第12話 告白
朝。
今、アヤはしっかりと視線を合わせ私と向かい合っている。
「リュウさん、私を日本に連れて行ってください」
「それは、『戻る』ということで良いのか?」
「いいえ。私は……この世界で生きようと思います。――いえ、生きていきます」
「でもその前に、一度だけ……最後に会っておきたいんです。お父さんとお母さんと、悟――弟に」
――正直、たった一晩で答えを出すとは思わなかった。
無理……は当然、しているだろう。
しかし、一時でも折れて立ち止まるということを選択しなかったアヤは、私の考えていた以上に強い芯を持った女性なのかもしれない。
「それはもちろん可能だが、こちらに留まることを決めたのなら……いや、アヤがそう願うのなら――そうしよう」
私は喉まで出かかった言葉を押しとどめる。
アヤの言葉を尊重しよう。
日本でのこと、そして――
この世界に来てからのこと。
それらについてアヤ自身が考え、導き出した決断なのだから。
「ありがとうございます」
薄いながらも笑顔で礼を述べる彼女に、私は黙って頷くのだった。
――――。
それから簡単に支度を済ませ、私とアヤはそのまま「日本」に跳んだ。
私自身も日本でしばらく過ごしたこともあり、ある程度「円」も持っていた。
そこでまずしたことは、アヤが日本で行動しても目立たないよう衣服などを購入することだった。
当初、やはりアヤは恐縮し遠慮した。しかし私がすでに持っていた「現代日本」の服に着替えていたこともあり、さすがに「冒険者」の格好では目立ち過ぎると――恥ずかしさも出てきて――了承し着替えてくれた。
当然ながら、購入する服は彼女自身に選んでもらったのはいうまでもない。
その後、久しぶりの和食の昼食をとったところまでは彼女にも笑顔があった。
ご飯に味噌汁、醤油に「日本ってやっぱりこうですよね」などとしみじみ感想を漏らしていたくらいだ。
彼女なりに「最後の日本」を楽しもうとしていたのかもしれない。
しかし、通っていた高校の前にたどり着く頃には言葉も少なくなっていた。
しばらく校舎を見つめていた彼女の横顔を見やると、すでにそこにあった笑顔は消え失せ、寂しさ、悲しさ、やるせなさの入り混じった表情になっていた。
それから通学路を家までたどった。
そして――「アヤを知らない」家族に会い、先のような一方的な別れを経験し――戻ってきたのである。
――――――。
「ありがとうございました。リュウさん」
「ああ」
「やっぱり、おと――誰も、私を知らないんですね」
「ああ」
「でも、会って、決心がつきました」
「そうか」
「お別れも……できましたし」
「……ああ」
そう会話するアヤの顔には、痛々しい笑顔が浮かんでいる。
「……それでも、やっぱり、ちょっと、きついです」
「……そうか」
「でも、向こうでまた誰かに会って、知らない顔され――たら、っ……」
…………。
言葉に詰まったアヤは、少しの間俯き肩を震わせていたが、再度顔を上げる。
「それなら、やっぱりこっちで暮らした方がいいかなぁって」
「……そうか」
無理やりに作った笑顔が痛々しい。
「っ、それに、それに、リュウさんも言ってたように、戸籍や経歴がないのって、日本じゃかなり困ると思うんです。節目節目で住民票とか履歴書とか必要になりますし。それが出してもらえないとか必要なところを全然埋められないとか聞かれても証明出来ないとか、これから生きていくのにものすごく不利じゃないですか」
堰を切ったように、いや、言葉を切らせてしまうのが怖いかのように、アヤの口から言葉が
「そもそも学校に転入もできないし、進学も就職も全部書類の時点でなにも出来ないし。取り合ってもらえないし、それ以前に怪しまれるだけです」
「知り合いもいなくてお金もない、もしお金があったとしても未成年じゃスマホも買えないんですよ? そんなんじゃ、人生お先真っ暗です。路頭に迷っちゃいます。裏路地で段ボールに包まって生きるなんて無理です。絶対無理です」
「それならもう、割り切ってこっちの世界で生きた方が楽しく過ごせるじゃないですか。今じゃもう、私が剣を振ればお城の騎士さんだって全然相手にならないんですよ? 魔法をちょちょいって使えば何でもどばーん! て吹っ飛んじゃうんですよ?」
とめどなく弾丸のようにアヤの口から言葉が吐き出される。
笑顔はすでに取り繕えなくなってしまった。
口を止めると呼吸までも止まってしまうかのような切羽詰まった表情で、必死に涙がこぼれないよう口を動かし続けている。
「冒険者になるのに履歴書なんて要りませんよね? ていうか、そもそも戸籍なんて制度自体ないんですよね?」
「こっちの世界なら、自由で、何でもできて、私でもあっという間に大金持ちになれますよ、きっと! きっと楽しく生きられます――っ!」
ついに、言葉が止まる。
しばしの静寂。
そして――
「……それにリュ、リュウさんも聞きましたよね? エールティア王女……あのひとが、私に何を命令したか」
「……ああ」
両目から溢れだした涙はもう止まらない。止められない。
やはり、アヤは思い詰めていた。
滂沱の涙を流し、感情の抜け落ちた表情で、呆然と呟くように――アヤが告白する。
「私、……っ、ひと、を、……ころし――」
「そんな人間が、今さら普通に日本で暮らせる訳、ないっ、じゃ――ですか――っ!」
その瞬間、私はアヤを抱きしめていた。
「それ以上は言わなくていい」
それだけ言い、私は彼女を抱きしめる手に力を込める。
アヤは私にしがみつくように抱き着き、声を殺し震えながら泣いていたが、やがて――
「うああぁぁぁっ――」
大きな声を上げて泣きはじめた。
誰にもいえず胸の奥に無理やり閉じ込めていた、すべての思いを吐き出すように。
――――――。
――――。
――。
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