三百六十ゴミの日

椎慕 渦

三百六十ゴミの日


甲高いシャウトと道路工事の様なギターが耳をつんざく。これは夢の中だと手を伸ばしアラームを止める。寝付きの悪い夜が人生最悪の不幸なら、起きがけの二度寝は人生最高の幸福だ。クソったれなこの世を忘れ、まどろみの海に還ろうとした時・・・またヘビーメタル!。んだよもう!スヌーズ機能だと?どこのバカだ?目覚まし音にこの曲をセットしたのは?私だ。


寝ぼけ頭とまなこでスマホを覗く。3月20日、水曜日、午前6時51分。朝からヘビーメタルに脳をかき回されて気分は最悪。なぜこんな曲を目覚ましに?起きなきゃいけない理由があったか?



私は跳ね起きた。



キッチンに駆け込み、ゴミ部屋のドアを開けると、生命の躍動を確信させるカサコソ音があちこちで聞こえるが今はそれに構っている場合ではない。ビニール袋の塊を掻き分ける。あった!表面に「卵」と書かれた45リットル袋が。引っ掴んで廊下に駆け出す。ここはマンションの6階。エレベータを待つ時間が惜しい!通常は閉じられている非常階段のドアを開け階段を駆け降りる。1階、ごみ集積場に管理人のおじさんの姿が!間に合った!


・・・だが、振り向いたおじさんの憐れみと同情の混じった眼差しが事実を伝えてくる。

「あちゃ~今行ったところだよ。回収車」

「だ、だって今6時55分ですよ?7時までなら大丈夫って」

「早く来ちゃう時もあるんだよね~ホントつい今しがただから、追っかければ間に合うかも」


オートロックの暗証番号を押し、外に出ようとする私に管理人のおじさんは

「無理しない方がいいよ、いろいろ”厳しい”からね~最近」

「でも今日を逃したら・・・行ってみます!」

上下はスゥェット、片手にゴミ袋、とても外出する格好じゃないが、

私は飛び出した。




時に西暦20XX年、増加の一途をたどる家庭ゴミと、それに呼応して減少する処理用埋め立て地の問題は、市民により細かいゴミの分別とリサイクルを強要するまでになっていた。その数なんと”365種類”。つまり一年に一回しか回収してもらえないゴミが毎日日替わりで発生する事態になったのである。

そして今日3月20日水曜日は・・・「卵の殻」。私は、寝過ごしたおかげで

一年分溜まった卵の殻を捨てる機会を逸したのだった。




通りに出ると、道路脇に青い団子虫のような形をしたゴミ収集用パッカー車が見えた。なんたる幸運!だが駆け寄ろうとした私を鋭い怒りの金切り声が遮った。

「なんでダメなのよぉ!」

見ると若い女性が私と同じようにゴミ袋を持ち、パッカー者の傍でゴミ収集員に食って掛かっている。どうやら彼女のおかげでパッカー車の運行が遅れ、私は間に合ったようだ。


激昂する女性に収集員が慣れ切ったという表情で

「今日は”卵の殻”の日です。そちら中身”骨”ですよね?しかも肉の骨と魚の骨をごっちゃにしている。分別が不十分なゴミは引き取れません」

「知らないわよ!こんなの同じようなもんじゃない!」

「”ゴミ収集ハンドブック20XX”を参照して正しく分別してください」

「あんな電話帳みたいなの読んでられるかぁ!」(確かに)私も思った。

「とにかく引き取れません。持って帰ってください」冷たく言い放つ相手に彼女はさらにブチ切れた!内側に汚れた汁やカビが見える一年分の骨のゴミを掲げ

「持って帰る? 私 に こ れ を 持 っ て 帰 れ っての?

冗談じゃない!捨てさせなさいよぉっ!」一歩進み出た瞬間、

収集員の態度が一変した!


「車から離れろ!パッカー車にゴミを入れたら一般廃棄物処理法違反だ。

 重 罪 だ ぞ ! 」


怒気を含んだ威圧に、女性はひるんだ。そこで冷静さを取り戻していればまだ間に合ったかもしれない。だが不幸な事に、彼女にとって極めて悲劇的な事に、その時、持っていたゴミ袋の結び目が緩み、中から数匹の”黒い元気な奴”がカサコソと彼女の手から腕へと這い上がっていったのだ!。

