対キメラ法の正しい執行方法

大月クマ

第x話 抵抗は無駄です

 俺がこの異世界に転移されてから、どれぐらいだっただろうか……。

 剣と魔法の冒険の世界……昔はそうだったそうな。

 今はずいぶん前に、錬金学によって、いわゆる産業革命が起こったらしい。

 俺の感じでは、全体的な生活レベルは19世紀と言ったところか……。

 だけれど、突出している技術も持っている。

 まず、なんと言っても魔法。ケガや病気は治せないが、武器としての魔法は強力で、魔法学としてこの世界を支えるひとつの技術だ。

 そして、もう一つ錬金学。産業革命はすでに起きているので、そのうち俺の元いた21世紀レベルまで生活水準が追いつくとは思う。だが、俺たちの世界にはなかった一面がある。

 医学のような技術なのだが、突出しすぎていると言っていいだろう。

 何せ、人工的に生命を作り出せる。人間をいじくって武器にすることも可能だ。

 そういった生物兵器を、総称して『キメラ』と呼んでいるそうな。

 その昔、あまりにも突出したこの技術で、大きな戦争が起きた。だから、戦争が終わったときに、キメラを制限しようとしたらしい。

 みんなで話しあって『キメラ協定』と言うのを締結したが、未だ、一個人から国レベルまでもが、密かにキメラを開発しているという噂が絶えない。それどころか、数々の犯罪にまでキメラを使われたりしたそうだ。

 そこで、取り締まる組織が必要だ……と、ある組織に特権を付けて丸投げする形で、決着がついたらしい。

 俺もそのキメラの被害者になりかけた。そして、その組織の人間に助けられた。

 だけれど……俺は、どうかと思う。

 そのルールというのが……。


『あッ、ああ……。こちらはミステリウス錬金学魔法士協会です』


 メガホンを手にした彼の声が、大音量で響き渡る。

 メガホンの先には、光の輪が出来上がっていた。魔法で声を強制的に大きくしているらしい。

 彼は、アトルシャン=ミックス。学者風の顔に、黒縁メガネと帽子。紺色の背広を着ているから、本当に学者のように見えるが、れっきとしたその対キメラ監視官だ。

 そして、もう一人。彼の隣に全身をマントに覆い隠し、顔もフードで隠した人物がいる。

 俺は知っているので言うが、彼女はレディ=レキシントンという女性だ。

 しかし、声が大きすぎて耳が痛い。

 俺は彼等に連れられ、山賊のアジトにやってきていた。

 ある男を捜している。そして、俺ぐらいしかその男の顔を知らないので、確認のためにここにいるが……今から始まることに、想像するとゾッとしてくる。

 前にも……俺がこの異世界にやってきたときも、同じようなことがあったからだ。

 連中のアジトは昔、軍隊の駐留地として使われていたらしい。

 石を積み上げられて造られた城門。その左右を丸太でくみ上げた見張り台がある。

 その見張り台には狙撃手が、こちらに向かってライフル銃を向けていた。

 銃はそれだけではない。見れば城門の上にいる男共も手にしているのが分かった。


『キメラ協定および、徒党を組んでの強奪容疑が皆さんにかかっています。

 責任者および……』


 ズドン!


 どちらかの見張り台の一人が、発砲したらしい。だが、それは無意味だ。

 彼に向かって発砲したようだが、弾丸は空気の壁に遮られる。

 よくテレビで、ゼラチンの中に鉄砲を撃ったらどんな軌道を描くか? 何てのを見たことないだろうか。そんな感じで、空気に軌道が描かれて弾丸は止まった。

 魔法を使ったのだ。

 俺には原理はよく分からない。

 彼が「聞くかい? むずかしいよ」と、説明しようとした事があったが、丁重にお断りした経緯がある。

 俺たちの周りには強力なバリアが張られていると、思って構わないだろう。


「鉄道員ごときが、俺たちに何のようだ!」


 右側の見張り台の男が、叫んでいる。


「――紋章を見せていない。規則違反……」


 ボソッと低い声で、フードの女性……レディが呟いた。


「鉄道員? これは失礼……」


 アトルシャンは、右腕に付けている腕章を確認すると、それをひっくり返した。

 腕章は、どの組織に属しているのか示しているとのこと。彼は表向きは『鉄道局調査部』の人間となっているらしい。動輪を背景に試験管と魔法の杖をVの字にしたのが、鉄道局のエンブレム。それがクルリとひっくり返ると、動輪が黒い牙をむいた獣に変わった。


『対キメラ法、第1条・ 監視官はあらゆる捜査に、独自の判断で介入することができる』


 ああ~、始まったよ……。

 この前もそうだった。

 彼の話では「対象者に対キメラ法を執行する事を説明するため」と言っているが、同時に奴らへのカウントダウンだ。


『第2条・監視官はいかなる場合でも、令状なしに犯人を逮捕することができる』


 パチン、と彼は指を鳴らした。

 と、右側の見張り台の土台がはじけ、崩れ落ちた。

 そこでようやく敵と認識したのか、城門の上の男共が、銃を構えて一斉に放った。

 だが、先ほども言ったように、妙なバリアが張られている。

 そう簡単には撃ち抜かれない。


『抵抗は無駄です』


 メガホンを持っていない方の左手。それを「待て!」と、ばかりに突き出した。

 彼の両手には黒い手袋がはめられていた。手の甲に、赤い魔法の源を蓄積する結晶体がついている。

 突き出した手か、突然大きくなった。膨らんだと言うよりも、巨大な――人間背丈ほど――光のグローブだ。

 それがバチバチとスパークが走ると、どうだろうか……。

 男共が持っている銃や、こちらからは見えなかった腰に付けたナイフ……恐らく、目に見えているあたりの鉄製品が、その手の中に集まっていくじゃないか!

