第28話 冒険者たち

 サイスの冒険者ギルドをホームとしている多くの冒険者たちを観客に、あやと私で模擬戦を行うことになった。


 これから冒険者として活動していく以上、どうしても他者の目に触れることは避けられない。

 いくらエレンが専任でついてくれることになっているとはいえ、冒険者でごった返す中、依頼の受諾や完了報告時に情報を完全に秘匿するのは難しい。依頼の遂行時に、他パーティーに戦闘を目撃されないとも限らない。

 ならば、それらを隠すために不自由な活動を強いられるよりも、いっそのこと最初からの実力を明らかにしてしまい、高ランク冒険者として大手を振って自由に動けるようにした方が余計な面倒も背負しょい込まない——とのミリアの配慮だ。


 しかし、いくらグランドマスターミリアといえど、いや、グランドマスターだからこそ、ぽっと出の新参者ルーキーを根拠もなくBランクに認定することなどできない。

 安易にグランドマスター特権だと押し切るように認定しようものならば、「権威にまみれた馬鹿貴族と変わらない」と、地道に積み上げてきた冒険者ギルドの歴史と信用が地に堕ちることになりかねないからだ。


 そんな事態を回避するために、そして、私たちが自由に動ける状況を確保するために、私とあやが周囲に有無を言わせぬ、認定ランクに見合う実力を持っていることを証明、お披露目しようという訳である。


 それに、あやが仲間を得ることも、冒険者として活動する目的のひとつなのだ。

 いくら単独戦闘能力が秀でていても、あやには冒険者として以前に、この世界で生きていく者として経験が不足しているのは否めない。

 今は私やミリア、エレンがその不足している部分をサポートするが、彼女にはもっともっと他の者たち、社会と関わっていくべきだ。

 そして、他者に関わっていくうちに新たな「仲間」を得ることができれば、これ以上に喜ばしいことはない。

 あやの力を知らしめることは、先輩風を吹かせ近寄ってくる有象無象を排除し、「仲間」と呼べる信頼に足る者を惹き寄せるための一手にもなりうるのだ。


 もちろん、経験不足のあやを利用しようと、あるいはその優れた容姿に不埒な考えを抱いた馬鹿者も出てくるだろうが、そんな愚物どもは私たちで排除すればいい。——と述べたところ、ミリアには「お前は父親か」と本気でため息をつかれてしまった。と、これは余談か。


 ————。

 サイス冒険者ギルド内にある修練場。

 そこはいくつかに区切られており、私たちがいる区画は、地面が固い土で覆われた運動場のような造りになっている。広さは直径30メートルほどの円形で、内と外は腰の高さほどの堅固な壁によって隔てられている。

 さほど大きくもなく遮蔽物もない接近戦用途だが、そこは冒険者ギルド総本部のあるサイスの修練場、そこそこの魔術にも耐えられる結界も発動できる。


 その中心で、私はあやと向かい合う。

 5メートルほどの間合いを取り、私はカタナを抜き、あやは私が渡したロングソードを構えている。

「では始めようか、あや

「うん。よろしく、リュウ」

「ある程度は力を見せる必要がある、か。面倒だ……あや、全力で受けなさい」

「……怖いなぁ。お手柔らかにね」

 軽口を交えつつの簡単な会話が終わり……あやの顔が真剣なものに変わる。


「ふっ!」

 キィン!


