インタールード1
幕間その一 控室にやって来た新たな人物と、おかしな証言
この回より、少し変わります。ご了承ください。
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「……あの後、俺はしばらく眠ってたんだっけか」
「? どうされました、アカツキ様」
アカツキが物思いにふけっている間に、うれしいくんずほぐれつは終わっていたらしく、二人ともがきょとんとした顔でアカツキを見ていた。
「あぁ、いや。ちょっと初めて会った時の塔でのこと思い出してたんだ」
「そう言えば……私はあの頃、仮面を被っておりましたね」
「私は、家族を助けるために姫様を襲って……結局それも無駄なことでしたが」
「ダリア……」
あの後、オピオンの捜索と、ダリアの家族の行方を騎士団を総動員して行ったのだが、当時ランクD以下の冒険者の出入りが制限されていた『ルマフの森』の中の粗末な小屋の中で、家族と使用人の死体がぎゅうぎゅう詰めで発見された。赤眼猪がうろついていたのは、そのカムフラージュだったとのちにわかることになる。
正気を失い、路頭に迷いそうになったダリアの後見人というか、養女として迎えることになったのがルーサム伯爵。クレイ男爵とは、趣味の狩りで意気投合していたらしく、家族を失い焦燥していたダリアをたいそう心配し、次女として迎えたのだ。
だが、貴族として行動に必ず利益を伴うようにするというのは当然のことで、先の騒動でいちいち名前が出てくる、アカツキとのコネが作れればいいなという、多少の打算があったことも、のちにアカツキは知る。
贖罪のため、アカツキの元で侍女をすることになったダリアだったが、初めのうちは気もそぞろで何も手に付かないような状態だった。今のような感じになるきっかけとなったのは、亜人領域の一件が終わり、レムリアが元通りになった時から。ダリアの時の針は再び動き出したのである。
まあ、今度はアカツキが問題を抱える羽目になったのだが、二人の献身もあり無事にその問題も解決している。それによって、三人の絆が深まってしまったのは、アカツキにとって誤算だったが、皮肉なことに今はそれがとても大事なものになってしまった。
「ですがまぁ、結果オーライということで。私は姫様と仲直りできましたし、何より……」
女性の匂いがはっきりわかるほどの近距離にいたアカツキの頭部を、たいそう立派な胸に抱え込むダリア。
「あっ!」
「アカツキ様にお仕えできるのが、何よりの幸せでございます! しかも今なら悩殺も可! 姫さまもご一緒にいかがです?」
「ええっと……そにょう……」
「もが、もが!」と空気を求め頭を動かそうとするアカツキだが、どういう理屈か分からない力で頭がロックされている。跳ねのけるのは無理そうなので、かろうじて頭を上に向けると、とても優しい表情でアカツキを見つめるダリア。
(そんな顔されたらなんも言えねえ……)
諦めてなすがままのアカツキは、あることに気付き腰が若干引け気味になっている。まぁこれは健全である証拠なので、誰にも責められようはずはない。
一方、人差し指ツンツンをするレムリア。年齢的に十代後半だが、そういう仕草もなかなか捨てたものではない。普段の凛々しさとのギャップで、フィオナ以外をもうそういう対象として見てもよくなったアカツキの茹る脳を、ぐらぐら揺さぶる。こればかりは失恋直後とはいえ、普段から感じていたことなので、なかなかクルものがあった。かわいいは正義である。
結局、いつも通りあーだこーだとやっていると、控室のドアがノックもなしにいきなり開けられた。
「邪魔するぞ」
「邪魔するなら帰ってくれ」
「わか―――るか、ボケ!」
「なんだよ、ドララ」
「ふふん。アカツキがフラれたのを見ていてな。悲しんでいる所を即参上というわけじゃ」
ある意味いつも通りのやり取り。アカツキにドララと呼ばれた、ムチムチプリンな赤毛美女はどこから仕入れたのか、仕立ての良いドレスを身にまとい、扉にもたれかかって立っていた。素晴らしき果実が持ち上げられている。
