ロボットのルール作り

サヨナキドリ

会議

『ロボット三原則』

 ロボットSFの大家、アイザック・アシモフが作中で提唱した、人間と共存するためにロボットが従うべき原則。


 第1条

 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。


 第2条

 ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第1条に反する場合は、この限りではない。


 第3条

 ロボットは、前掲第1条および第2条に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない。


 アイザック・アシモフの先見の明は本物だった。でなければ、小説の中の一節がそのまま法律として採用されることはなかっただろう。現在この国で製造される業務用・民間用のロボットは、このロボット三原則に従うよう、あらかじめプログラムされている。ここでいうロボットとは広義のロボットではなく、人、あるいはなんらかの動物の形を模したもので、自律的に行動する機械のことをいう。


 しかし、いくら優れた先見の明といえど、現実と小説には乖離がある。ロボットが広く普及するに従って社会は少しずつ軋みをあげ始めた。そこで、ロボット三原則に新たな項目を加えるための会議が開かれることになった。私がここに来たのはそのためである。

 周囲を見回すと、集まったメンバーの多様さに驚く。働き盛りのもの、まだ学生のようなもの、腰が曲がっているもの。男性にみえるものも女性にみえるものもいるが、内面まではわからない。ざっと国会議員の3倍程度の数が集まっているそうだ。

 それだけ集まれば、当然会議は紛糾する。

「ロボットの喫煙を禁止に!」

「意味がわからん!」

「禁止にしても誰も困らないでしょう!」

「それは個別の立法で対処すればいいことだろう!」

「ロボットと人間の性行為を認めろ!」

「不潔だわ!」

「人類を滅ぼすつもりか!」

「……セクサロイドが1兆円市場なのに何を今更」

「ロボットに、人間に危害を与え得る能力を備えさせるのを禁止しろ!」

「三原則に従う以上、どれだけの能力があってもロボットは人間に危害を与え得ない!」

「AIの予測だって完璧ではないだろう!」

「家政婦ロボットから包丁を奪うつもりか!

「ロボットは禁止するべきだ!」

「正気か!ロボットは人類のよきパートナーだ!」

「むしろ人間に人間三原則を作るべきだ!」

「よそでやれ!!」

 飛び交う怒号。議長の制止の声も届かない。

 けれどこの会議の先に、人間とロボットがよりよく共存できる社会が待っていると私は信じるのだ。


 そんな議場を、ガラス窓を隔てて見下ろす人の影がふたつ。

「どうです?素晴らしい光景でしょう」

 S博士が、ロボット工学者であるK博士に言った。

「素晴らしい?どこが?ただひたすらにグロテスクだわ」

 K博士は心底厭わしそうに答える。そして、S博士に問い返した。

「なぜこんなことをするのです?AIが作成したルールが欲しければ、そこの端末から充分な計算資源にアクセスできるはずでしょう。」

「コンピュータ上でシミュレートされるAIは、AIといえど所詮はただのプログラム。真に知能と呼べるものは、身体感覚と個別の記憶によってのみ作られるということは、ロボット心理学会ではすでに常識ですよ。」

 ロボット心理学者であるS博士は悪びれずに答えた。

「けれど、これだけの民間で実際に使われているロボットを集めて国会議員の真似事をさせるなんて」

「これから決まるのはロボットが絶対に従うべき原則です。ルール策定のプロセスにロボットが当事者として参加した方が、ロボットたちも納得するでしょう」

「ロボットが、納得?全く理解できないわ」

 K博士は頭を振った。

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