第14話 「ガッくん。」

 〇ガク


「ガッくん。」


 留学まで、あと一週間。

 足りない物の買い出しに行こうと、家を出た所で…声をかけられた。


「…コノ。」


 振り向くと、そこにコノがいた。

 …しかも、やたら可愛い…



「なんだ?おめかししてるな。デートか?」


「うん。そう。」


「そっか。」


「婚約、おめでとう。」


「ああ…サンキュ。」


「チョコちゃんは…ちょっと意外だったな。」


「俺も、まさかだよ。」


「ふふっ。」


 自然と並んで歩き始めた。

 すると、コノがふいに…


「…あたし、最近ちょっと思い出した事、あるんだー。」


 自分の爪先を見るような感じで、言った。


「何。」


「いつだったかな…あたしが失神した時。」


「……」


「ガッくん、あたしに告白したでしょ。」


「……」


 つい、足を止めた。

 い…今更思い出すとかありかよ!!



「…夢かなって思ってたんだー。」


「……」


「もし本当なら、すごく嬉しかったのに、って。」


「え…」


「あたし、ガッくんの事好き。」


「……」


 俺はー…

 自分に驚いていた。

 この、コノの告白に…

 何言ってんだ?こいつ…

 って、思ってる。


 嬉しい!とか…じゃない。



「って言ったら、チョコちゃんとの留学も婚約もやめて、あたしと付き合う?」


「はあ?やめないし、付き合わねーよ。」


 俺はポケットに入れてた手を出して、コノのこめかみ辺りを突いた。


 確かに…さっさと俺から卒業しやがって…って、しばらくは思ってた。

 俺は引きずってんのに、さっさと男作りやがって…って。


 でも今…

 目の前にこんなに可愛いコノがいるのに…

 抱きたいとも、惜しい事をしたとも思わない。



「…おまえは、今でも俺の中では一番可愛い女だなって思うんだけどさ。」


「うふっ♡嬉しい♡」


「しなを作るな。しなを。」


「だって、褒められるの好きだもん。」


「…そういうとこも、可愛いと思う。でも…」


「でも?」


「チョコといると…カッコつけなくていいから…楽なんだ。」


「……」


 コノといる時の俺は…

 常に、コノが他の男に目を向けないよう、最高のセックスをして、いい男でいるしかない。

 そんな気持ちになっていた。

 だけど…チョコは違う。

 夢のない俺に、夢をくれた。

 失敗してもカッコ悪いなんて思わない。

 だらしない俺でも…いいらしい。



「おまえも、そんなにオシャレして会う奴がいるんだろ?心にもない事言うなよ。」


「バレたか。」


「ったく…」


「…チョコちゃんてさーあ…」


 コノは、少しだけ低い声で。


「地味だし、やたら色白いし、存在感ないし、こけしみたいだし…」


 酷い言葉をつらつらと言い始めた。


「お…おいおい…」


「よく倒れてたし、いつも誰かに助けてもらってるイメージだし…何なの?どこがいいの?って、最初は思ったけど…」


「……」


「……優しいよね。」


「…褒め所はそこだけかよ…」


 コノは小さく笑うと。


「あたし、来週から彼氏の家に同居するの。」


 俺に笑顔を見せた。


「え?同居?」


「うん。結婚前提の同居。大豪邸なのよ?」


「へえ…良かったな。」


「ありがと。」



 目当ての雑貨屋に近付いて。

 俺は、そこに寄るから。と、コノに言った。

 今日はこの後、チョコの家に行く。

 留学前に…色々決めておきたい事もあるし。



「でも…ま、サンキュ。なんか、俺の空振った告白が生きてたって知れて良かったし。」


「ふふっ。あたしも。お礼遅くなっちゃってごめん。」


 コノと顔を見合わせて笑う。

 …あんなにヤリまくってた相手とは…なぜか、もう思えなかった。



「ガッくん。」


「ん?」


 ふいに…頬にキスされた。


