ニート救済法

@kikutimakoto

第1話  初日

◇◇◇◇◇◇◇◇


 此処は夢の中だ。立ち上がる事さえできなく瞼が重い。強烈な光で辺りはぼやけてしか見えない。正面には女性らしき人物がいる。横には初老の男性が。声が聞こえる。


 表情筋は全部で42種類に分類されるの 

残念整形でもしてれば少しは違う結果に

なったかもしれな4に 足りな 東郷 っさ

 やや ん すま  結んだ  佐々木 

と 許せない ねぇ どす で 残  硬く

 誰より  うれば 引かった  8 しい 

足りなかった き 負  上田 相手が た

 った  分 け 自分が  んて事 念

けっと アリ 瞳 な を った ス で

 いて  下に 口 完璧  す泣 パターン

何より 嘘 な事が  悪か  悲 だから



夢をよく見る。この夢を見る時は必ず体が重い。

◇◇◇◇◇◇

 2080年 4月1日 AM7時



 飯田莞爾(いいだかんじ)は今年で30歳を迎える。実家暮らしの無職だ。

 莞爾はいつも昼まで寝ているのだが、この日は早起きしていた。

インターホンが鳴る。母親が心配そうな、どこか諦めたようなほ表情で莞爾の名前を呼ぶ。莞爾は2階の自室から階段を下りて玄関へ向かう。そこには黒いスーツを来た長身の男と背の低い男がいた。

長身の男が国家公務員の証拠である身分証明書を左ポケットから取り出して提示する。


「飯田莞爾だな。『ニート救済法』により国家からの招集命令だ。説明は会場で聞くように」

 莞爾はボディチェックされ、右ポケット入っていた携帯だけ取られると車に乗る。心拍数がぐっと上がる。いよいよだ。必ず勝ち抜いてみせる。後部座席に乗せられると背の低い男も隣に座る。莞爾は一瞬意識が遠のくのを感じた。眼を開ける。どうやら少し眠らされていたらしい車は『専用通路』に入っている。

この『専用通路』は『ニート救済法』の為だけにあり、いかなる理由であろうと一般人は中の状況を知ることが出来ないとされている通路だ。


「専用通路」を降る事15分。巨大なドーム状の建物が見えると、その入り口で車が止まりスーツを着た長身の男が抑揚のない事務的な声で告げる。

「降りろ、部屋の番号は4008番だ」

 莞爾は左手にリストバンドをされた。車から降りて中へと進んでいく。建物の中に入ると数えきれない程の丸い球体が綺麗に並んでいる。背の低い男が莞爾に目も合わさずにしゃべり始めた。

「このポットに入りリストバンドをあてれば自動で部屋まで案内される。飯田莞爾、お前の初期金額は1000万円だ。このリストバンドにチャージされているから好きに使うと良い。15:00から会場にて説明会がある。時間までに集合場所に来ない場合は説明が受けられない。後は自由行動だ。この会場についての説明は、部屋の中にマニュアル本が置いてあるから読んでおくといい」


 背の高い男が別れの言葉を告げた。


「では、頑張ってくれたまえ」


 言い終わると、2人の男は早く入れとばかりに莞爾をポットへ促す。中に入ると中央に機械があるだけで他には何もない。極限まで無駄を省かれた構造だ。


 1000万。莞爾は今までにこんな大金を持った事はない。何の努力せずに渡された大金が自分自身のナニカの値段といった所だろう。


 一部の超富裕層はニート救済法の内容を知る事ができるらしい。過去に一度だけ何処かの大富豪がネットの掲示板に書き込んだ事から初期金額についての情報が漏れた事がある

 最低でも1000万、最高で2000万という初期金額で始まるという情報だった。

 この情報は様々な憶測をよんだ。やれ肉体の一部を販売する事を前提として設定された値段ではないか、負けたら一生を汚染施設の洗浄に捧げることになる対価費用ではないか。敗者の女性に子供を産ませ人身売買を行っているのではないか等である。だが、実際の内容は明かされた事はない。


