僕が盗んだんだから、明日はきっと幸福になれる

ちびまるフォイ

最大級の幸せの待つ場所へ

「よし、開いた」


ピッキングで鍵を回して部屋に入る。

事前に調べた通り、この時間帯には家に誰もいない。


家にある金目の物をバッグに詰めて立ち去ろうとしたとき、

ふと壁にかけられているカレンダーに目がいった。


「"幸"……? なんだこれ」


カレンダーの特定の日付には「幸」と書かれたシールが貼られていた。

なにかの流行なのか、空き巣が終わってからネットで調べることに。


「幸シール……。貼った日付をいつもよりハッピーに?」


うさんくさい宣伝文句だったが空き巣に入った豪邸でも行われていたので

好奇心に負けて「幸シール」を頼むことにした。


「めいっぱい幸せになりたいんで10枚くらいお願いします」


「すみません、幸は1日1枚までと決まっているんです」


登録者には幸シールが毎日1毎づつ届くようになった。

さっそくカレンダーの日付に「幸シール」を貼ってみる。


その日の空き巣ではいつも以上に楽に、金目のものが手に入った。


「今日はずいぶんツイてたなぁ」


これが幸シールの効果なのか、翌日にまた送られてくる1枚を使ってみることに。

その日は空き巣で幸運は訪れなかった。


「やっぱり気のせいか。金持ちほどよくわからないものに手を出すもんなんだな」


「あ、ちょっと、君今いいかな?」

「え?」


油断していた帰り道、警察官に鉢合わせしてしまった。


「実はこの近くで不審者の届け出があってね。

 悪いんだけど、カバンの中を見せてくれるかな?」


「か、カバン……」


まずい。中にはピッキングツールに盗品がぎっしりだ。


「なにかまずいものでも?」

「い、いや……」


冷や汗が流れたとき、警察官の無線が入った。


『こちら3番街。至急応援を頼む!』


「あ、すみません。ちょっと急ぐので、それでは!」


警察官はパトカーで去っていってしまった。

車が見えなくなってからヘナヘナと座り込んだ。


「あ、危なかった。なんて幸運だったんだろう」


幸シールの効果がどこにでるかはわからない。

それでもたしかな効果があることを確信した。


その後も、幸シールは毎日かならず1枚が届けられる。


すぐに使いたい気持ちをぐっと抑えて、1枚を貯めておいて

複数数が集まったところで、特定の日付にシールを貼りまくる。


「っしゃーー!! 大穴1着!! 大当たりだ!!」


すると、幸運は幸シール1枚分以上の効果が出ることを知った。

何枚も同じ日に貼りまくれば幸運は一気に増える。


ここぞというときまで貯めていくのが賢い使い方だ。


「しかし……毎日1枚だと、ぜんぜん足りないなぁ……」


幸シールの入手方法は毎日1枚送られてくるだけ。

本当は毎日を幸シールまみれにして幸せになりたいのに。


「……いや、待てよ。幸シールを誰かから盗ればいいじゃないか!」


幸シールの効果でもう空き巣をする必要もないほどお金は手に入った。

でもこの特殊技能を使わない手はない。


ふたたび空き巣に入り、カレンダーを見つける。


「よしよし、幸シールがあったぞ。これをはがして俺のものに……ん?」


カレンダーには「幸シール」だけでなく「不幸」と書かれているシールもあった。

パチもんかなにかかと気になったので、2つのシールを剥がして持ち帰った。


あとはこれを自分のカレンダーに貼り付けるだけ。


「あ、あれ? なんだ? くっつけよ、この!!」


まるで同極の磁石が反発するように他人の幸シールは俺のカレンダーを拒絶する。

貼り付けてもすぐ剥がれるし、セロテープで固定しても浮いてしまう。


「な、なんだよ……他人のじゃダメってことか……」


強引にくっつけてみても、その日に幸運が訪れることはなかった。

こんなことなら、なにか金目のものの一つでも持ち帰ればよかった。


「あ、そうだ。こっちのシールもあったんだ」


興味をひかれて持ち帰った「不幸シール」。

ためしに自分のカレンダーの1日に1枚貼り付けてみることに。


すると、カレンダーから1枚の「幸シール」が浮き出てきた。


「え!? どういうことだ!? どうして幸シールが!?」


幸シールを剥がして別の日に貼り付けることができる。

不幸な1日を作れば、幸福な1日分を手に入れることができるらしい。


忍び込んだ豪邸のカレンダーで「不幸シール」があったのはこのためか。


「あれだけの金持ちでも毎日1枚の幸シールだけじゃ足りないってのか。

 まったく、どこまでも欲深い人間だぜ」


1日1枚だけの幸シールとは異なり、

不幸シールは求めれば求めるだけ送ってもらえる。


そして、不幸シールを使えば使うだけ、幸シールを手に入れることができる。


