでした。

(何これ、むちゃくちゃ恥ずかしいぞ)

(私も穴があったら入りたいです)


 今後は前方から、別のニャーワンの列がやってきました。これから星のかけらを拾いに行くのでしょう。

(おいおい、どうやってすれ違うんだ?)

(どうやら右側通行みたいですね。前方のニャーワンは右側に避けてます)

(これもニャーワンの習性か?)

(違いますね。魔王軍のルールじゃないですか?)

(なんだって!?)

 魔王軍のルールなんかに従えるかと強がる勇者様。案の定、前方から来たニャーワンと頭をガッチンコするのでした。

(痛たたたた……)

(あなた、バカですか?)



 なんだかんだで魔王城への潜入に成功した勇者様と私は、しばらくの間、魔王軍のニャーワンとして生活します。

 ――戦いに勝つためには、敵の内情を知らないとな。

 勇者様のわりにはまともな発想でした。

 しかしそれは最初だけ。

<おしっこは魔王城のトイレで>

「めんどくせぇ、この柱にやっちゃえ!」

<城内でジャレて騒ぐのは禁止>

「自分のしっぽを追いかけてグルグル回るの、面白れぇ!」

<吐き出す毛玉はゴミ箱へ>

「毛玉で誰かが転ぶのを隠れて見てようぜ」

 ニャーワンの習性を盾に、魔王城のルールをことごとく破るのです。

「誰だっ!? こんなところに毛玉を吐き出しているのはっ!?」

 ついに私たちは、魔王の怒りを買ってしまいました。


「お前たちか、最近ルールを守らないニャーワンがいると報告を受けていたが」

 巨大な牛男のような魔王が私たちをギロリと睨みます。

「いかにもボクだが」

 ちょ、ちょっと、何カミングアウトしているんですか!?

 ま、まさか、ここで魔王と戦おうっていうわけじゃないですよね?

 こんなニャーワンの格好で魔王に勝てるわけないでしょ!

 しかし魔王はそれ以上怒ることはなく、勇者様に向かってニコリと笑うのでした。

「なかなか活きのいいニャーワンだな。まるで昔の俺を見ているようだ。ちょうどいい、なぜ魔王城にルールがあるのか教えてやろう」

 魔王は私たちを座らせると、ゆっくりと話し始めたのです。

「それは十年前のことだった。この魔王城に住んでいた先代の魔王が勇者に倒されたのは。しかし勇者は城には目もくれず、すぐさま別の場所に旅立って行ったんだ。残された魔族、魔獣の面倒を見ることはせずにな」

 悲しそうな目をする魔王。先代の勇者の無責任さを訴えるかのように。

「秩序が失われた城に魔獣だけが残されるんだぞ。どんな地獄が訪れるのか、誰でも想像できるだろ? でも勇者はそれを黙認した。罪なき魔獣を放置した。俺が最初にこの城を訪れた時は、魔獣の屍がゴロゴロと転がる地獄のような状況だった」

 それはそれは本当に地獄絵図だったのでしょう。

 ――もう二度と、そんな光景見たくない。

 深く目をつむる魔王からは、悲しみがひしひしと伝わってくるのです。

「だからルールを作ったんだ。この魔王城ですべての魔族、魔獣が平和に暮らせるルールを。そしてようやくこの城に秩序がもたらされるようになった」

 そして魔王は、やさしい瞳で勇者様を見つめます。

 その様は、私たちが勇者様一行であることを見抜いているかのようでした。

「どうだ? わかってくれたか?」

「ごめんなさい。ボクが悪かったです……」

 勇者様が素直に謝る姿を、初めて見た瞬間でした。



「はぁ……」

 街に戻った勇者様は、毎日ため息をついています。

 おそらく迷っているのでしょう。魔王を倒すべきかどうかについて。

 魔王を倒せても、その後の魔王城にはカオスが訪れる。悲劇を再び起こさないためには、勇者様自ら魔王城の秩序を維持する必要があるのです。

 それは、魔王城の主になることと同義。

 ――それならば、いっそのこと魔王退治を諦めてしまえばいい。

 私の目には、そんな風に見えました。勇者様の心の内が。

 だから決意します。

 こんな想いを持ちながら、勇者様を見続けたくはありませんので。

「勇者様。大変申し訳ありませんが、記憶を消去させていただきたいと思います」

「そうか……」

 勇者様もある程度は覚悟していたのでしょう。

 私の言葉に抵抗する気は全くないようです。

「記憶を失う前に、最後に一つだけ聞かせてくれ。それは、魔法使いとしての習性なのか?」

 ――習性。

 懐かしい言葉です。私の脳裏にニャーワンに扮して魔王城に忍び込んだ日々が思い起こされました。

 ――習性は破ることができないけど、ルールなら破ることができる。

 あの頃、いつも言っていましたね、あなたは。

 だから私は言うのです。

 最後の願いを込めて。

「魔法使いの習性、いや宿命かもしれません。でもあえて私は言います。これは、この世界のルールであると。勇者が魔王を退治するのは」

「そうか、それなら仕方が無いな……」

 うなだれる勇者様を前に、私は魔法を発動させました。

 記憶がリセットされる魔法を。



「おおっ、星砂が降ってて、めちゃくちゃ空が綺麗だぞ!」

 窓から夜空を見上げながら、勇者様がはしゃいでいます。

 普段はグータラしているというのに。

 こんなに元気があるなら、早く魔王を退治しに行って欲しいものです。

「朝になったら森に星砂を拾いに行こうよ!」

「何を言ってるんですか? 星砂は魔王城のエネルギー源なんですよ。今頃、森は魔獣ニャーワンで一杯ですよ」

「じゃあ、ボクたちもニャーワンに変身して魔王城に潜入しよう」

「またまた無茶を言って。魔獣がどんなものか知らないでしょ? 心から後悔しますよ」

「うーん、そうだな。変身してみたら魔法使いの記憶が戻るかもな。あの冒険の日々の」

 勇者様が何を言っているのか、さっぱり分かりません。

 でも、本当に嬉しそうな勇者様の表情を見ていると、魔獣に変身してみてもいいんじゃないかと思えてしまうのです。

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