 ニート救済法が設立されて10年後、万能細胞及び高性能ロボットが開発されてもニート救済法がなる事がなかった現実に謎は一層深まるばかりであった。その後、胎児の時にナノマシン細胞を取り込むことによりDNAを最適化する事で、癌や心筋梗塞、ダウン症等の病気の心配はなく、内臓のほぼ全てを機械化する事にも成功している。様々な憶測を呼んだニート救済法であるが、今では否定される憶測がほとんどだ。

 2080年現在でも敗者の詳細は一切明らかにされていない。ただ負けて帰ってきた者はいないという事のみは周知の事実である。


 大金を手にした莞爾であったが、電子上にチャージされただけなので実感はわかない。大きく深呼吸をして気持ちをリセットし、ポットの中央にある機械にリストバンドをあてるとポットが動く音がした。5分程経っただろうか。ポットが停止し、扉が開くとそこは部屋の玄関だった。表札には4008番と書かれている。リストバンドで開錠して中に入ると、6坪(19.8㎡)程度のワンルームだった。ざっと部屋を見回した後、トイレがあるであろう扉を開ける。そこにはユニットバスがあった。どうやらトイレだけでなくお風呂まであるようだ。

 部屋の中央にはタブレットが埋め込まれたテーブルの他、最低限の生活ができる椅子、冷蔵庫、クローゼット、ベット等が用意されている。キッチンはない。変わった所といえば右壁に埋め込まれた電子レンジのようなものくらいだろうか。


 テーブルの上に簡易説明書と書かれた薄い本がある。

 莞爾は緊張のあまり早まる心臓の鼓動を抑えながら説明書と書かれている本を開く。手に取ってパラパラとめくる。


①月額の家賃は30万円。光熱費込み。

②冊子に付いているチケットで服飾品など最低限の衣類と交換できる。

③会場案内図。

④テーブルのタブレットで注文可能

⑤暴力行為及び運営に逆らう行動は一部のエリア以外は禁止、発見された場合、最低罰金100万円~。

⑥残高が3万未満で次の日を迎えると終了。

⑦6億円貯めるとクリアを選べる。


等と書いてある。莞爾は何とも言えない感覚に襲われる。とりあえず案内図以外に有益な情報はないようだ。リストバンドを弄ってみると、時計やアラーム機能がついているようだ。

それにしてもこの部屋で30万円、年間で360万円も取られる計算となる。ぼったくりだ。


 テーブルの上のタブレットに触れるとメニューが表示される。

「食事」「服飾」「物品」「出店」等、注文用の表示だけがされており、特定の選択しかできない仕様になっているようだ。

 朝から何も食べていない思い出した莞爾は、ものは試しにと「食事」という項目をタッチする。すると100種類程のメニューが出てきた。どれもインスタントや冷凍食品の様だが、非常に高い。一番安いカップ麺でさえ1000円だ。


「なるほど、最低でも物価は4倍強、1000万と言われたが実際には250万程度の価値しかないってことか。」

アルコールや煙草等の嗜好品は売っていないようだ。莞爾は2000円の弁当と500円のお茶を注文してリストバンドをタブレットにあてる。

すると、壁に埋め込まれた電子レンジから弁当とお茶が出てきた。割りばしも付いている。


 (部屋の中ですべてが完結できる仕組みなっているのか。)


 弁当を食いながら案内図をみる。

 案内図には「居住区」「歓楽街・遊技場」「飲食街・服飾街」「ルーム」「会場」等と書かれている。

 まるでここが1つの都市のようだ。15時まで時間もあるので、少し見て回ることにする。部屋での購入は3倍だが、飲食街では何倍なのかも気になった。部屋を出ると再びポットに乗りリストバンドをあてる。「目的をどうぞ」と機械アナウンスがされる。あえてパネルにタッチするのではなく、声に出して「遊技場へ」と言ってみる。ポッドが再び動き出した。


