自由になるため
六花 水生
第1話
彼の本名はきちんとある。だけれど皆に「四角 四面雄」(しかく しめお)、そう陰で呼ばれている。なぜなら本名がすぐには出てこないほど品行方正で規則にうるさいと言われているからだ。
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私はとある中小企業の女子事務員だ。
高校の頃まで私の周りにはいい加減な輩が多かった。
「自転車、誰のかわからないけど駅前から乗ってきちゃった」
だの
「妊娠したけど誰か父親かわからない」
だの、そんな話ばかり。
いい加減な世界に嫌気がさしていた私は、地道に生きていきたい、周りにハラハラさせられるのは勘弁願いたいと、コツコツ勉強し、今の職場に就職した。
そこの上司が、四角四面雄さん(仮名)である。
就業規則から社内の経費処理規定、はたまた労働基準法まで網羅した知識で、理不尽なお客様から、サービス残業を強いようとする上司までバッサバッサ切り倒して、私達部下にはホワイトな職場を作ってくれている。
そんな普段の仕事中に見せる堅い対応に、職場の女性は引き気味だ。
しかし私は四面雄さんの規則に厳しい理由も知っている。昨日、不明な経費処理を教えて貰ったときに、すぐに社内規定を指し示し、その支出が経費では処理できないことを指摘し、提出してきた他部の部長に突き返してくれた。そのときにどうしてそんなに規定に詳しいのか尋ねたら
「規則を守っていれば、自由でいられます。その枠の中なら何をしてもいいのだから。だからその枠がどこまで広いのか、確認しておくことが自由でいるために必要です。そのために自分の関わる世界の法律、職場の規則を熟知しようと努力しているのです。」
そんな彼が道を踏み外すおそれは極めて低い。私の安定安全志向に合致する。見た目も私の密かな好みである「メガネ男子」にもヒットする、清潔感溢れるイケメンさんだ。
お近づきになるには、何より規則を守らなくてはならない。仕事中の私語は嫌われるだろう。就業時間が終わってから、飲み物を取りに席を外した彼を追跡する。そして、自販機の前で、
「あの、先日の部長への『これは経費ではありません』、ありがとうございました。」
「あぁ、気にすることはないですよ。あの部長はたまにあやしい出費を経費に紛れ込ませようとするから、前からよくやりあってるんです。」
「そうなんですね。それでもとても助かりました。あの、良かったら、こんど食事でもご一緒していただけませんか?」
「…今は就業時間外だね。これは私的なお誘い?」
彼は口調を丁寧な職場向きのものから、がらっと変えた。
「はい。」
「では、金曜日、19時に玄関前待ち合わせでいいかな?」
「え、職場の玄関って、皆に知られてしまいますけど?」
「ああ、僕は人に知られては困るような行動は何もないけど、君は困るの?」
「い、いえ、大丈夫です!」
「そ、なら良かった。じゃ、その時また。」
そういうと、自席にもどっていった。
そして金曜日、食事は和やかに進み、デザートが出る頃に、
「君とは今日、色々話してとても価値観が近いと感じた。そして君も、僕のこの規則を守る姿勢に共感してくれていると感じたけど、ちがうかな?」
「はい、私もそう思いました。」
「それは良かった。なかなか僕のこの姿勢は女性には馴染まないようで、ここまで好意を感じてもらうことはめったにないと思う。良かったら結婚を前提に付き合ってくれないか?」
「結婚を?ちょっと早くないですか?」
「僕は遊びのような付き合いはしたくないんだ。それとも君が僕を誘ったのは遊びなのか?」
「いえ、そんなことないです!」
「なら、なんの問題もない。成人した両性の合意に基づく付き合いの始まりだね。」
そういって彼は私の手を取った。
「それに、いいと思った素敵な女性には誠実に、かつ早急に同意を得るのが、僕の恋愛におけるルールなんでね。」
そして、ニヤリと笑った。
それから、あれよあれよと言う間に結婚式を迎えた。それも、清い体で。
彼は、
「今どき、おかしく思うかもしれないけど、子どもが結婚前にできる行為は僕のルールに反するんだ。そのかわり、籍を入れたら何も妨げるものはないよ。それに夫婦には性交渉に協力する一般的な義務があるという判例もあるしね。」
そういうと、とても嬉しそうにニヤリと笑った。
これからは彼のルールに、私の譲れないルールも加えて二人の家族のルールができていくのだろう。
世に憚ることのない、自由な二人のルールが。
自由になるため 六花 水生 @rikka_mio
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