 俺の知らない魔法を使ったのだろう。

 俺はこの世界に長居はしたくないので、あまり考えないようにしている。


「畜生! やっちまえ!」


 城門から男共が飛び出してきた。

 こちらは俺を含めて三人。武器が奪われたとは言っても、人相の悪そうな連中ばかりだ。

 力で勝てる、と思ったのだろう。しかし、その点はこちらは問題ない。


「――ボクの出番だ……」


 レディが嬉しそうに微笑みながら、俺たちの前でくるりと一回転した。

 その拍子にフードとマントを取り、アトルシャンに「持っていて」と渡してくる。

 レディは顔をあまり見せない。癖の強い銀髪を小さく三つ編みにしている。そして、特徴的なのは、神秘的なその瞳……金色なのだ。

 俺は見とれてしまった。

 ただ、全身は露出が全くない。革製と思わしきモノで全身を覆い、その上に動きを邪魔しないように、金属製のプロテクターを最小限に装備していた。

 なんかしっくりくる表現あるかな?

 そう、子供の頃テレビで見た、メタルヒーローだ!

 しかし……アトルシャンが、彼女のマントが邪魔なのか「持っていて」と俺に渡したとき、ヒドく嫌そうな顔をしたのが気になる。


「まだ殺しちゃダメだよ」

「――めんどくさい……」


 彼女はけだるそうにそう言うと、腰に装備した警棒トンファーバトンを、両手に持ち、クルリと一回転させる。そして、男共めがけて突っ込んでいった。

 女が出てきたので、男共はたじろいだようだが、すぐに後悔する事になるだろう。

 トンファーが、脳天に叩き込まれて二人が一瞬で打ちのめされる。続けてもう一人の腹に蹴りが入り、吹っ飛ばされた。

 そのあたりで分が悪いと思ったのだろう。

 城門内かどこかに隠していた槍を、持ちだしたモノがいるようだ。だが、向けた途端にへし折り、たたき割り、はじき返す。

 続けて男共に、右手で一撃を食らわせると、空いた隙を左手が現れて、カバーする。左手の攻撃が終わったかと思うと、続いて右足が飛んでくる。そして、今度は左足。再び、右手が……。

 ホント、よく身体が動くと思える。まるでバネが飛び跳ねている感じだ。

 殺しちゃダメと、言われたはずだが、彼女の攻撃は死んではなさそうだが、あきらかに重傷だろう。骨が砕けるような、鈍い音ばかりがこだまする。


「キメラを出せ!」


 誰かが叫んだ。

 それをやっては、最後だよあんた達……。


 城門の大きな扉が開き、中から黒い塊が出てくる。

 それは3メートル近くある巨大な黒い犬だ。そんなモノこの世界には普通にはいない。キメラでない限りは……。

 アトルシャンがレディを呼んだ。


「キメラだ。レディ!」

「待っていた……」


 二人は、互いに背を向け合って立っている。


『戦闘行為を目的としての、キメラの使用は『キメラ協定』に違反している。

 よって、第四条・監視官は相手がキメラ条約違反と認めた場合、二名以上の監視官の承認の元で、キメラ及び犯人を処罰することができる。

 を、適用できると思われる』


「承認! 監視官アトルシャン=ミックス」

「――承認。監視官レディ=レキシントン」


『これより、当案件は、対キメラ法・第四条を適用する』


 見れば、レディのトンファーが短刀に変わった。

 彼の方は、両手が光のグローブになって、それをバン! と音をたてて合わせた。


「最終警告! 関わりなき者は去るように! さもなくば……」


 言いかけたところで、彼の前にいた数名が、光のグローブに捕まり……はたかれた。

 蚊でも潰すかのように……。


「潰すよ!」

「――斬る」


 レディの方が……すでに、三人ほど刀のサビにしているようだ。しかも、確実に首筋の急所を狙っている。


『第四条、補則・場合によっては抹殺することも許される』


 アトルシャンが再び、光のグローブを合わせると、手の間に光の球が誕生した。

 そこに向かって、広げた両手からエネルギーを集めるかのごとく、スパークが走り始めた。


「アトミック・フラッシュ!」


 光の球が打ち出される。

 出てきたばかりのキメラを巻き込むと、城門内に押し戻し、閃光と共に大爆発!


「ちょっとやり過ぎたかな?」


 俺は彼の後ろにいて助かったが、城門は瓦礫の山と化している。

 キメラなど跡形もない。

 この周りに立っている人間なんて、俺たち三人だけだ。


 こんな奴にそんな法律ルールを執行させて、この異世界はホントに大丈夫か?

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対キメラ法の正しい執行方法 大月クマ @smurakam1978

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