「え。」


「あははっ!!何その顔!!」


「…何すんだよ…人に見られたら誤解されるだろ…」


 それでなくても、早乙女の親父さんに『浮気しない』って三回も書かされたのに。


「ガッくん、幸せになってね!!」


 駆け出したコノは、手を振りながら大きな声で言った。


「…おまえもなー。」


「ありがとー!!」


「……」


 コノの後姿を見送って。

 少しだけ…寂しい気もしたけど。

 俺は、チョコと…幸せになる。


 それは、もう…

 俺の夢の一つでもある。


 さ。

 買い物して、チョコんち行こう。



 あいつの好きなケーキでも、買ってくかな。


 * * *

 〇コノ


「好美!!」


 待ち合わせ場所に行くと、善隆は大きく手を振って笑った。

 ふふ。

 ほんっと…善隆って…


「待った?」


「ううん。今来た。」


「ほんと?」


「ほんと。」


 指を絡ませて歩く。


「ごめんね?待ち合わせの時間変えちゃって。」


「いいよ、それぐらい。」


 優しい善隆。

 待ち合わせの時間変えて、好きだった男に会いに行ってたんだよ?

 なんて、言わないけど。



「…今日も可愛いな…」


「ありがと♡」



 チョコちゃんに…


「あたしからガッくんを奪って」って言われたけど…


 あたしに、そんな力はなかった。

 …確かに、あたしは…ガッくんを好きだったし、ガッくんから卒業するために色んな男と付き合ったり…

 この善隆だって、最初はそうだったし…


 チョコちゃんに言われて、会ってみたら…やっぱりあたし、ガッくんの事好きかも。って…

 思うかな?って思ったけど…

 …意外と…

 う…うーん…

 思ったよりは、思ったけど…


 あたし、そう考えると…

 すごく好きだったんだなあ…ガッくんの事。

 何回も卒業って言い聞かせて。

 何回も勝手に傷付いて。

 …好きって、初めて言った。


 …心にもない事言うなよ…か。


 ないわけじゃないけど…ま、もう過去形になったよね。

 好きだった。

 うん。

 でも。

 ガッくんを好きって思うより…

 なんでチョコちゃん、あんな事言ったんだろう…って考えた。

 あたしが、男より女の事考えるなんて!!

 チョコちゃん!!あたしを成長させてくれてありがとう!!


 …きっと…チョコちゃん、自信がなかったんだ…

 そりゃ、分かるよ…

 誰が、自分の夢のサポートだけのために留学するかっての。

 それに、婚約まで。

 …不安だよね…


 ガッくん…

 しっかりしなよー!!

 婚約者を不安にさせて、どうすんのよーー!!



「…善隆。」


「ん?」


 善隆の腕に抱きつくようにして。


「あたしの事、どれぐらい好き?」


 目を見つめて言うと。


「……何に例えて言えばいいのか…」


 善隆は、足を止めてまで悩み始めた。


「じゃあ、あたしのどこが好き?」


 あたしが質問を変えると。


「いつも一生懸命な所かな。」


 善隆は、即答した。


「…一生懸命かな…あたし。」


「うん。違う?」


「どこを見て思うの?」


「今日だって、すごく可愛い…」


「…これは、自然にそうなっちゃうのにっ。」


 あたしが唇を尖らせると。


「俺のために頑張ってくれたって思うと…すごく嬉しいし…俺も好美に応えたいって思うんだよね。」


 善隆は…優しい笑顔。


 …そうだった。

 この人、緊張すると、どもるクセあったのに…

 最近、あまりない。

 それに…

 最初は顔が好きだなって思ったけど…

 途中から、弱っちい所も可愛いなって思うようになって…

 だけど今は…

 この優しい顔…


 うん…

 やっぱ、みんなの王寺くんって言われてただけある…

 顔、いいわ…

 おまけに、セックスも…上手くなってくれたし…

 うん…

 文句ない!!