 ——最初に動いたのは私だった。

 あやと最初に手合わせした時と同様に、無拍子と身体強化を組み合わせた移動。違うのは、あやの背後ではなく、側面に移動し、カタナを突きではなく横薙ぎであやの首を狙ったことだ。

 初回では全く反応できなかったあやだが、果たして今回はどうか。


 それが、今の呼気と刃を合わせる音である。

 あやは、己の首に迫る私の剣を受け、逸らしたのだ。

「やるじゃないか」

「リュウこそ相変わらずおかしいよね。やっぱり『起こり』は全く見えなかった。けど、距離があったから反応できた。……運が良かっただけ、ともいうのかな」

「ちょっとやそっとの腕では反応するのも無理なんだがな」

 苦笑しつつのあやの言葉に、思わず笑みがこみ上げてくる。


 素晴らしい。

 サイスへの道すがら、何度も手合わせをし、その度に彼女の上達速度には驚かされた。

 しかし、2度目以降の手合わせでは、打ち込んでくるあやに対しての剣の運びや読みについての指導がほとんどで、驚きは彼女の吸収力に対してのものばかりだった。

 実は、今回のような実戦形式の手合わせは、そんなに多く回数をこなしている訳ではないのだ。

 そして、最初の会話でプレッシャーを与えた上での無拍子からの攻めは、初回時の焼き直しを連想させたに違いない。

 あやがまったく「見えて」いなければ、私が背後に回ると予想し、もしかすると無様な結果を晒していたかもしれない。

 いや、正確には、私が観客には判別できないレベルのぎりぎりの手心を加えることにはなっていたであろうが、少なくとも私はなかばそのつもりで斬り込んでいたのだ

 それを、しっかりと反応し、「なんとか避ける」どころか、私の剣筋を自身の剣で逸らす真似までして見せた。


「もう、これだけで十分な気もするな」

 実際、高ランク冒険者たちは今の攻防を見てあんぐりと口を開けている。

 この一合で理解して見えてしまったのだ。

 仕掛けた私の動きも、受けたあやの読みと剣捌きも、自分たちが太刀打ちできるようなものではない、と。

 今の攻防も、観客として離れた間合いで観戦していたからこそ「見えた理解できた」だけで、自分が相対の間合いにいたならば、なすすべもなく首から上がなくなっていた、と。


 むしろ、理解していないのは中位ランク以下の、今の一合がどのようなものだったのかが「見えなかった」者たちだ。

「今、何をしたんだ?」

 そんな、まったく理解も把握もできていない声はもちろん、

「ていうか、あいつらの武器エモノ、刃引きしてない自前のじゃないか?」

 などと、何を今さら、という声まで入り混じっている。


「もう少しスピードを落としたほうがいいかもしれんが——」

「ダメ」

「……あや?」

「せっかく、前は何もできなかったさっきの剣に追いつけて、自分が前に進めてることを実感できたの。だから——」

「そうか。ふふ……いいだろう。全力でかかってこい、あや

「ありがとう、リュウ。……行くよ!」


 あやが炎の魔術を目くらましのフェイントに使う。

「はやっ——! 魔法も使えるのか! て、今、詠唱してたか?」

 私はカタナでその炎の魔力を吸収し消し去る。

「魔法を斬った!? んなバカな!」

 あやが身体ごと目にも留まらぬ速度で死角に移動し、突き、斬る。

「消えた!?」

 私は、自身に突き刺さり身を引き裂こうとする刀身を避け、逸らす。

「なんなんだよ、あいつら……」

 まだ低ランクの冒険者には、ひとつひとつの動作を視認、理解するなど到底不可能だ。

 しかし、自分たちには到底真似できない戦闘を繰り広げているということは理解できる。

 最初こそ口を動かしていた観客たちだったが、皆すぐに唖然とし言葉を失っていく。

 そして修練場には……私とあやの鋭い呼気、気迫を込めた声、剣戟の音だけが響く。

 ————。


「はぁぁっ!」

 裂帛の気合とともに、あやが踏み込みつつ上段から剣を振り下ろしてくる。

 経過した時間とあやの体力から考えると、そろそろ最大速度を維持するのも厳しい頃合いだろう。実際、すでに肩で息をし、剣の速度も鈍り始めている。

 今打ち込もうとしている剣も、渾身の力が込められてはいるが、それだけに余計な力が入ってしまった「あがき」のようにも見える。

 私はこの一合でカタをつけるべく、あやの剣を受け流し、そのまま彼女の胴を峰打ちで薙ごうと身構え——た、その時。

「!」

 あやは、振り下ろす剣をそのまま手放した。

 至近からの投擲。不意打ちのその剣を、私はカタナを盾にし弾く。

 破れかぶれ、では……ない!

