第22話 樹と冒険者の不穏な話
『来たね、ゼファー』
「ご無沙汰しております。エーヴィヒカイト様」
『いいよいいよ、そんなに畏まらなくて。僕なんてただの樹なんだし』
ここは中央集落よりさらに奥地。デザートトライアングルというアカツキたちの本来の目的地よりも奥まったところにある秘地だ。先だって、勇者ルシードとその仲間たちがレッドドラゴンの素材欲しさに挑んだ場所から、更に深い場所。空は完全に枝葉でふさがれ、陽の光は差し込んですら来ない。にもかかわらず神々しく輝くその大樹は、いかなるものか。
そしてさらにその前には、10歳程度の子供の姿が透けて映っている。アバターと呼ばれる投影体だと、エーヴィヒカイトは以前教えてくれた。
エーヴィヒカイトの言い回しは、とても返事に困る。肯定も否定もせず、曖昧な笑みというとても人間らしい返しをしたあと、ゼファーは早速本題に入った。
「例の物を頂きに上がりました」
『……もうちょっと余韻を楽しまない?』
「もう夜も更けておりますし……何より勝手に抜け出したことを知られると、いろいろ厄介なことになるかと」
『まぁ、そうだね。君だけは目的が違うわけだし』
何やら不服そうな投影体が指をパチリと鳴らすと、上から何かが落ちてきた。それは果たして、何でできているのか全く分からない黄金の果実。
―――それはかつて『アムブロシア』と呼ばれた美味なる果実。
『持ってお行きよ』
「ありがたく」
指を絡めて両掌を組んで果実を載せ、祈るようなポーズをとるゼファー。苦笑するように映るエーヴィヒカイトの投影体。
『それと『聖女の愛液』を合わせて作るのが、『世界樹の天露』だったっけ? 人間は悪趣味だよね。他に組み合わせなかったの?』
「なかなか作れないからいいのではないかと」
『なるほどねぇ。そもそもエリクシルってただの人では飲めないんだけどなぁ。その辺どうなの?』
「ぬかりなく。あなた様には一役買っていただきますが」
どうも不穏な話をしているようだが、ツッコミを入れる者は居ない。
『オーライオーライ。アカツキ君に試練だね』
「然様で」
『まぁ、ドララシェリクディアにも手を貸してもらうから、心配いらないよ』
「よろしくお願いします」
ゼファーは後ろを振り返る。少し離れた場所で眠るレッドドラゴンが、気配を感じたのか尻尾を一振りして『了解』の意を示す。すでに話は伝わっているようである。なれば、ゼファーにここでやることはもうない。立ち上がり頭を下げる。
「では、これで」
『本当に用件だけだったんだねぇ。もうちょっと人生楽しまないと。樹が言うことじゃないけど』
「ははは」
『作り笑い!? ……やるねぇ、君』
口角のみを上げて対処するゼファー。さすがは冒険者Sランクである。あらゆる立場の者と会話することが求められるゆえ、樹ですら余裕で対応可能である。アカツキたちの前ではカッコつけているだけである。
「では、これで」
『気を付けてね。君たちのやっていることはかなりギリギリだ。世界に関わることだから、僕らも手を貸すけれど』
「おそらくは今回で最後ではないかと。後は野となれ山となれ」
『それだと人はもう生きてないねぇ』
「失敗すれば、それはそれで運命ではないでしょうか」
『それを何とかするためにキミらが動いてるわけでしょ? 身も蓋もないじゃない』
本当に不穏な会話だ。一体何の話をしているのか。
「あとはアカツキ次第といったところですね。アイツが
『何も知らないでいるほうがいいと思うんだけど』
「それは同感です。ややこしい背景などアカツキには必要ない。ただ昇り詰めるだけでいい。それで世界が救われる可能性は高まる」
『大変だね、彼も』
「それが宿命でしょう。私たちの役目はアイツを導くこと」
『頑張りんしゃい』
「どこの言葉です?」
『どこかの地方だよ。なんだか温かいと思わないかい?』
もう一度曖昧な笑顔を浮かべると、ゼファーはこの場を立ち去った。
『本当に大変だね……』
一言つぶやくと、エーヴィヒカイトのアバターは姿を消した。そして照明が消えるように、神樹も輝きを収める。まるで初めから何もなかったように……
「朝、か……」
あの後、ここを使えと屋敷の一室を提供されたアカツキたち。しかも一人一部屋である。元々使う者がいなかったのか。それともそういう扱いをしているというアピールなのか。
ムクリと起き上がると、一伸びしあくびを一つ。思ったより眠れたようである。肩を回してみてもコキコキと音がしない。
「ぜっこーちょ「どういうことだぁっ!」う……じゃないみたいだな、あっちは」
ここは家の中心からやや離れた場所にある部屋であって、普通に話している声が聞こえるような場所ではない。
それが聞こえたということは、明らかに普通の音量よりもはるかに大きい音で話していたということで、それはつまり怒鳴ったりしたということだ。
(またトラブルかよ……ここは一体どうなってんだ?)
布団をよけるとよいせと立ち上がり、声のほうへ向かうアカツキ。朝一でトラブルとか、本当になんだかなぁという思いである。
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