(未完)くすりやアカツキ奮闘記 ~婚約者の帰りを一途に待つ男の話~

お前、平田だろう!

序章

第1話 プロポーズ

 ―――リーネット王国首都リネルルカ。その中心に位置する王城では、勇者ルシード及びその従者たる3人の巫女たちへのねぎらいの夜会が開かれていた。

 勇者たちが耳目を惹く中、会場のやや隅寄りの場所でこんな会話が繰り広げられていた。


「いよいよですわね。アカツキ様」

「……だから『様』はやめてくださいって言ってるじゃないですか」

「あら。わたくしだって、同い年なのだから敬語はやめてって言ってるじゃないですか」

「いや、だって……王族相手に普通に話せって相当無茶なんですが……」

「そこはほら、あなたとわたくしの仲ってことで」


 王族の女性がやや押し気味のようだが、困り気味に返している『アカツキ』と呼ばれる男性……と呼ぶには少々若すぎるか。まだまだ少年といったところである。御年17、街のしがない薬師である。

 そして、タメ口で話せと平民のアカツキに無茶ブリする王族の女性。こちらもまだまだ発展の余地ありの美少女である。リーネット王国第一王女レムリア=リーネット。会話の中で同い年という言葉が出ているとおり歳は17であり、こういった時代の女性としては、普通に結婚適齢期のやんごとなきお方である。

 そんなお方がアカツキにうっとおしく絡むのには理由があった。


「……ようやく、ですわね」

「……そうですね。まだ終わったわけじゃないですけど……」


 そう呟くアカツキの手の中には、一組の指輪が箱に収められていた。大切に手の中にあることを確認し、綻ぶような笑顔を浮かべるアカツキ。それをチラリと横眼に見たレムリアは、そっとため息をつく。


(そして今日、わたくしの想いにも終止符が打たれるのですわね)


 アカツキの視線の先には、勇者ルシードの従者にして女神の加護を授かった”治癒”の巫女『フィオナ』が、たくさんの貴族に囲まれ談笑している姿があった。その姿を見つめるアカツキを見て、もう一度レムリアはため息をそっとついた。






「……楽しんでおるか?」

「こっ、これは陛下っ。このような薄汚い所へ……」

「はっはっ。ここは王城だぞ。お前は何をいっぱいいっぱいになっておるのだ」

「ぬぐっ」


 王城の大広間を薄汚い所などとけなす、痛恨のミスを犯したアカツキを、朗らかな笑顔で許すリーネット王国国王『グレン=リーネット』。豪奢な赤の王のみが袖を通すことを許されているゆったりとした服を着て、頭には冠、そしていくらするか分からないような大きな宝玉を付けた杖を持っている。そして後ろに宰相『シャーリー=ホスキンズ』を従えていた。夜会であるため、赤いドレスを身にまとっている。ドレスというからにはもちろん女性である。しかもそんじょそこらの若造に任せられるわけでもないので、それなりに年齢は重ねている。


「まったくお前ときたら……しゃんとしないか!」

「いってえっ!」


「バッチーン!」とまあまあな音を立てて、アカツキの背中にもみじが炸裂する。さすが国をまとめる女傑宰相といったところだ。


「……なにするんすか、シャーリー様」

「シャキッとせんか! お前、フィオナ殿にプロポーズするんだろ!」

「ちょ、声大きいっすよ!」

「誰もお前の話なんか聞いてないよ」

「そりゃあ、そうなんでしょうけど……」

「……うらやましい」

「「えっ?」」


 割とツーカーなやり取りをするアカツキとシャーリーであったが、それが気安く見えたのだろう。高貴なお方らしからぬ、指をくわえた上目づかいで物欲しそうな顔をしているレムリア。


「わたくしとももっと気安くいきましょう! さあ! カマーン!」

「何言ってんの!? ……あっ」

「そう! その調子よ、アカツキ様!」


 がに股で両掌を内に向けて、クイクイやる第一王女殿下。お年頃の姫様がしてよいしぐさでは断じてない。アカツキもうっかりツッコミが気安くなってしまったのだが、それを機と見た王女殿下。さらにたたみかけてきている。そしてそれを優しく見守る国王と、やれやれ感を出している宰相。なんだかよくわからない空間が構築されていた。

 王と宰相、オマケに第一王女殿下がいる場所が注目されないわけがないのだが、腹の探り合いなどこれっぽっちもなさそうな気安い雰囲気が、逆に腹の探り合いになれた連中にとっては、足を踏み入れづらいことになっているようだ。横目でチラ見される程度で収まっている。