「あたしね…」


「うん。」


「このあいだまで、好きな人がいたの…」


「えっ…」


 善隆は、さーっと血の気が引いた顔になって。


「だ…誰…」


 消え入りそうな声で、言った。

 …あたしの一言で、浮いたり沈んだり。

 善隆…本当…愛しいな。


「も…もしかして…あいつか?あいつの事…」


 善隆の言ってる「あいつ」は、たぶん映ちゃん。


 ふふっ。

 オロオロしちゃって…。


 チョコちゃん、ごめんね。

 奪えなくて。

 奪えないよ。

 あたしには、もう…こんなに大事な人が出来ちゃったんだもん。



「片桐拓人。」


「な…なんだ…俳優か~…」


「あら、安心するの?あたし、業界人に会うなんて、簡単よ?」


「ダメ。絶対会わせない。」


 善隆が、あたしの腰に手を回す。

 人前でこんな事、できない人だったのに。

 ふふっ…


 チョコちゃん。

 チョコちゃんが思うよりずっと、ガッくんはチョコちゃんを好きだよ。

 自信持って。


 って…

 言わないけどさ。



 チョコちゃんが自信持って、そして…

 幸せになれるといいな…。



 地味とか、こけしみたいとか…

 存在感ないとか、思ってごめん。

 近くで見たら、思ったより可愛かった。

 オシャレしたら…もっと可愛くなっちゃうだろうな…



 …完全に吹っ切らせてくれて…


 ありがと。


 これ、すごく大きい。

 あたしの、最大級の…



 ありがと。



 * * *

 〇ガク


 今日、来るから。って約束したのに…

 早乙女家に来ると、チョコはいなかった。

 出掛けたいと言う園ちゃんに頼まれて。

 俺は、留守番をする事に。

 て言うか、チョコの部屋に入ったものの…



「…全然荷造りしてねーじゃん…」


 俺は腕組みをして、唸った。

 あいつ、行く気あんのか?


 しばらく待ってると…


 ガチャ。


 ドアが開いて。


「…えっ…ガッくん……なんで…?」


 チョコは驚いて…持ってた布地をバサバサと床に落とした。


「なんでって…約束してただろ?」


「……」


「なんだよ。何かあったのか?」


「…ううん…いつ来たの?」


「30分ぐらい前かな。」


「…今日、誰かに会った?」


「あ?ああ…来る前にコノに会ったけど…それが?」


 床に散らばった布地を拾う。


「それよりおまえ、全然荷造りしてねーじゃん。」


「…ガッくん、本当に…いいのかな…って思って…」


「…は?」


「…あたしなんかと…婚約とか…留学とか…」


「……」


「何だか…不安になっちゃったの…」


「……」


 これはー…

 留学前の緊張から来る、情緒不安定なのか…

 それとも…いきなり婚約なんかしたから…

 マリッジブルー?


 いや、待て。

 不安になった…って事は。

 俺に対して、不信感がある。

 不満がある。

 そんな感じか?



「チョコ。」


「…ん?」


「ここ、座って。」


 ベッドに座って、隣をポンポンとする。

 …さっきから…チョコは、俺の顔を見ない。

 何か…やましい事でも?



