第4話 ペリシュ王国

 召喚の魔法陣が消えた舞台から降り、国王たちとも互いに自己紹介を交わす。

 ここでもお辞儀で済ませてみたところ、周囲の貴族たちは顔を赤くしながら私に怒鳴り散らす寸前となった。しかし王と王女がそれを目で制し、私もまた気付かないふりをしたので、特に何か起こるということはなかった。


 その後、しばらく――主に王女から――話を聞いて確認できたのは、挨拶で判明していたことも合わせると以下の通りである。


・私を召喚したこの国の名は、「ペリシュ王国」

・国王の名は「ヴィクトリル=ペリシュ」王女は「エールティア=ペリシュ」

・ペリシュ王国は人間族中心の国である

・この大陸で大規模な国家を形成しているのは人間族中心の国ばかりであり、ペリシュ王国に隣接していくつか存在する。

・獣人、エルフ、ドワーフといった種族ごとの小規模な都市国家(あるいは国家未満の中小規模都市・集落)も存在する

・上記の他種族は大森林や山岳の洞窟などを主な住処としている

・魔力を多く持つ亜人種(人間族は魔族と呼称)の国も存在する


 これらは、私がすでに知っていることとほぼ同じだった。

 加えて、ここからが今回の事情となる。


 ペリシュ王国の為政者である彼女ら曰く、

「獣人やエルフ、ドワーフなどの亜人(人間族が彼らを総称してそう呼んでいる――蔑称である)たちが連合を組んでこの王国に侵攻する兆しがある。もしかすると魔族に扇動されているのかもしれない」

 だそうだ。

 そして、この侵攻に備えるため、


「勇者様には、人間族の国家を統一する先導役になって欲しい」


 とのことである。


 勇者に頼るのは、

「異世界から召喚された勇者は魔力を大量に保有し扱う才能を女神さまから加護として与えられ、この世界の者よりはるかに強力な身体強化と魔法を行使することが出来る」

 からだとも付け加えられた。


 いきなり異世界に召喚され混乱の中にある者にとっては、それなりに説得力を感じさせてしまう「らしい」言葉だ。特に、文明を築いているのが「人間」しかいない世界の者には、相手側こそが侵略者なのだと思い込ませるのも容易だろう。


 もっとも、私は女神の加護など受けた覚えもなく、召喚されたことで何かが変わったと感じることもない。さらに言えば、人間たちのいう魔族が人間以外の種族を扇動しているという事実など無いことも承知している。

 それに――


 私は、左の手首に嵌ったブレスレットを右手で軽く撫でる。


 国王も王女も、「勇者様のもとに人間族の力を結集して」などと美辞麗句を連ねている。

 しかしそれは言い換えれば、このペリシュ王国が、他国に存在しない「勇者という破格の性能を持つ兵器」で他国家を威圧、従属させることと同義である。

 つまり――


 勇者の名を都合よく大義名分とした「侵略」だ。


 口ぶりからすると、「やむを得ない」と言いつつ武力制圧も平気で行うだろう。

 そう。そうなればもう――戦争、だ。

 その時、あるいはその後に起こるであろうさらなる蛮行も想像に難くない。


 もちろん、この推測が正しいかどうか、確証はない。

 しかし、召喚した「勇者様」に、真っ先にこのようなくだらない玩具腕輪をつけさせる輩なのだ。

 真実や誠実さを求める方が愚かだし、間違いとは言えまい。


 ――ちなみに、先ほどの話において、「勇者がその役割を終えれば、送還の魔法が発動し元の世界に戻ることが出来るようになる」とも言われている。

 まったく、よく回る口である。


 徹頭徹尾、世界どころか人間族のみ、いや、自分たちだけのための身勝手な欲望ではないか。

 召喚された者は綺麗な言葉で飾り付けた「勇者様」に祭り上げられ、気付いた時には血みどろの殺し合いの先陣に立たされている、という訳だ。


 世界をお救い下さい?

 ――ならば、私の腹は決まった。


 それに、いつまでもあちらの彼女を放っておくのも可哀そうだ。

 私の視線の先に気づいたのか、王女が綺麗な顔に満面の笑みをたたえながら口を開く。


「あぁ、お気づきになられましたか? 実はあの者も、貴方様よりも半年ほど前に私たちが召喚した勇者様なのです。ゆくゆくはあの者と行動を共にしていただければ、と考えております。すでにいくばくかの経験を積んでおりますので、新しい勇者様はより安全に経験を積んでいただけるかと存じます。勇者様が同時におふたりというのはこれまでになかったことなのですが、それだけ私たちの願いが強いものだとお考え下さい」

 とのありがたいお言葉である。


 ……残念だ。


 結局、もうどうでもよくなっていた疑問も、この言葉によって確信に変わってしまった。

 この王女は、ブレスレットの本当の目的、効果を承知しているのは当然の上、勇者を道具として扱うことを前提で言葉を発している。


 首輪で繋ぎさえすれば、「勇者様」も「あの者」扱いか。

 王女の発する言葉の端々に、先に召喚した「勇者様」への敬意の無さが滲み出ている。

 それに、本当に頼るべき相手と考えているならば、遅くともこの時点で彼女を私に紹介するだろう。

 私を騙しおおせていると思っている今の時点で、すでに命令で支配下に置いている彼女を接触させるのは避けたいという考えもあるのだろうが……お粗末に過ぎる。

 もっとも、心の中ではすでに私も自分たちの下僕、あるいは奴隷とでも考えているだろうから、ある意味では無意識で自然な行いと言えるのかもしれないが。

 この程度の者が王女とは、この国の底が知れるというものだ。


 ああ。

 とても、とても。


 残念だ。

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