俺の彼女は絶対忍者であることを認めない

ユメしばい

孝之氏には絶対内緒でござる!の巻

「孝之うじ、学校帰りの寄り道は掟違反でござる」


 この喋り方はわざとではない。


「堅いこと言うなよ生徒会長、お前だって好きだろソフトクリーム。おごってやるよ、イチゴとバニラどっちがいい?」


 これでもだいぶマシになったほうだが、幼いときに引っ越してきたときからずっとこんな調子だ。


「模範とならなければならない身だからこそダメなのでござる。あとその呼び方は嫌いでござる。い、いつものように、その、か、か……」


 そして彼女には、誰にも言ってはいけない秘密があった。


「ちゃんと言ってくれなきゃわかんねえよ」


 彼女は、忍者である。


「そ、その……もう、孝之氏は意地悪でござる!」


 風魔かえで

 ちょっと変わった俺の彼女であり、小田原高校の生徒会長である。


「そこの男子生徒、其方はうちの学舎の生徒でごさるな?」


「アン?」


 さっそく問題が発生した。見て見ぬふりをすればいいのに、いつもこうだ。どうやら里での掟が厳しかったらしく、楓は規律とやらにやたらとうるさい。自分に厳しく他人にも厳しい性格がゆえ、彼女の周りではちいさな衝突が絶えない。非常に厄介な性格だ。


 ちなみに俺は一応、その性格を変えようとしている、第一人者である。


「未成年の喫煙は、里の掟のみならず法律でも禁止されているでござる。没収させていただくでござる」


 ちなみに里の掟とは校則のこと。


「なんで見知らぬお前にそんなこと言われなきゃ……て、よく見りゃウチの生徒会長じゃねえか。噂聞いてるぜ、お前忍者なんだろ? 忍術見せてみろよ」


 先ほど秘密にしていると言ったが、ご覧の通り周知されている。バレていないと思っているのは楓本人だけなのである。


 楓は、心底うんざりしたような溜息をつき、男子生徒にこう言った。


「申しておくが、私は忍びの者ではござらん。学舎内でも平均的な一般人として有名なのでござる」


 平均的な一般人なら語尾にござるは付けませんよ楓さん。とりあえずそろそろ止めに入るか。


「お話し中のところ悪いんだけど、もうその辺にしとけよ武田」


「お、北条じゃねえか。副会長までお出ましってか、あ、お前らひょっとしてデキてんのか?」


 こいつは同じクラスの武田。これ以上絡むと非常に厄介なやつだ。さっさと仲裁してこの場を去るのが賢明だ。


「その話はいま関係ないだろ。さ、それを渡してくれたら今回は見逃してやる。これでどうだ?」


「アン? おまえ誰に命令してんだよ」


 武田に胸倉を掴まれた。なんて喧嘩っ早いやつだ。苦しくて息が出来ない。そこで楓が、武田の腕を掴んでこう言った。


「同校生徒に対する暴力は掟違反に値するでござる」


 楓がめずらしく怒っている。武田は、やけにあっさりと俺の胸倉を放棄したと思ったら、今度はいきなり楓に殴り掛かる。


「なめんじゃねえ! ……あれ?」


 武田の反応は無理もない。楓が一瞬で姿を消したのだ。そのあとも間髪入れず武田は楓に襲い掛かるが、そのつど姿を消されて躱されていた。


 武田はとうとう諦め、ぜえぜえと呼吸を整えながらこう言った。


「クソ、ヘンテコな術使いやがって、覚えてろ」


 と、煙草を地面に投げつけ、この場を走り去っていった。律儀に煙草を棄てたところが憎めない。そして、すばらしい捨て台詞をどうもありがとう。


 こうして難を逃れた俺たちはふたたび帰途に就いた。


「なあ楓、あんな調子でなにもかも違反って突っかかってたら、そのうち痛い目みるぞ? さっきはたまたま忍術が通用したからよかったものの、毎回同じようにやり過ごせないだろ」


「孝之氏にも何度も何度も言ってるでござるが、私は忍びの者ではござらん。そこは勘違いしないでいただきとうござる」


「忍者を忍びの者っていうあたりがすでに忍者ですよ楓さん」


 楓がふくれっ面で睨んでくる。


「とにかくもっと心に余裕を持たせたほうがいい。ある程度の妥協は生きてく上で必要なことなんだからさ」


「副会長の身でありながら違反者を見逃せとでもいうのでござるか? 里の掟は絶対でござる!」


「里じゃなくて学校だろこの分からず屋!」


 楓がふらふらと後ろに下がり、瞳に涙を溜めながら俺にこう言った。


「……孝之氏にはいたく失望したでござる。もう絶交でござる!」


「ちょ、まて、なんでそうなる!」


 楓はそう言って、何か丸い物を掴んで地面に投げつけ、煙を発生させると共に姿を消した。煙の隙間から、屋根から屋根を飛んで走り去る楓の背中が見える。


「ごほ、ごほ……普通の人間はそんな帰りかたしねえっての」


 次の日の昼休み、案の定、楓は不良グループに校舎の屋上に呼び出された。なぜ分かったのかというと、同じクラスの女生徒が教えてくれたからだ。武田たちが廊下で他の生徒に因縁をつけてたところを、楓が御用したのが切っ掛けだった。