 あやは右手を腰の後ろに回し——魔力制御の練習用に渡したあのナイフを抜き放つ。

 居合の要領で抜き放たれたそのナイフが、私の脇腹めがけ、弧を描きながら近づき——

「なっ!」

 響いたのは、あやの声。

 私はその声を、あやの頭上で聞く。

 ナイフが私に届こうとした瞬間、私はカタナを地に突き立て、柄頭を支点に跳躍したのだ。

 そのまま剣を引き抜きつつ、あやの後ろに着地。

 ……振り向いたあやの喉元には、カタナの刀身がひたりとあてられていた。

「まいりました」

 模擬戦の終了を告げるあやの声が、修練場に静かに響いた。


「ううぅぅ〜〜。そう簡単に届かないのは分かっているけど……やっぱり悔しいなぁ」

「いやいや。いいか? あや。君は、つい先日まで全然見えてもいなかった、反応もできなかった私の剣を受け流したんだぞ? 剣捌きもすでに一流といえるし、魔術を目眩しに使うのもいい工夫だ。最後の奇襲も、ヤケになった攻撃ではなく、勝つためのそれだった」

「それは、そうだけど……」

「それに——」

「うん?」

「魔力制御もモノにしたようだな」

 そうなのだ。

 模擬戦を通してのあやの上達にも驚かされたが、それに加えての、最後の一太刀。

 その一太刀に使ったナイフを、あやは抜き身で持ったままなのだ。

 つまりそれは、ナイフに魔力を吸い上げられないよう、体内魔力をうまく循環、制御できていることを意味する。

「まだ油断すると思いっきり魔力もっていかれるんだけど……せっかく、一本取ってから驚かせようと思ってたのにぃ〜」

 いじけたように口を尖らせて言うが……本当に、恐ろしいほどの才である。

「十分に驚いたさ。本当に——というか、嬉しいな。今夜はお祝いさせてくれ。なんでも好きなものをご馳走するぞ」

「本当に? やった!」

 あやの中でも踏ん切りがついたのだろう。

 無邪気に喜ぶ彼女を眺めつつ、私もつられて笑ってしまう。

 と、そこに——


「ぐぬぬ。お主ら、ちぃとは周りを見んか。本来の目的を忘れておらんか?」


 入ってきたのはミリアだった。

「あ……すみません……」

 衆目の中ではしゃいでいたことに気づいたあやが、少し顔を赤くしながら頭を下げる。

「まぁ良い。正直、儂も驚いた。お主は……いや、リュウが目をかけるのも理解できる」

「ありがとうござい、ます?」

「……まぁともかくじゃ」

 あやの横に並び、ミリアが周囲に目線を回す。

「さて、皆の者。こやつらの実力は十分に分かってもらえたと思う。して、アヤのBランク認定に意義のある者はおるか? 挑戦したいという者はおるか?」

 大きく張りのある声が修練場に響く。

 しぃん、と静まり返る場内。

 と、その時。

「…………」

 無言で、ひとりの男が歩み出た。

「お主は……Bランクのランパートじゃったな」

ギルド総帥グランドマスターに名を覚えてもらっていたとは光栄だ」

「このサイスでそれなりに名が売れている上、周りからの信望も厚い上位冒険者じゃ。当然じゃろう」

 ミリアがそう返すと、その男、ランパートは軽く目でミリアに礼をする。

 続いて、私と——あやを順に一瞥。

 目があったあやがぺこりと軽く頭を下げると、ランパートは微妙な表情で苦笑を浮かべる。

「……いい奴そうでよかったよ。これで嫌な奴だったら目も当てられんところだった」

 誰にいうでもなく、小さな声でそう呟くランパート。

 その彼に、ミリアは問う。

「で、ランパートよ。出てきたのは、アヤとの戦いが望みか?」

「いいや、違う。俺は、グランドマスターに頼みがあって出てきた」