この世の物とも思えぬ悲鳴と絶叫が朝の都会の往来に響き渡る。そしてパニックに陥った女性は手にしていたゴミ袋をパッカー車の中に放り込んでしまった!。

今日収集予定ではない、分別もされていない、”違法なゴミ”を!。


「不法投棄!不法投棄!」

青い団子虫の背中に取り付けられたた赤色灯が明滅した。

「不法投棄!不法投棄!」大音響のブザーが人工音声の警告と共に

けたたましく鳴る。



何処からともなく現れたパトカーが数人の警官を吐き出し女性を取り囲んだ。

興奮して何かまくし立てている女性の両腕をつかみ、パトカーに押し込む。

「なんで?どうして? ゴ ミ 出 し に 来 た だ け な の に !」

バタンと閉じられるドアが女性の抗議を遮り、パトカーは去っていった。

その様子を私は眺めていた。


サバンナで肉食獣に捕らえられ喰われている仲間を、

遠巻きに眺める草食獣のように。





「・・・5分遅れだ、急ごう」静寂を取り戻した回収場所を

ほうきではいている相棒に収集員が呼び掛けている。私は進み出た

「あ、あの・・・」情けない事に声が震える。しかたないだろ目の前で

あんな逮捕劇を見せられちゃ。肝の座ってない40男だっているんだよ世の中には。

収集員はけだるげに振り向いた。スゥェット姿でゴミ袋を持った私に

”またか”という表情を隠そうともしない。「なにか?」

「こ、これ”卵の殻”です、まだ出せますよね?」半透明袋に詰め込まれた

卵の殻を一瞥した収集員は「どうぞ」と手袋をはめた手を差し出した。


よかった。

心の中に安堵の温もりが広がっていく。

間に合った。

これで一年溜めた卵の殻とおさらば・・・


「あ~ちょっとあんた!」もう一人の収集員に呼び止められた。

「これシール貼ってないね。ダメだよこれじゃ」

シール?

シ ー ル ぅ ?

 脳裏にキッチンの冷蔵庫に磁石止めした”卵の殻専用収集処理券”が浮かび上がる。なぜ忘れた?


な ぜ 夕 べ の う ち に 貼 っ て お か な か っ た ?


「残念ですが、回収できません」運転席に乗り込もうとする収集員に

私は懇願した。「買ったんです!ちゃんと券買ったんですよ?」

「時間押してるんで」

パッカー車の人工音声が冷徹に言う「車が発車します。ご注意ください」


うろたえる私の視界にコンビニの看板が映る。なんたる僥倖!

あそこで処理券を買えば!「ちょっと待ってください今買ってきますから!」

返事を聞かずにコンビニへ駆け込む。店員のおばちゃんが眉をひそめて出迎える。スゥェット姿の40男がゴミ袋抱えて駆け込んできたのだ。当然の反応だ。

「ゴミ処理券ください!”卵の殻”!」おばちゃんはレジ裏の引き出しを開ける。

「すいません早くっ!」焦る気持ちが口から飛び出る。

「そんなこと言ったってねぇ~365種類あるからねぇ~これかしら?」

黄色いシールを取り出す。それだそれ!表面にはふざけた鶏のイラストが

「ルールを守って結構コケッコー!」と吹き出しでほざいている。ムカつくが

今はそれどころじゃない。スマホで会計を済ませシールを張り付け

私は再び往来に飛び出た!



青い団子虫に似たパッカー車の姿は、なかった。



脱力感と共に私は立ち尽くした。手にしたゴミ袋の重さが100Kgに感じられる。虚ろな眼にコンビニの駐車場に設置された「Eシェアバイク」が映った。見た目は普通の電動スクーターで免許を持っていれば誰でも借り乗りできる。瞬間決意した。スマホをバイクの計器盤に押し当てると、私の原付免許が認証され、自動アナウンスが流れる「Eシェアバイクにようこそ!シート下のヘルメットを着用してください!ご利用金額は走行距離に応じて課金されます!」ヘルメットを被り、バイクにまたがり、股の間にゴミ袋を抱きかかえると、私はスロットルを開けた。





一ブロック・・・二ブロック・・・流れる車の間を縫うように、私はバイクを走らせ続けた。どれくらい来ただろう。もうここが街のどこかかも、自分の住んでる地域なのかもわからない。それでも青い団子虫の背中は見えなかった。ヘルメットからバイクの自動音声が聞こえる。「まもなくバッテリーがなくなります。最寄りの充電スタンドへバイクをお戻しください。ご利用、ありがとうございました!」急に勢いが衰えてきた電動バイクを路肩に寄せ、私はしゃがみこんだ。



次の回収日は来年の今日。

それまで一年、この卵の殻を抱いて過ごせというのか。

・・・そんな・・・そんな。


ふと顔をあげた視線の先にゴミ収集場所が見えた。

半透明のゴミ袋がいくつも積まれている。貼られた黄色いシールの中で

ふざけた鶏のイラストが「ルールを守って結構コケッコー!」とほざいている。

ここも”卵の殻”の収集日なんだ!そしてまだ回収車が来ていない!


私はゴミ袋を手にふらふらとそこへ近づいて行った。


・・・ここでこの手を放せば楽になれる?まさか?

明日3月21日木曜日は”ラップ”の日。弁当や食品を包むラップ類を一年分、

明日だけが捨てられる。きちんと洗って分別してシール買って貼って・・・


どうしてこんな世の中になってしまったんだ。

なんでこんな事で苦しまなきゃならないんだ。


でも、もう・・・


ゴミ袋をそっと置いた。その瞬間!

収集場所の監視カメラがけたたましいブザーと警告で吠えたてる。

「不法投棄!不法投棄!」

サイレンの音が聞こえる。みるみる近づいてくる。

「不法投棄!不法投棄!」

私は、立ち尽くした。



罪状:一般廃棄物処理法違反。自分の居住地区以外にて廃棄物を投棄せし者、これに500万円以下の罰金及び懲役2年以下の罰則を科す。



拘留

起訴

収監




夜中に目が覚めた。歳のせいかどうしても一度は尿意で起きてしまう。

看守に願い、トイレに立ち、ふたたび床に就く。二度寝は人生最高の幸福だ。


ここにゴミ捨てはない。

房の掃除は義務だが、囚人と外部の接触を禁ずるため、

ゴミ出しは職員の仕事となるからだ。。




さあ、まどろみの海に還ろう。




クソったれなこの世を忘れて。






おしまい






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三百六十ゴミの日 椎慕 渦 @Seabose

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