幽霊だって恋したい!

蓮水 涼

01:全ての始まり


 ――〝エイレーネ様〟

 二人きりのとき、自分だけがそう呼べることに、密かな優越感を持っていた。

 ――〝ヴァイオス〟

 そう呼ばれるたびに、実は内心で心を浮き立たせていたなんて、彼女は露ほども知らないのだろう。

 告白された。好きだと告げられた。

 けど、彼女はこのルヴェニエ王国の第一王女で、自分はただの伯爵家次男。その身分差を、彼が恨んだことはない。

 ないけれど、苦々しく思ったことは何度もある。

 そして、彼女の想いがただの勘違いであると諭せるほど、彼は大人でもあった。いっときの感情に流されて、彼女の未来を奪うことを良しとはしなかったのだ。

 拒絶して、距離を置いて、時を待った。

 まさかその間に――自分が彼女のそばを離れていたその間に、彼女が暗殺されかけるとも知らずに。

「ヴァイオス、いつまで自分を責めてるんだい?」

「殿下、ですが」

「もともと君は、妹の専属騎士ではないだろう? 責められるべきはその専属騎士たちであり、第五騎士団長の君じゃない。もっとも、妹ならそれさえも言わず、責めるべきは犯人だと言うだろうけれどね」

 エイレーネの兄であり、ルヴェニエの王太子ユリウスは、ふっと悲しげにまぶたを伏せる。

 ユリウスは自他共に認めるシスコンだ。妹王女を突然襲った不幸に、怒りと、悲しみと、悔しさを抱えていた。

 それはヴァイオスも同じである。怒りと、悔しさと、やるせなさ。犯人に対する怒りはもちろん。けれどそれよりも、彼は彼女を守れなかった自分自身への怒りで頭がおかしくなりそうだった。


 夏が終わり、冬が始まる。

 人々がサウィンの祭りに興じていた中、王女暗殺未遂事件は起きた。

 それからもう、一週間が経とうというのに。

 命を奪われはしなくとも、エイレーネ王女は、ずっと昏睡状態のままだった。


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