戦国少女

@ohbanico

第1話

 土煙が舞い、火花が飛び散った。ふたりの少女が持つ得物の切っ先が、双方の顔面を狙って突き出される。鉢金をした少女はすんでのところで躱すと、ぴょいと一回転して距離を取った。彼女が体制を整えようとしたところを、帽子に羽飾りを刺した少女がすかさず斬りつける。ぎいん、と羽飾りの少女の手に鈍い感覚が走った。振り下ろした刀は、鉢金の少女のそれにより弾かれていたのだ。これを好機と見た鉢金の少女は間合いを取り、右手を掲げた。

 その瞬間、辺り一面に靄がかかった。その中を、豪々と何かがうごめく音がした。金属の擦れる音がした。羽飾りの少女は警戒し、刀を構えなおす。

靄が晴れると、彼女の目の前には数百もの軍勢が広がっていた。鉢金の少女は掲げていた右手を下ろし叫んだ。

「かかれっ!」

同時に彼女は手にした無骨な槍を構え、羽飾りの少女へと襲い掛かったのだった。


 目を開けるとそこには青い空が広がっていて、その隅では大きな狐耳を立て派手な着物を着た少女がこちらを覗き込んでいました。

「あ、起きた。大丈夫? 五海(いずみ)」

 五海と呼ばれた鉢金の少女がばっと起き上がると頭の中がきぃんと痛み、思わず頭を抱えてしまいます。

「ああほら急に動かない、思い切り頭を打ったんだからね」

「どういうこと?」

「五海がいつも通り天橋立の中興(なかおき)斎(いつき)にケンカふっかけて返り討ちよ。なんで大軍を呼び寄せといて総大将が一発KOされちゃうのかね、あのあとみんなすごく気まずそうだったんだから」

「じゃあ稲荷も手伝ってくれよ……」

「私は神の使いのお稲荷さんだからね、どちらが勝っても気にならないから手も貸さないよ。」

 大きな狐耳の少女、細川(ほそかわ)稲荷(いなり)の説明を聞いているうちに五海の記憶もだんだんと蘇り、今年何度目かの敗北にまた頭を抱えることになるのでした。

「とりあえず、五海の村に帰りましょうよ」「なんでよ」「ここが中興領のど真ん中、宮津だからよ」「元々うちの領地だったんだ」「道の真ん中で倒れてるわけにはいかないからよ」「斎にやられたんだから斎のせいだ」「町の人たちが笑ってるからよ」「⁉」

 そこでようやく五海は周りを見回し、自分の周りに人だかりができているのに気づきました。

「な、なんだよみんな、起こしてくれてもいいだろ?」

「あれだけ派手に頭を打ってたから動かすわけにもいかないでしょ? 稲荷ちゃん呼んできてあげたんだから。」

「あ、そうなの? ありがとう」

「しかし五海ちゃんも諦めないねえ、そろそろ仲良くすればいいのに」「そんなこと出来るか! と言うか宮津は元々私たちの土地だったんだから、みんなも手伝ってくれてもいいんじゃないの?」

「まあ、あたしらは商売や農業に困らなきゃそれでいいからね。斎ちゃんも上手くやってくれてるし。」

「う、裏切り者……」

「ま、俺達は月に一度のお祭りみたいな感覚で見てるから。五海ちゃんも頑張れよな」

「くそう、死んだら絶対祟ってやるからな、今度から四大怨霊だ」

「おお怖い怖い」

一通り好きなことを言って、町人たちはぞろぞろと帰ってしまいました。

「じゃ、私たちも帰りますか」「そうするか」

 ぽつんと残されたふたりは、とぼとぼと帰路につくのでした。


「て言うかさ、なんで中興斎にこんなにこだわるのよ?」

「今更だな、私の土地を奪って行ったからに決まってるだろ? ひええ、あいつまた首貫いて行きやがった。首触ると寒気がする」

「あんたの首は何度風穴開けられてるのよ……だからその橋立をさ、そろそろ諦めない? 何度攻め込んでも毎回負けてるじゃない。」

「はあ? 宮津は元々この私、一色(いっしき)五海(いずみ)の土地だったんだぞ? それにこの日ノ本でも3本の指に入るほどの観光名所なんだから、一気に収入も増えるし。港だってある。元伊勢の神社だってあるからな。諦めるわけがないでしょ?」

「日本刀相手に長槍で挑んであっさり負けちゃうのに?」「今日は調子が悪かったんだ」「数百とか言いながら二百くらいしか呼べないのに?」「二百は数百だ」

「軍勢を呼びながら先頭切って真っ先にひっくり返されてるのに?」「うぐ」

「村の人たちも五海の勝ちに賭ける人いないのに?」「あいつら賭けてたのか⁉」

「あんた、今までの戦績覚えてるの?」「……1勝15敗」「25敗でしょ」

「……はぁ。いいんじゃない? 残った村の面倒見てれば。今はまだ村の人も五海のこと好きみたいだけど、あんまり負けが続いたりすると、みんな斎についちゃうかもよ」

「わーかってるって。今日は鉢金大活躍でテンション上がっちゃったんだよ。次はこんなことはない」

「分かってるのかなあ」

「あー、あとお高くとまってる感じがするんだよ、常に上から目線って言うかさ。それに戦の時にもオシャレなんてしちゃってよぉ~……」

「逆によく見てるわよねアンタ」「目につくんだよ。てか頭のてっぺんに羽飾りぶっ刺してんのはオシャレなのか?」

「ところでご飯まだ?」一通り話し終えて、稲荷はばたりと倒れこみました。

「まだだよ」先ほどから台所でずっと晩御飯の用意をしていた五海が答えます。

「五海を迎えに行ったからお腹空いてるのよね」「すまなかったよ」「おかげでお昼ご飯食べてないし」「仕方ないだろ」「最近妙に寒気がするし」「それは知らん」「それに私のお屋敷の食糧も減ってきたのよね」

「お前が無心に来るから橋立が必要なんだからな⁉ どれだけ食うんだよお前は‼」

 遂に堪忍袋の緒が切れてしまい部屋に乗り込んできた五海に対し、稲荷は「まあ!」とどこ吹く風の表情を見せます。

「それにお前の相手に時間を取られて村の政にも関われてないんだからな⁉」

五海が詰め寄っても、稲荷はあらあらまあまあとまるで豆腐に鎹です。

「て言うかお前、稲荷神社自体は中興領にあるだろ。なんで稲荷はこっちにいるんだよ?」

 このようなやり取りには慣れているのか、半ば諦めた様子の五海が尋ねます。

「まあ、一応お前も稲荷神の使いだから出て行かれちゃ困るんだけどさ」

「私のおかげでこの村はお米に困ってないからねー。その分いただいても構わないでしょ? そうね……」

 稲荷は暫く上を見上げて、「五海の方がかまってくれそうだから?」などと答えるのでした。

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