一方アカツキは感覚がマヒしているのか、他人にフラれたことをふれられても、何かを感じた様子はない。こういう時、たいていは『自分はいいけど他人はダメ』というナイーヴな感覚に陥ったりするのだが、そういう感じは表面上現れていない。
「……? そんなもの何処で手に入れた? お前、そんなもん持ってなかったろ」
「うん? あぁ、姫様が仕立ててくれたんじゃよ。皆サイズを測ってもらって、オンリーワンのドレスを頂戴しておる」
「皆?」
「店の連中じゃよ。アルルもナ・プラダもラーラもな」
「……ひょっとして」
「うむ。全員あの茶番劇は見ておった」
「会場の片隅でな!」ととてもいい笑顔でサムズアップするドララ。抱きかかえられたままガックリするアカツキ。先ほど出た三人の名前はエルフの『アルル』、ドワーフレディの『ナ・プラダ』、そしてハーフリングガールの『ラーラ』である。彼女たちは亜人領域で出会った『勇者』であったが、とある理由によりくすりやアカツキに居付いている。
「……店長の威厳」
「そんなものあるわけなかろう? 店内カーストは一番低位じゃよ。ぬしは」
「うそぉ!」
「本当ですよ、アカツキ様。あなたは玩具です」
「おもちゃ!?」
ダリアの胸に顔をうずめたまま、衝撃の事実を告白されたアカツキ。もう何が何だかわからない。結局、レムリアのほうを恨みがましそうに見る。
「……どういうことだってばよ」
「……皆には諦めてもらおうって思ってたんです。目の前で愛する人にプロポーズして受け入れられたら、みんな納得できるんじゃないかなって……」
「だけど……あんなことになってしまいましたし……」と、愁いを帯びつつうれしそうな顔をするレムリア。人の不幸は蜜の味というが、彼女、というかアカツキの周りの環境を鑑みた場合、普通に使われる意味合いとは少々異なってきてしまう。それを知っているアカツキは責める気もなくなってしまった。
なお、アカツキは今もダリアに抱きかかえられたままである。周りが騒がないのはこれがいつもの日常だからだ。いつも通りに見えて、アカツキが振りほどく気がないのは、やはりフィオナとのことで傷ついているからだろう。
アカツキを責めることもなく、ドララは勇者たちの印象を口にする。
「しかし……フィオナとか言ったか? あやつ以外は勇者の手垢はついておらんようじゃが、なぜあのような愚図と交わる気になったのか……」
ぼそりとつぶやいた純粋なドララの疑問。それに反応したのは、褒美の品となる羽目になったレムリアであった。その言の葉は明らかにおかしさを含んでいる。
ちなみにレムリアは「離し、なさいっ……!」「お断り、ですっ!」とアカツキの首を巡って、静かなる戦いを繰り広げていた。アカツキの首が心配だ。
「シャロンちゃんと、ロクサーヌさんは勇者の手垢はついていないのですか?」
ドララは即答。
「おらんな。我の鼻はそう言った生臭いにおいも嗅ぎ取れるのじゃが、レムの妹君や、リディの姉君からは奴の匂いがせぬ」
ひょっとしてフィオナは何か妙なことをされているのかと、胸に顔をうずめながら思うアカツキだったが、そもそも公衆の面前で舌を絡めるような接吻をして平気な顔をしているのだ。正直、進んでヤったとしか思えないアカツキだった。不信感ここに極まれり。
「まあ、我の老廃物を求めて対峙した時は、勇者の手垢なぞ誰も付いておらんかったしの。あの後何かあったのじゃろうて」
ドララが言う老廃物。それは爪や牙、鱗に血といったものだ。
「……もうお前、そろそろ巣に帰れよ」
「いやじゃ。おぬしはもうすでに長い寿命を手に入れておるしの。我を下せる
「ちょっと待て……」
「お主の子を産みたい」と付いてきたドララ。その正体は、デザートトライアングルの主であり、亜人たちの勇者の監視対象である『レッドドラゴン』。
奇しくも、アカツキとランクS冒険者『ゼファー』が、亜人領域へ足を踏み入れた時からの付き合いとなる―――
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