覚悟とルール

鈴木怜

覚悟とルール

「……貴様が魔王か」

「いかにも。我は魔王である」

「俺の父親のかたきだ。おとなしくこのやいばの錆になれ」

「ほうほう、人間など虫けらに等しいというのに。そんなことを言うのか」

「うぁぁぁああああああああああっ!」


☆☆☆☆☆


「で、あなたはそれから起きた三日三晩の戦いの末に力尽きてここに来た、と」

「まあ、そういうわけです」

「よくもまあそんなこと言えたものね」

「勘弁してくださいよ。あのときは本当にそう思っていたんですから」

「まあ分かるよその気持ちは。あたしもそうやってここに来たわけだし」


床に板が敷き詰められた洞窟の中。戦いに破れた魔王は、気がついたらそこにいた。目の前には傷だらけの竜――といっても、見るからに固そうな鱗やら明らかに発達した翼やら凛々しい顔やらをみた限りそう表現するしかない何か・・――が女口調で体をくねらせている。声がまた非常に高い辺り、生物学上においてこの竜は女のようだ。見ているとなぜか言葉が矯正されてしまう。


「そうやって、と言うと、やはりあなたも?」

「そそ。あたしも魔王ってわけよ。もっとも、こっちは人間に負けて奴隷にされる瞬間に自害したクチなんだけど」

「自害って……じゃあここは」

「まあ死後の世界ってヤツ? 生前に魔王って呼ばれてた存在以外はあたしも見たことないんだけどね」


飄々と語る竜の口から出た言葉。魔王限定の死語の世界。どうやらここはそういう場所らしい。そのことをじっくりと噛み締める。


「じゃあ、我は死んだということですか」

「お、死んでからも偉ぶっちゃうタイプ? 嫌いじゃないよ、そういうの。それとも、長い時間の中で、それに慣れちゃったとか」

「……まあ、慣れたってことにしておいてください」


魔王の本能が告げている。この竜は、間違いなく魔王よりも強いと。それも、小手先の技術や発想の転換でどうこうなる相手ではない。おそらく、経験や戦闘センス、才能などすべてにおいて魔王を上回っている。さっきからの口調だってきっと本能がそうさせるのではないだろうか。


「で、どうしたいのよ」

「…………どうしたい、とは?」

「いやね、あたしら魔王って呼ばれる人種ならその気になれば生前の世界くらいなら戻って行けるんだけど」

「戻れるんですか」

「そそ。ただね、今のあなたはきっとすぐ負けて死ぬのよ。ぶっちゃけるとね、魔王限定の死後の世界なんていうけれど、ここにいられるのはたった一度きりなんだよね。次に負けたときあなたがどこに行くのかはあたしにだって分からない」

「……どうなるんですか」

「さあね。ただ、あたしが見てきた魔王って存在はざっと数えて数千はくだらないんだけど、出ていったヤツらが戻ってきたことなんて一度もないからここには戻れないのはたぶんきっとおそらく確実」

「確かなのか分からないのか分かりづらいですね」

「まあとにかく、あなたには二つの選択肢があるわけよ。一つは元の世界に戻る」


竜が首を左右に振る。


「もう一つは元の世界をあきらめてここで暮らす。どっちにするかはあなたの自由さ。でも、覚悟を決めなよ」

「我の自由……」


魔王が考え込む。うんうん唸っているのにも気付かない。竜はその姿を見て笑っている。

しばらくしてから魔王は覚悟を決めるように口を開いた。


「我は、やっぱり、あの世界を手に入れたいです」

「お、じゃあここでお別れかい?」

「いえ、まだです」


きっぱりと魔王は言い切った。そして生前のような威厳を纏う。


「さっき貴様は時間の指定をしなかったな。それはつまり、貴様が我を強化してから帰るという選択肢があることを示してはいまいか」

「……ご名答」

「要はだ。我は貴様よりも強い。なれば我が学ぶこと、強くなることはまだできるはずだ。早く教えよ!」

「分かった! 稽古つけてあげる!」


☆☆☆☆☆


「はい! これでカリキュラムは全部終わり! お疲れ様」

「うむ。感謝する」


稽古が始まってから魔王がいた世界でいうところの半年が過ぎた。どうやら竜はこの時期に合わせて稽古のスケジュールを組んでいたらしい。


「じゃあ、どうするのよ? このまま行くか、もうちょいここにいるか」

「うむ。感謝の言葉を伝えなければ行けない相手がいるのでな」

「ふーん」

「貴様のことだぞ」

「でしょうね」

「……助かった」


魔王が、頭を下げていた。


「ねぇ、最初に会ったとき、実はあたしはあなたを殺してたかも知れないんだ」

「ほう。それは何故だ」

「そりゃあ、ねぇ。あそこで永住かすぐ戻るかを選んだ時点で、よ」

「……なるほど」

「それがここのルールさ。強さを求めない魔王なんて、魔王失格だからね」

「あのときに覚悟を決めろと言われたのが役に立っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「だね」

「それに、そんなルールがあっても我は殺されんだろう。もうすでに一度死んでいるのだからな。だからこそ、感謝したい。そんな嘘まで吐いてくれて、ありがとう」


竜が微笑む。そして、エールを送った。


「全力で行けよ! 魔王様!」

「おう!」


魔王の体がふっ、と消えた。どうやら瞬間移動したらしい。竜の口から自然と言葉が漏れる。


「……全力で行けよ」

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覚悟とルール 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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