マヨネーズの空き瓶に硬貨

ritsuca

第1話

 卒業式が近づいて、でも、研究室には相変わらずこの春卒業するはずの先輩後輩が出入りしている。当たり前だ。うちの研究室メンバーの大半が所属している学会は、卒業式の後で開催なのだ。学位論文を仕上げたメンバーには、漏れなく指導教員から声がかけられている。ちなみに、院生以上は学位論文を提出しない学年も声はかけられているし、B3も先輩たちの雑用係にならざるを得ないので、ぶっちゃけうちの研究室にとっては総力戦状態だ。

 と、いうわけでこうなる。


「はよーす」

「んう……はよ……みったん早くね……いま何時よ……」

「また泊まったんすか、しげ先輩」

「泊まったというか、逃したというか」


 あー、ねみ。とぼやきながら、寝ぼけ眼を擦りつつ、しげ先輩が起きる。

 俺、みったんこと御代田が研究室に入ったのは1月。うちの研究室では代々、机のないB3の世話をするのはM1と決まっているらしく、今年はPCに向かっている最中に寝落ちしました感満載の滋野先輩ことしげ先輩と、今は姿が見当たらない屋代先輩が俺と坂城のB3組の面倒を見てくれていたので、しげ先輩と屋代先輩がいまのところ一番話しやすい。

 というのも、年が明けてから研究室に入って、いまはもう3月も半ば。たった2ヶ月半ではあるが、この間、B4とM2の先輩は学位論文の〆切に最終発表の準備に製本前の論文修正に学会準備にと、ときどきの打ち上げ以外はずっと修羅場モードだったのもあり、なかなか関わる機会もないままきてしまったので、何かしらきっかけでもないと話しかけるネタが……という状態なのだ。打ち上げのときもなんというか会話よりも、酒、ツマミ、以上!みたいな状態であったし。

 そんなわけで御代田にとって研究室内で話しやすい相手暫定第一位のしげ先輩のお世話を焼くのはやぶさかではない。大丈夫、この2ヶ月半、似たような光景を何度も見てきた身としては、なんとなくの対処はわかる。個人差はあるが、


「バナナと野菜ジュース、どっちがいいっすか」

「あー、両方でー」

「はい。あとで200円カンパしといてくださいね」

「んー、さんきゅなー」


 どうやら他の研究室にはない、うちの研究室の独自ルールらしいのだが、冷蔵庫に徹夜明け用のバナナと野菜ジュースが常備されている。どちらも1回につき100円を冷蔵庫上のマヨネーズの空き瓶(もちろん洗浄済み)に入れることで飲食可能となっている。

 ちなみに、ここでミソなのは、「1回につき」という料金設定だ。バナナを1本食べても3本食べても、同じ「1回」のうちで食べたのであればどちらも100円になる。それだとあまり食べられない人が損をするじゃないか、と思う向きもあるかもしれないのだが、実際には大半のメンバーが1回につき1本しか食べないので、ほぼ公平なルールとして運用されている。


「ふぁいふぁふぁふぁふへふぁいふぁー」

「しげ先輩、わかるけどわからんですそれ」

「んんんんー」

「しげ先輩、それ、もっとわからんです」


 ひひひ、と笑うしげ先輩は、バナナを食べつつ、PCを確認している。

 たぶん「相変わらずでかいなー」と評したのであろうバナナは、研究室の誰が食べても毎度毎度、似たような評価を下している。どこで買ってくるのか、この2ヶ月半、毎日のようにボスが補充してくれるバナナは例外なく大きいのだ。

 おかげさまで、寝ぼけ眼でバナナを1本のんびり食べつつPCを確認しているうちにほぼ例外なく満腹になってしまうという塩梅である。

 しげ先輩のPCを確認する背が段々と伸びてきたのを見て、御代田はロッカー代わりのコンテナに荷物を置いた。先輩の世話を焼くのはついでであって、今日はゼミのために来たのだ。


「準備……の前にスクワットだな、うん」

「お前それ家でやってこいよ……」

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