 最初の遊技場に到着すると、そこは煌びやかなカジノのようになっていた。スロットマシーンやカードゲーム等、様々なゲームがある中で「質問遊戯」と画面に表示された機械がある。

『1回10万円で質問に答えるだけです。正解すると9万~1000万円が払い出されます』『1人合計10回迄回答できます』『1問答えましたら再度並びなおしてください』と大木看板で説明されている。

 時間もあるので莞爾は一度だけやってみようと、やや空いた列に並ぶ。前の人は紫色の髪をポニーテールに纏めたモデルの様なスラっとした体形、上下緑のジーンズの様な服を着ている女性だった。莞爾はその女性に出された問題をチラリと覗き見る。


『質問です。2025年、少子高齢化の時代に若年層から高齢層へ不満が高まっておりました。曰く、年上を敬え、高齢者には席を譲れ、若者はキチンと年金を払って自分たちを支えろという等です。高齢者(じぶんたち)は医療費の負担も少なく、バスも一部無料であり、バブルという時代のツケである1500兆円もの国の借金を若者たちに押し付けていること。戦争時代を戦い抜いたわけでもなく、ただ借金を増やして偉そうにしている老人に、敬意の念を強要する理由がわからないと若者たちは言い始めました。

 尚、選挙権の大半を高齢者が行使しているので、政治も高齢者よりです。貴方がこの時代の若者だったとした時、社会保障制度についてどう思いますか? 年金は払いますか? または、高齢者に席を譲ったりしますか? どれかに対して記述式で答えて下さい。』


 不思議な問題だった。譲らない人もいれば譲る人もいるだろうが、どちらも正解だろう。この問題に正解と言える答えはないだろうと莞爾は唸った。問題に賛同し、回答に『自分たちは汗水たらして働いているのに、昼間から遊び、その帰りに疲れたから席を譲れという高齢者に席を譲るわけがない。』というありきたりな答えだと支払額は低い可能性が高い。目の前の女性の答えは以下のようなものだった。


 回答

 『日本国においてはインフラ設備が整っており、当たり前の様に自動車の乗れる。他にもバスに、新幹線に、飛行機、船。様々な乗り物に対応した機械や道路は全て先人たちが用意してくれたものだ。また、人生の先輩にあたる人間に敬意を払うのは当然である。席も譲るし、社会保障費も支払う。それが当然だ。もし素知らぬ顔をして座っている若者がいれば注意して譲らせる』


 莞爾は何とも言えない気持ちになった。極端な体育会系の考えの人がいたものだなと。機械から『回答金額は50万円です。リストバンドへは通信回線を通して入金させて頂きました』と自動音声が流れた。これで+40万?? であればこの機械の目的は……。


 莞爾の番となり、リストバンドを機械にあてると先程の女性への問題と全く同じ内容の内容が表示された。少し考えてから長々と回答する。


 回答

『そもそも社会保障制度である健康保険並びに年金等の社会保障制度は弱者救済(たすけあい)の制度である。この制度は助け合いの精神が重要で、困ったときはお互い様と思える精神が必要である。困ったときに高額な医療費を求められる一部の国とは違い、その助け合い精神は日本人の美徳であると考えている。

年金に関しても、旦那を無くした人は再婚までの間に貰える遺族年金もあり他にも障害年金等、種類も豊富である。なので年金受給の対象は高齢者だけとは限らない。そのため、制度には賛同し年金も払う。電車かバスかはわからないが、席を譲るかどうかは自分の健康状態、体調によりその時々で判断する」


 若干論点がずれた答えだけどどうだろう。と思いながら莞爾は回答ボタンを押す。すると、機械から『回答金額は50万円です。リストバンドへは通信回線を通して入金させて頂きました』という機械音性が流れた。リストバンドを確認すると所持金が40万増えていた。金額の受取にリストバンドをあてる必要がないのは手間が省ける。それにしてもやはり50万円なのか。

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