「…トントン拍子に話は進んだけどさ…俺ら、なんか…ちゃんと話してないよなと思って。」


「…何を…?」


 隣に座ったチョコは、フローリングの床を見たまま。


「チョコ、好きな奴いるだろ。」


「……どうして、そう思うの?」


「どうしてかな。何となく。」


 本当は…あの時、気付いた。

 コノと映ちゃんのキスシーン。

 あれを見た途端…チョコの様子はおかしくなった。



「…俺、ここ何年か…ずっと好きな子がいたんだけど…」


「……」


「今は、チョコの事、好きだから。」


「…え?」


 チョコはまるで『意外』と言った顔で俺を見た。


「…いや…好きじゃないと、婚約しようなんて言わないし。」


「……」


「俺、たぶんチョコの好きな奴には敵わないと思う。」


「…何それ…」


「チョコが好きになる奴だからさ…たぶん、すげー奴だよ。」


「……」


「でも、一緒に行くって決めてくれたんだから…頼む。」


 俺はチョコに向き合って、頭を下げる。


「…何?どうしたの…」


「そいつの事は忘れて、俺を好きになってくれ。」


「……」


「俺、こんな風に…自然体でいられる恋愛…初めてなんだ。」


「……」


「幸せにする…って、今はまだ約束できないけどさ…ゆっくり…一緒に楽しんで生きていけたらいいのかなって思うんだよな…」


 チョコはずっと無言だった。

 まだ映ちゃんの事好きなのかな…

 もしかしたら、俺の告白で留学も婚約もやめる…とか言うのかな…



「…ガッくん…」


 チョコが、拾い集めた布地を広げたり畳んだりしながら、言った。


「ん?」


「あたしの好きな人には、かなわないって思う?」


「…うん。」


「その相手が誰か…知ってて言ってるの?」


「…たぶん…」


 映ちゃん…だよな?

 口に出しかけて、やめる。

 うん…

 言うと、俺がへこたれそうだ。


 俺が伏し目がちになって黙ると…



「あたしの好きな人…」


「……」


「…ガッくんだよ?」


「………え?」


 チョコは真っ赤になって下唇をキュッと噛んで。


「…好きな人…いたけど…」


「……」


「…ガッくんが、忘れさせてくれたから…」


「……」


 …なんだ…

 なんだ。


「…じゃ、俺らって…ちゃんと両想い…?」


「…うん…」


 つい…照れてしまって。

 頬をポリポリかいてしまう。


 今まで、色んな女と付き合って…

 やっとの思いでコノから卒業して…

 だけど女には慣れてるはずの俺が…


「…緊張するなー…」


 チョコの手を、取る。


「…ん?」


「…あらためて、チョコ…俺と結婚してくれる?」


 チョコの目を見て言うと。


「…本当に、あたしでいいの?」


 チョコは…涙目。


「チョコこそ…俺でいいのかよ。」


「…ガッくんがいい…」


「俺も、チョコがいい。」


 ゆっくり、引き寄せてキスをした。

 そして…ポケットから…


「これ、バイト代で買ったんだけど…安物でごめん。」


 チョコの指に、指輪をはめた。

 チョコは、ポロポロと涙を流しながらそれを見て。


「…ありがとう…すごく嬉しい…」


 そう言った。

 そして…


「お願いがあるの…」


 チョコの希望に応えて…

 その後、早乙女の本家に行って、チョコのおばあさんに会った。

 挨拶が遅れた事を謝ると、おばあさんはチョコが幸せそうな顔をしてるだけで、俺に感謝してると言ってくれた。


 それから…桐生院に行って、さくらばあちゃんに報告した。

 まるでチョコと友達みたいになってたばあちゃんは。


「嬉しい!!チョコちゃん、おめでとう!!」


 チョコと抱き合って…二人で泣いて笑った。

 なんか…

 早速身内みたいで…嬉しくなった。


 若い俺達は、きっと躓いたり行き詰ったりするんだろうけど。



「ガッくん、荷造り手伝ってくれる?」


「じゃあ、下着を中心に…」


「バカっ!!」



 チョコとなら…

 それもまた、いいかな。なんて思える。


 だけど…頑張れよ、俺。

 だって、チョコは。

 誰よりも歩くから。


 遅れをとらないように…

 俺も、歩いて行かなきゃな。



 夢なんて、ハッキリしてなくても。

 誰かのために、それが生まれる事だってある。



 俺の夢は、一人じゃ作れない物。

 見付けられた俺は、ラッキーかもしれない。



 チョコ。


 夢のなかった俺に…夢をくれて…



 サンキュ。




 これから、ずっと、ずっと…




 よろしくな。






 25th 完

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いつか出逢ったあなた 25th ヒカリ @gogohikari

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