 早速屋上に向かい、物陰に隠れて様子を窺うことにした。


「おい風魔、昨日のようにはいかねえぞ」


 楓は10人もの男子生徒に囲まれていた。しかし、臆することなく生徒会長としての言葉を口にした。


「里の掟第12条、学舎内外での暴力並びに威嚇行為を禁止する。一昨日のみならず、其方たちは度々その掟に抵触するがゆえに問責したのでござる。それが生徒会長である私の務めでござりまする」


 そこで楓の顔がいきなり真横に振れた。不意打ちで武田にビンタを喰らったのだ。俺はこれ以上黙って見ていられなかった。


「おい、お前ら寄ってたかって女子になにしてんだよ!」


「ん? 感触がねぇ。ちゃんとこう、当たったよな……て、アン? 何でお前が出てくるんだよ!」


 カッコつけて出ていったものの、出会いがしらに顔面を殴られた。二発目を覚悟したが、なぜかそこで止まってくれた。楓が武田の腕を止めていたのだ。


「……私の大切な人に二度も手を掛けたでござるな」


「へッ、だったらどうしたってんだ。テメェももう一発喰らうか?」


「こういうことでござる」


 楓がノーモーションで武田にビンタをお見舞いした。唖然とする武田に対しこう言った。


「ちなみに先ほど其方が放った平手打ちは、モーションに合わせて首を振っただけでござる。其方の攻撃などかすりもしないでござる!」


「楓、暴力は校則違反じゃないのか……?」


 楓が自身の矛盾にどう答えるのか興味があった。


「プラマイゼロでセーフでござる、て掟にも書いているでござるよ?」


「なワケないだろ!」


 そこで武田が号令を発し、周りのやつらが一斉に楓に向かって攻撃を仕掛けた。しかし楓は、造作もないといった様子で彼らの攻撃をするすると躱していく。


「孝之氏、少し目をつぶるでござる」


「どうして?」


「早く!」


「わ、わかったよ!」


 目をつぶった。


「風魔忍法……」


「いま忍法って言ったよな!」


 暗闇の中、生徒たちの暴れる音が聞こえる。


「……耳も塞いでほしいでござる!」


「もう遅せえよ!」


『風魔忍法、夢風車!』


 突然、ものすごい風が吹き荒れた。屈んでないと吹き飛ばされてしまいそうだった。しかしそれは5秒ほど吹き止んだ。恐る恐る目を開けてみると、不良たちは全員その場に倒れこんでていた。


 その様子を見ながらひとり佇んでいる楓に駆け寄った。


「楓、大丈夫か?」


 楓が笑顔で振り向く。


「私は平気でござる。それより孝之氏のほうが……」


「これくらいどうってとこないさ」


「……さすがは私の心に決めた人でござる……」


「え? なんか言ったか」


「な、なんでもないでござる!」


 楓は顔を真っ赤にしながらそう言ったあと、俯きながら俺に告白した。


「ともあれ、先刻は言い繕いましたが、掟を破ってしまったことに違いないでござる。……生徒会長失格でござる」


「たまにはいいんじゃないのか。それにお前は悪くない」


「然りとて……」


「校則ってのは所詮ひとが考えだしたルールだ。完璧じゃない。だから、たまには妥協しても許されるものなんだよ」


 楓が呆けた顔で俺を見ている。


「しかし派手にやったよな。こいつら大丈夫か?」


「彼らにはいま術で夢を見てもらっているでござる。起きたときにはすべてを忘れているでござるよ」


「恐ろしい術だな。やっぱ忍者じゃないか」


「これは催眠術でござる。一般人でも普通に使えるでござるよ孝之氏」


 新たな躱し方を思いついたらしく、ドヤ顔で俺を見る。


「ま、いっか。今日の放課後、お前の好きなソフトクリーム買って帰ろうぜ」


「だから掟違反はダメだと何度も申しておるでござるに」


「お礼すんのも校則違反なのか?」


 流石に言い返すことができないのか、楓はニコッと笑いながらこう言った。


「そういうことなら、仕方ないでござるな♪」


 どうやら、妥協という言葉を少しは理解してくれたようだ。屋上から教室に帰る道すがら、意地悪い質問をしてみた。


「なぁ、そういえばやり返してくれたとき、大切な人がどうだとか言ってなかった?」


「ち、違うでござる! 孝之氏は学舎の大事な生徒ゆえ、仕方なしの発言でござり……」


「おいおい、その辺の生徒と同じ扱いかよ? ハッキリ言ってくれよ、大切な彼氏が、」


 楓は顔を真っ赤にして慌てふためき、捨て台詞を置いて先に走って教室に帰っていった。


「た、た、孝之氏には絶対内緒でござる!」


 こうして俺は、楓のことを少しずつ変えようとしている。まだ先の長い学校生活を、このちょっと変わった俺の彼女と、楽しく過ごすために。

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