 そして、ランパートの口から続いて出てきた言葉は……


「彼女を、Aランクに認定して欲しい」


 という、予想外のものだった。

「理由は?」

 ミリアが問い、ランパートが答える。

「Bランクは確かにそうそういるもんじゃないし、なれるもんでもない。俺だって、誰にも負けないと言えるくらい努力したし、危ない目にもあってきた」

「だがそれでも、Bランクの冒険者があんな芸当ができると思われると……正直、たまったもんじゃない。これまでのランク付けが成り立たなくなる」

「つまり、Bランクのお主でも、アヤには到底及ばないと?」

「……認めたくないが、今は、な。正直、俺ひとりじゃ歯が立たんだろうな」

 ランパートの言葉に、周囲の冒険者たちからざわめきが起こる。

 ただ、それは各々が不服を口にするというよりも、彼の言葉に納得するような内容のものがほとんどだった。

「だよなぁ。いくらBランクでも、あんなでたらめじゃねぇよなぁ……」

 といったような会話がそこかしこで繰り広げられている。

 ランパートにもそれが分かるのだろう。

 ため息をつきながら、さらに言葉を重ねていく。

「それに、だな」

「それに?」

「その子の実力を知った上で、その子がBランクだと……中位ランクの奴らの心が折れる」

「……それはどういうことじゃ?」

「上位ランクへの道のりは、そりゃあ厳しい。Bランクどころか中位のCランク、いや、Dランクで終える奴だって多い。だがそれでも、だ。ランクがひとつ上がれば、次が見えてくる。それがランクが6つにも分かれてる意味だ」

「そんな、階段を順番に登って先が見えるようになるからこそ、諦めずに登っていけるんだ。それを、いきなり崖の前に立たされて登れと言われちゃあ、とてもじゃないが——な。崖のてっぺんがAランクなら、まだなんとか納得できるってもんだ」

「……ふむ。なるほどのう……じゃが、ギルド総帥グランドマスターの儂でも、新参ルーキーをBランクに認定するのは無茶をいっている自覚がある。いくらBランクのお主ひとりがいいと言っても——」

「私も賛成よ」

「俺もだ」

 ミリアがランパートに応えようとしたところで、さらにふたりが進み出てきた。

「レジーナ、ガストン」

 ランパートがふたりの姿を認め、彼、彼女の名を呼ぶ。

 いずれも、サイスのBランク冒険者だった。

「よく言ってくれたわ。ごめんなさい、ランパート。私はプライドが邪魔をして出られなかったのに……ありがとう」

「俺もだ、ランパート。……すまん。そして、ありがとう」

「お前ら……」

 ランパート、レジーナ、ガストン。

 模擬戦に居合わせたサイスのBランク冒険者が揃った形になる。

「と、いう訳でだ!」

 ランパートが周囲を見回しながら、冒険者たちに向かって声を張り上げる。

「はっきり言おう! 俺……俺たちBランクの目から見ても、この子……いや、アヤ殿の実力はBランクよりはるか上にある!」

 レジーナとガストンも彼の横で無言で頷き、冒険者たちは息を飲む。


「Bランク冒険者である俺たちは、アヤ殿を、Aランク冒険者として認定してもらうことを提案したい! 理由は、さっき話していた通りだ! 意義のある者はいるか?」


 しばらく待つものの、異議は出ない。

 そして、やがて……パチパチ……と小さな拍手が起こる。

 それは全ての冒険者に伝播していき、小さな拍手はやがて——万雷の拍手となった。


 ——————。

 ————。

 ——。

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