ルーズ先輩とルール先輩

@r_417

ルーズ先輩とルール先輩

***


 念願叶い、第一志望の高校に合格。

 期待に胸を踊らせ、意気揚々と繰り出した新たな教室で順調に前の席に座る佐伯(さえき)さんと仲良くなったところまでは想定内。しかし、その佐伯さんから教えてもらった情報で天高く舞い上がっていた私のテンションが一気に奈落の底まで突き落とすされることになるとは思ってもみなかった。


「ところで、佐倉(さくら)さんは知ってる? 我が校名物・ルーズ先輩とルール先輩」

「……ルーズ先輩とルール先輩? え、留学生とか?」

「あはは、違う違う。まあ、パッと聞いた感じは外国の人っぽいよね。確かに」


 私の勘違いがツボにハマったらしく一頻り笑った後、佐伯さんが説明してくれる。


「ルーズ先輩もルール先輩も所謂あだ名だよ。というのも、二人が同じ名字の持ち主でありつつ、正反対の性格だからこそ付いたらしいんだけど」

「え……? 同じ名字?」

「そ、まあ。でも、日本にいる限りは珍名でもなければ被ること自体は何も不思議な話でもないでしょ? 現に私たちのクラスにも佐野(さの)と田中(たなか)が二人ずついるわけだし」

「うん、まあ……。そりゃあ、そうかもしれないけど」


 確かに佐野・田中コンビ有する我が一年B組に在籍していると名字に対する感覚が鈍るかもしれないけど……。って、違う! 私が聞きたいのはそこじゃない!!


「そうじゃなくっ「でさ、その先輩たちが本当に両極端っていうか、過激なんだってさ」

「……」


 意を決し、発言した私の声は見事に佐伯さんのマシンガントークに押し消される。何故そこまで周りが見えなくなるほど、第三者のことで熱くなれるのか理解に苦しむ。とはいえ、最後まで彼女の話を聞くしか道はなさそうなので、とりあえず大人しく待つことにする。


「片や校則破りまくり、片や風紀委員でもないくせに校則に厳格すぎ」

「……厳格、すぎ?」


 校則破りまくりは日本語として理解できる。だが、校則に厳格すぎとなると理解に苦しむ。そんな気持ちがどうやら声となり漏れてしまっていたらしい。


「そっ、風紀委員でもないのにいつもルーズ先輩をルール先輩が咎めてるの。まぁ、校則違反をコンプリートしかねない勢いと言われるルーズ先輩と歩く六法全書とさえ言われ恐れられている生真面目一本なルール先輩が反発しないわけがないというか。ま、二人とも顔がいいから許されてるんだろうけどさ」


 そう言って、佐伯さんはルーズ先輩とルール先輩の仁義なきバトル状況を教えてくれる。先ほどのマシンガントークの相手と同一人物とは思えない会話のキャッチに少しばかり驚いたのはここだけの話だ。

 というか、対局の性格を持つ同じ名字の二人って……。まさか、それは……。


「ねえ、ちょっとだけ聞きたいんだけど。もしかして、ルール先輩が文句言う相手ってルーズ先輩だけとかいうオチはない?」


 願いを込めて尋ねる私の声がかすかに震えていた。だが、幸いなことに佐伯さんは気付かれることはなかった。とはいえ、しばし考え込んだ後に佐伯さんから語られる内容は実に不幸な内容だった。


「あー、確かに。ルーズ先輩をいつも咎めているとは聞くけど、だからお前も気を付けろとは助言されなかったなぁ」

「…………」

「ただただ二人が名物って聞いたんだけど……あ!」

「え、っ……? 急にどうしたの?」


 突然、大声を出す佐伯さんに戸惑っている私とは対照的に、佐伯さんのテンションはうなぎのぼり。


「あそこ! あの二人だよ! ルーズ先輩とルール先輩!!」


 興奮冷めやらぬ調子で指差す佐伯さんの先を見れば、予想通りの顔が二つ。






 とにかく手を抜く省エネ気質の長男・佐倉英雄(ひでお)。

 真面目にコツコツ段取り上手な次男・佐倉咲人(さきと)。


 ……紛れもなく私の血の繋がった双子の兄たちの顔があった。


 今までだって、兄たちの性格が正反対のために双子と認識されていなかったケースはごまんとあった。とはいえ、兄たちはどちらも母から美しいパーツを受け継いでいるため、雰囲気は違えどどちらも美形の部類という共通点から血縁者であるとの答えを導くことが出来ると思うのは、流石に身内の欲目だろうか。


 とはいえ、雰囲気が異なる双子はかなりややこしい存在らしい。更には、多すぎることも少なすぎることもない【佐倉】という名字を名乗り、いかにも双子を連想させる名前を用いていないことも誤解が生じやすい要因になっているとは思っている。だが、双子であることに固執せず、あくまで一人一人向き合い名付けた親心も、その意図を存分に発揮した二人の育ちっぷりも、他人に否定される謂れはない。


 そもそも咲人兄だって、英雄兄でなければツッコミさえ入れることはないだろう。本当に真面目な性格の持ち主にとっては、注意することさえ重労働に匹敵するわけで、そこまで咲人兄が博愛精神に富んでいるとは私は思えない。

 そして英雄兄だって、咲人兄が傍にいるからこそ安心して羽目を外していることくらい分かっている。手の抜きどころを嗅ぎ取る力を持ち合わせているからこそ行える一流の技を安易に素人(私)が口出しすることほど身の程知らずな行いもまたないだろう。


 私にとって、英雄兄も咲人兄も二人が各々一個人として認め、理解し、共存している関係を間近に見てきたからこそ、二人のことを尊敬してた。そして、そんな二人が楽しく高校生活を送っている姿を見てきたからこそ、私はこの高校を志望したんだけど……。


「いつも言い争ってるけど、やっぱりルーズ先輩とルール先輩が二人でいる姿は様になるよねぇ」

「……」


 言い争ってなんていないです。二人はじゃれてるだけです。

 ……なんて、妹の口から発言することほど野暮なこともまたないだろう。


 無駄に名物になっている双子兄たちの現状を知り、何とも言えない気持ちでスタートを切った高校初日。二人の妹だからこそ二人に巻き込まれないように、ルーズ先輩にもルール先輩にも一番遠い中庸を決意したのは言うに及びない話。


【Fin.】

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