ヒーローは遅れてやってくる

【お世話になりました】そうま

ヒーローのルール

「えぇっと、なんですか、これ?」

「ヒーローのルールです」

 部屋に入ってきたと同時に銀行員のような制服に身を包んだおっとり系巨乳女子が、ニコッと微笑みながら広辞苑のような厚さの紙の束を渡してきた。広い会議室に2人きりでとても居心地が悪い。

「ヒーローは子どもたちの憧れであり続ける必要があります。そのため、この冊子に書いてあることは全て守って頂きます」

「破るとどうなりますか?」

「即刻死んで頂きます。世の中から貴方の存在を抹殺し、新しいヒーローを用意します。子どもたちに悪影響が出てはいけないので」

 そのセリフが子どもには聞かせられないだろと思ったが、目の前の女性の笑顔は変わらない。自分は何も間違っていないと言わんばかりだ。先程別の職員から出されたお茶が不味く感じる。

 4月1日から俺はヒーローになるらしい。自分でも何を言ってるんだと思うのだが、事実なのだ。内定通知にもヒーローとハッキリ書かれていた。就職活動に失敗し行き場をなくした俺はなりふりかまっていられない。怪しい点はあるがとりあえず無職にはなりたくなかった。「小さな頃テレビで見たヒーローみたいになりたくて警察官になりました!」というセリフは耳に何度かしたが、本当のヒーローになるなんて選択肢は月日が流れていくうちに普通消え去る。俺はどうやら普通じゃないらしい。


 冊子を何ページかめくる。冊子が両面印刷じゃなかったことに少し安堵する。が、字がとても小さい。これ目が悪い奴に読ませる気がない。女性の方へ視線を移すと先ほどよりも口角が上がっている。

「目の悪いヒーローは居ません。もしもこの書面の字が見づらいのであればコンタクトをしてください。メガネはダメです。戦闘時に危ないので」

「その費用って……」

「領収書などをしっかりと取っておいて頂ければこちらがかかった料金を負担致します」

 無茶苦茶だなおい。でも、これを機にコンタクトデビューするのもありだな。プラスに考えよう。落ち着け、3日後に入社を控えていて「やっぱ内定蹴ります」とか言えないぞ。また冊子をパラパラとめくる。気になる文章を見つけて手を止めると女性に「どうされましたか?」と心配される。

「助けに行く際は必ず少し遅れて登場することって……今見たんですけど」

「はい。ヒーローは最初から出てきませんよね」

「助ける対象が襲われる場面に最初から居合わせちゃったらどうするんですか? 傷つくのを見て見ぬフリですか? ヒーローだってバレないようにするしかないんですかね」

 女性が初めて笑顔を消した。盲点だったというような驚いた表情をした後、真剣に悩んでいる。誰も疑問に思わなかったんだろうか。

「申し訳ありません。担当者に確認致しますので少々お待ち頂けますか」

 そう言って立ち上がると女性は慌てて部屋を出て行った。ヒーローを真面目に採用する会社に普通の人間は居ないようだ。仕事熱心なのは良いことだが。


「ルールなので仕方ありません、か」

 冊子の話を軽くした後は入社式に必要なものの説明を受けてお開きとなった。ヒーローは悪者以外誰も傷つけないようにしろとか言われると思ったのに……決まりに必ず従わないといけないってどうなんだろう。絶対に1週間も経たずにどれか破って俺の人生は終わってしまいそうだ。 


 ──あいつはいつも俺を救ってくれるヒーローなんだ。

 高校の頃、バトミントンでペアを組んでいた。俺は決して上手くはなかったが、相方が取り損ねた羽を取ることだけは得意だった。相方が俺の居ない所で俺を褒めてくれていると知った時は本当に嬉しかった。相方のためにできることはやろう、そう思って部活は極力休まず出ていた。

「ヒーローだけど、入学式の時から横に居たな」

 平日の昼下がり、近所の公園には誰も居なかった。缶コーヒーを片手にブランコに何となく腰を下ろす。自販機で買った缶コーヒーはぬるかった。冷たくないコーヒーほど不味いものはない。いや、訂正。さっき出されたお茶の方が不味かった。

 1年の頃からだいたい相方の横にずっと居た。体調が良いのか悪いのか、相手チームにどんな攻撃をしたいのか、常に読み取ってサポートしたいと思っていた。ヒーローだと言われた時、最初は不思議な気持ちだったが、褒められていることに変わりはなかったので嬉しかった。

「サポートがメインのヒーロー、なんて言ったらあの女の人どんな顔するんだろう」

 会社には複数名がヒーローとして在籍しているらしい。1人くらいそんな異質な奴が居たって良いじゃないか。

「常にお約束通りの展開じゃ、つまらないよな」

 缶を握り潰して勢いよく立ちあがる。俺は俺のルールで動く。

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