二人のルール

水鳥ざくろ

第1話二人のルール

 早く起きた方が、先にシャワーを浴びる。

 早く起きた方が、朝食の準備をする。

 早く起きた方が、いつまでも寝ている寝坊助を起こす。


 決めたわけでは無いけれど、いつのまにか暗黙の了解になっているルール。

 僕の目覚めは良い方なので、だいたいいつも朝の行動を先に行う。シャワーを浴びて、朝食の食パンを焼いて、二度寝中の彼氏を起こす。

 今日も早く起きた僕は、熱々のコーヒーを淹れてから、寝室に向かった。


「朝ですよー。起きて下さいねー」

「ん……あと五分」

「遅刻するよ」

「それは嫌だ……」

「じゃあ、起きなってば!」


 そう言って僕は、掛布団を思いっきり剥した。彼は寒そうに丸く蹲る。三月の朝は暖房無しではまだまだ寒い。


「うひー。寒い!」

「キッチンは暖房ついてまーす。早く着替えて顔を洗って下さーい」

「うう。はいはい」


 やっと着替えだした彼を部屋に残して、僕はキッチンのテーブルに着いた。三分もしないうちに彼が寝室を出てくる。そのまま洗面所に行って顔を洗って、僕の元に戻って来た。向かい合って座って手を合わせる。


「いただきます」

「いただきます」


 トーストは少し冷めてしまったけど、猫舌の僕には丁度良い。彼はまだ半分頭が覚醒していないから、熱いとか冷たいとか分かってないみたいだけど。


「今日、残業ある?」


 僕は訊いた。

 彼は、うーんと考えた後で、ゆっくりと口を開いた。


「たぶん、遅くなる」

「分かった。じゃあ、晩御飯はシチューにする」

「パンも?」

「つける」

「分かった。楽しみにしてる」


 早く帰った方が、晩御飯を作る。

 早く帰った方が、お風呂を沸かす。

 早く帰った方が、「おかえりなさい」のキスをする。


 これも、勝手に出来たルール。

 彼は社会人、僕はまだ大学生なので、必然的に僕の方が帰る時間が早くなる。だから、このルールに従うのは主に僕。

 不満は無い。その方が、スムーズに生活できることを知っているから。

 お互い、ストレスを溜めないように暮らすのが一番良い。


「あーあ。会社、行きたくない」

「月曜日だもんね」

「今日、授業は?」

「無い。けど、就職の説明会あるから」

「そっか……なあ、俺の会社受けたら?」

「うーん……」

「いや、悩むなよ」

「社内恋愛になっちゃうよ?」

「入社前から恋愛してるから問題ない」

「ふふ。考えとく」


 朝の時間は忙しなく過ぎて行く。

 もう、彼の出社の時間だ。


「それじゃ、行ってくる」

「うん。気を付けてね」

「そっちも」

「ん」


 行ってきますのキスをして彼はドアを開けて出て行った。

 手にはゴミ袋。今日は月曜日、ゴミの日だから。


 先に出て行く方が、「行ってきます」のキスをする。

 先に出て行く方が、ゴミ当番をする。

 先に出て行く方が、「着いたよ」の連絡をする。


 僕はテーブルの上のお皿やコップをシンクに運んだ。

 今日は時間があるから、ゆっくり洗える。時間が無い時は、そのまま大学に行っちゃうときがあるから今日はラッキーだ。


「~♪」


 鼻歌を歌いながら食器を洗う。

 この前買った、新しい洗剤は泡立ちが良くてとても使いやすい。リピート買いしよう。

 ふきんで洗ったものを拭いて食器棚に戻す。その時、エプロンのポケットの中の携帯が震えた。僕はそれを確認する。彼からメールで「会社、着いた」とのメッセージ。僕は「分かった」と短く返信。いつもの行動。毎日同じことの繰り返し。でも、それがとても大切。


「さあ、僕もスーツ着ようかな……」


 次からは僕も社会人。

 このルールがどうなるかなんて、まだ分からない。けど、出来る範囲で守っていけたら良いな、って思う。

 大事な彼と、大事なルール。

 いつまでも続いていきますように。

 僕は遠くて近い未来に、そっとそう願った。

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二人のルール 水鳥ざくろ @za-c0

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