「……いい顔するようになったな、レムよ」


 グレンの年齢は40半ば。しかし見た目は完全に30代前半で、普段の彼は活力に満ち溢れている。しかし、今レムリアを見つめるそのまなざしは、完全に好々爺といったところであった。杖をつき、反対の手を後ろにやって立っているその姿は、まさに隠居ジジイ。「ほっほ」とか言いそうである。


「……あんた、ジジイみたいになってるよ」

「なっ……失礼なやつだな、シャーリー」


 図星をつかれうろたえるグレンに、白けた目をしていたシャーリーは追撃する。


「やかましいわ。あんなでも第一王女なんだよ? 嫁入り前に変な噂がたったらどうすんのさ」

「あんなとはなんだ、あんなとは。ここまで回復できたのはアカツキ君のおかげだろうが。……確かに『塔』に幽閉されていた時はふさぎ込んでいて全く分からんかったが、あの子はあんな性格だったか……」


 あることが理由で、罪を犯した王族を幽閉しておく『ダナエの塔』に、つい先ごろまで自ら入り人目を避けるように生きてきたレムリア。しかし今や、ドレスアップし美貌に磨きをかけ、夜会に参加するまでに。……やっていることはとても王族の姫とは思えないことではあるが。おまけに参加している貴族との交流も全くしていない。王族らしからぬ行いが見逃されているのも理由がある。


「まあ、しょうがないことだとは思うけどね」


 苦笑いと共に手に持っていたグラスのワインを一口含み、唇を湿らせるシャーリー。御年40のやり手独身宰相。黙っていれば美人なので、引く手あまたのはずだが、歯に衣着せぬ口の悪さ、これだけが欠点だった。慈愛に満ちた瞳でやりあうアカツキとレムリアを優しく見守るシャーリー。こういう表情が出来るのに、未だ独身。美人で仕事ができると男は近寄りがたいということに、まだ気が付いていないのであった。


 グレンはグレンで思うところがあるのだろう。何とも言えない顔ではしゃぐ娘を見つめている。そんな彼はレムリアを見ながらポツリ呟く。


「出来れば好いた男と添い遂げさせてやりたかったがな」

「そんなことできるわけないだろ。レムは第一王女殿下だよ?」

「……それはそうなんだが、あやつはもう周りから『傷モノ』扱いされている。政治的な配慮など考える必要もないだろう。であるならば……と思わないでもないんだが……」

「まぁ、その相手ってのが一世一代の大勝負を仕掛けようってんだからね。もう見守るしかないだろうさ」


 シャーリーが合いの手を入れるが、「まったくままならないな……」と苦笑いしか出ない国王陛下であった。






「ほら、いつまでやってんだい。とっととフィオナ殿にプロポーズしてこいっ!」


 再び背中をシャーリーにはたかれ、「おふっ」と変な声が出て、よろめき飛び出した先には、かつてアカツキが結婚を約束した幼馴染『フィオナ』がいた。


「……アカツキ?」

「よぅ、フィオナ。久しぶり……だな」


 藍色のボブに透き通るような碧眼。離れていた2年の間にずいぶんと雰囲気が変わっていた。アカツキと故郷の『リリュー村』に住んでいたころと比べ、ずいぶんとあか抜けている。もっと気の利いたことが言えればよかったのだが、アカツキはフィオナの雰囲気にのまれていた。


「……どうして……ここに……?」


 絞り出すような声でアカツキに問うフィオナ。何やらただならぬ雰囲気を察したのか、群がっていた貴族たちは少し離れた場所へ移動する。残ったのは、フィオナと行動を共にしていた仲間のみである。


「……フィオナに言いたいことがあるんだ」


 ずっと頑張ってきたことを思い出し、やっと隣に立てるであろう自信が付いたアカツキは、思い切って言葉にする。グレンとシャーリーには事前に許可を得ている。受けてもらえた際には、楽団の皆さんに二人だけのダンスを演出してもらえることも、提案してもらいお願いした。


 目をつむり、ポケットからマリアージュリングの入った箱を取り出し、ふたを開けフィオナに見せる。リング代は奮発した。周りの視線は気にならないわけではないが、もうここまで来た以上腹をくくるしかない。


 片膝をつき下を向きながら、祈るように箱をフィオナのほうへ突きだし、一息ついて何度も練習したフレーズを吐き出す。


「全部終わったら、僕と結婚してほしい」


 噛まずに言えたことにホッとするアカツキ。正直このタイミングで言うべきかどうか迷った。だが、夜会に参加しても良いと許可をもらえたのでいてもたってもいられなかった。前にしたのはまだ成人したかしないかの頃の子供の約束のようなものなので、早く確約が欲しかったというのもある。


 唐突に迎えた一大イベントに、夜会は静まりかえった。そして……


 フィオナの艶やかな唇が、返事をするべく動き出す……

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