ベランダカラオケ歌合戦

いすみ 静江

ベランダカラオケ歌合戦

 下宿屋の娘さんは、僕のマドンナだ。

 今日も今日とて、洗濯物にいそしむ。


「タッタカター! タカタラタラー」


 今日のベランダソングは、『咲く花の散る』か。

 懐かしいアニメの歌だな。

 確か、『螺旋のつぼみ』のオープニングだ。

 僕としては、軽快さを気に入っている。

 かつ、下宿屋の娘さんの十八番だ。

 歌いやすいのだろうか?

 それとも、気に入ったエピソードでもあるのかな?

 アニメそのものは、快活な少女が活躍するファンタジーで、当時流行っていたな。


 ピピピピ。

 本日、二回目の洗濯物が洗い上がったか。

 男ばかり八人分の洗濯物、少なくはない。

 せっせと籠を運ぶ姿は、何とも僕の心をくすぐられるな。

 見えていないけれども、物音や歌で分かるのだ。


「らー、ららららららー」


 おお、バラードときたか。

 これは中々聞けない歌だぞ。

 確か、映画の『人間だって防カビ中』の挿入歌だったな。

 えーと、暴れたカビと人間の闘いを描いたものだ。

 キーン様がますます艶っぽくなる中、カビ陣営からの愛を贈る歌だ。

 要するにカビるのだな。

 『カビカビ警報発令中』というバラードと映画のカビの襲い掛かり方がしっくりこない、僕からしたら駄作だよ。


「ツーイー。ツラララララ、ランタッタンタン」


 さて、洗濯物を乾いたものから取り込む娘さん。

 この歌は、知らない。

 でも、キッチンにいるときに一度CDをかけていたことは覚えている。

 何だか気になるな。

 何て歌か訊いてみようかな?


「ツーイー!」


 あ、鼻歌も終わってしまった。

 何だろう?

 こんなに短い歌だったっけ?

 何か、ヤケを起こしたときに歌っているイメージがあるな。


 ああ、久し振りに晴れたからって、もう一回戦洗うらしいぞ。

 洗濯機の音が唸りを上げてきた。

 小さくとも鼻歌が聞こえてくる。


「ババババン! ババババン! あーあー!」


 何と、怖い顔してお料理をなさるときの鼻歌だ。

 テレビアニメの『ふたり戦隊ぷりん派ゼリー派』、二期のオープニングだな。

 タイトルは、ずばり、『ババババンにも愛がある』だったはずだ。

 洗濯機のスイッチを入れたら、キッチンへと向かうのが、鼻歌で分かる。

 結構、声を大きくしてイラついているようだ。

 下宿屋の娘さんは、お洗濯は大好きだが、下ごしらえはお好きでなないようだしな。


 ん?

 ちょっと待てよ。

 何か、ルールのようなものがないか?


 『咲く花の散る』は、軽快に歌いやすい。

 ベランダソングの定番の歌だな。


 『カビカビ警報発令中』は、バラードでレアな曲だが、気に入っているようだ。


 「ツーイー!」で終わるよく知らない歌、キッチンでヤケを起こしたときに聞いたのだよな。


 『ババババンにも愛がある』は、これから、爆発的にキッチンで面白くない時間を過ごすときの歌だ。


 下宿屋の娘さんは、ベランダでお洗濯をするときの『ベランダカラオケ』が一番好きなんだろう。

 ベランダに何があるのかな?

 普段、覗かないように言われてますが、覗こうかな。


「ババババン! ババババン! あーあー!」


 何だと?

 キッチンからではない。

 ……僕の後ろから聞こえてくる。


「下着を見なーいで! 覗かなーいで!」


 てっきり、僕達の洗濯物ばかりだと思っていたけれども、このピンクのパンティーは違うよな。


 ルールが分かった。


 オリジナルソングが一番怖いんだと。


 ――ごめんなさい。















 Fin.

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