「よし、この日はぜったいに家から出ないぞ」


特定の1日を決めて不幸シールをまとめて貼り付ける。

同じ枚数分の幸シールを手に入れて貯め込む。


不幸シールの日は、階段から落ちたり、髪の毛が燃えたりと

不幸続きではあったが家から出なければその規模は最小限に抑えられる。


不幸シールを貼った日に外に出て、また職務質問でもされれば不幸の極みだ。


幸シールの追加入手方法を知ったことで、さらに使い方は荒くなっていった。


「うはははは! 今日はなんて幸運なんだ!! 最高だぜ!」


幸運が訪れる日はいくらあっても足りない。

幸運日が過ぎてから次の幸運日までが待ち遠しくてたまらない。


「はぁ……幸シールが全然足りない……」


幸シールをもっと手に入れるためには、もっと不幸になる必要がある。

でも俺は幸福だけがほしい。我慢なんてしたくない。


なんとかならないものかとカレンダーを眺めていた。

カレンダーには2種類のシールが貼られている。


「そういえば、不幸シールだけは他人のものでも貼れたな……」


頭に電球のイラストが見えるほどにいいアイデアが浮かんだ。

最初に手に入れた不幸シールは他人のものだった。でも使えた。


ということは、誰か別の人間に不幸を押し付けることができるかも。


俺は幸運シールを決行日に貼り付け足がつかないように準備した。

そして、大量の不幸シールを持ち込みながら空き巣に入った。


「よし、寝てるな……」


普段は無人の家に忍びこむが、今回は日付変更ギリギリの深夜帯。

家主は家で寝静まっているがそれでも緊張は隠せない。


家が空く時間に入って不幸シールを貼っても、

それに気づかれて剥がされてしまえば、幸シールも消えてしまう。


確実に相手に不幸を肩代わりさせる必要があるためにこの時間を選んだ。


「起きるなよ……」


幸シールの効果があるうちに、カレンダーに近づき不幸シールを大量に貼り付ける。

そのまま何も盗らずに家に帰ると、自分のカレンダーには同じ枚数の幸シールが現れていた。


「や、やったーー!! 大成功だ!!」


他人に不幸シールを押し付ければ、自分だけ幸シールを手に入れることができる。

これなら毎日最高の1日を送ることができる。


「毎日幸運にして空き巣に入れば足もつかない。

 不幸シールは押し付けられるし、完璧な自給自足ができるぞ!」


明日は忙しくなるぞ、とカレンダーの1日のマスからはみ出すほど

大量の「幸シール」を貼り付ける。これ以上幸せな日はないだろう。


「ああ、明日が楽しみでたまらない!!」


俺は布団に入って、最大級の幸運が訪れる明日を待った。


 ・

 ・

 ・


目を覚ますと、そこは家ではなかった。

まるで見に覚えのない場所に立っていた。


「ここはいったい……夢かなにかか? それにしては意識がはっきりしているな」


遠くに人影が見える。


「おーーい! そこのあんた! ちょっといいか!

 ここはいったいどこなんだ?」


「おや、見てのとおりじゃないか。ここは天国だよ」


「天国!?」


足元には花畑が広がっている。


「ふ、ふざけるな! どうして俺が死ななくちゃいけないんだ!

 俺は今日のためにたくさんの幸シールを貼ったんだぞ!!

 幸せになることことあれ、死ぬなんて不幸があってたまるか!!」


「なにを言っているんですか! これ以上の幸運こそないでしょうに!」


「はぁ!?」


「生前、あなたのような悪事をやらかし続けた人間が

 いまこうして天国で第二の人生を歩むことができる。


 これ以上の幸福がこの世とあの世でありましょうか!?」


「そんな……」


へなへなとその場に座り込んでしまった。

身に余りすぎる幸運シールを使ったのを後悔した。


でもこの事実を前向きに受け止めることにした。


「……まあそうだよな。俺なんか地獄行き確定だったのに

 天国で幸せに生活できるなんて、それこそ幸運だよな」


「ええ、そうですとも。それに友達もいますしね」


「友達?」




「生前、高い人徳のある人物だったんですが

 不幸すぎる事故で突然死んでしまった人がいましてね。

 あなたの名前をずっと探していましたよ。


 それだけ思われているなんて、あなたは本当に幸運ですね」



俺は気づいてしまった。


天国の門で待つ、不幸を押し付けた男が立っていることに。

その顔はすでに天国には似つかわしくないほどの怒りの形相で――



「や、やっぱり、俺地獄に行ってきます!!!」


俺は天国の雲をかきわけ地獄にバンジーした。

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