仮設と天秤のプールサイド

水沢 士道

それは、星屑のように

 『人はね、死んだら星になるのよ』


 「へぇ、そうなんだ」



 ――――。そう、私は相槌を打つ。


 授業終わりの昼休憩。春から夏にかけて段々と強くなる日差しを前に弁当箱を開ける気にもなれず外を見ていた私に話しかけてくる空気の読めない彼女――――天秤空あまはかりそらには、ある悪癖があった。


 頭脳明晰、品行方正。独特の近寄りがたい雰囲気を出してはいるものの、いざ話してみればいい人だった。を地で行くような性格と、類稀超絶美少女な容姿を持って生まれた完璧超人。

 私みたいに制服を着崩して髪も茶髪に染めた「なんちゃって女子高生」が並ぶには少量不釣合いに過ぎる相手だ。

 なら、何故その天秤が釣り合っているのかといえば――――最初に言った彼女の悪癖が原因だろう。


 『じゃあ、何故。死んだ後も人は星として輝いているのか』

 『灯里アカリには、それが分かるかしら』


 先程から彼女が呟いている言葉。

 きっと私に話しかけているであろうそれ自体に意味があるのかと言われれば、無い。


 人が死んでも星になることはないし、星は別に理由を付けて輝いているわけじゃない。

 人間は死ねばただ土に還り。星は核融合のおまけで光っているだけ。たったソレだけのことだ。それ以上もそれ以下もない。隠された真実なんてのも――――当然、あるはずもないだろう。


 けれど、彼女はそれを私に問い掛ける。意味のない問いを、意味のないままに、意味のないまま、それでもと問い続ける。

 とうの昔に終わってしまった結論。既に答えの出てしまった問い掛けに、別の正解を貼り付けようとでもするかのように。

 。彼女は私に、哲学染みた思考の欠片を投げて寄越すのだ。


 「……さぁね」

 「まだ生きたかったとか、そんな感じじゃないの?」


 疑問符が交じるのは、こういう時には彼女がなにか言いたいことがある――――彼女の中には既に“答え”が既にある時だと知っているから。


 『「まだ生きたかった」「死にたくなかった」』

 『確かに……そうかもしれないわ』


 『“未練”や“後悔”。そういう“先”を求める行為に、人は一倍貪欲だから』

 『星になった理由すらも、「まだこの世界に存在していたい」という、願いなのかもしれない』


 恐らく、話しかけてくるまで読み勧めていたのであろう文庫本をぱたりと閉じると、疲労したであろう目を休めるように瞼を下ろし。その暗闇の中で視線を泳がせながら彼女は続ける。


 『でも、私はこうも思うの』

 『星が何故輝くのか、それは―――――』


 太陽があたりを照らす真昼時だと言うのに、彼女は薄ら目をして空を見る。

 光に紛れて見えなくなっている星たちを「決して見逃すものか」と、目を凝らして探すように。


 『どうしても、わたしを見て欲しかったんじゃないか……って。』


 そうして吐き出された答え合わせは、どうにも私には理解の出来ない代物で。


 「言ってる意味がわからないんだけど」


 当然の如く私はそう吐き捨てた。

 然し、彼女はすました顔を崩さずに小首をかしげながら――――小癪にも。


 『だからこそ面白いって、思わない?』


 と言うものだから。私は思わず。


 「……もう、好きにして」


 と両手を上げて降参の意を示してしまうのだった。



 ――――



  嘗ての人は“天は二物を与えない”と後世の人々へと伝えたが、確かにその通りかもしれない。

 なにせ、二物を与えられた彼女は――――随分と余計なものまで抱えさせられているのだから。

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