いつか出逢ったあなた 25th

ヒカリ

第1話 あたしの名前は朝霧好美。

 〇コノ

 

 あたしの名前は朝霧あさぎり好美このみ


 今は、幸せ絶頂だけど。

 これは…

 あたしが15歳の時のお話。



 桜花の中等部三年。

 友人は、浅香あさか おとと、島沢しまざわ佳苗かなえ

 親同士も仲が良くて、あたし達の関係も…すこぶる、いい。

 …だけど。


 あたしは、コンプレックスの塊だ。



 女にしては高い身長。

 同じく長身のおとは、なんでこうも違うんだろう?ってぐらい…美人だ。

 あたしは…

 ブスなわけじゃないけど、音みたいな華やかさがない。

 同じようにしてても、なぜかあたしは影になる。

 まあ…別にそれでもいいんだけどさ…

 音の事は好きだし、時々ムッと来る事があっても…何となくやり過ごせるし。


 佳苗については…

 女優をしているだけあって、多少地味目ではあっても…文句なしに可愛い。

 あたしや音とは、まったく違うタイプ。

 あたしが男なら、三人の中からなら間違いなく佳苗を選ぶ。

 甲斐甲斐しくて、控えめで、女の子らしくて…

 太刀打ちできない。



 あたしの父親は、SHE'S-HE'Sってバンドでドラマーをしてる朝霧あさぎり光史こうし

 これがまた…

 娘のあたしが言うのも何だけど…

 …カッコいいおっさんなんだな。

 カッコいいし優しいし…時々厳しくされると、もっと叱って!!って思っちゃうぐらいギャップに萌えちゃうし…

 父さんみたいな男を捕まえた母さんが、本気で羨ましい。

 …なんて、口が裂けても言えないけど。


 そして、兄弟は…

 怒涛の三人年子。

 上の兄の希世きよちゃんは、DEEBEEってバンドでドラム叩いてる。

 もろに、父さんの影響。

 小さな頃から『絶対父さんみたいなドラマーになる!!』って言ってたもんね…

 背格好も似てるし…

 女の子に大人気。

 うん。

 モテるだろうね。

 妹のあたしでも、そりゃ分かるよ。



 で、下の兄の沙都さとちゃんは…

 DANGERってバンドでベース弾いてる。

 元々、沙都ちゃんはギタリストだった。

 それは、おじいちゃんの影響。

 世界のDeep Redと言われたバンドのギタリストだった、朝霧あさぎり真音まのん

 それが、あたし達のおじいちゃん。

 いまだに関西弁で、あけすけとしてて、おじいちゃん。なんて呼ぶのが似合わないぐらいカッコいい。

 そんなおじいちゃんの影響で、沙都ちゃんは小さな頃からギターを弾いてた。

 でも…


「朝霧家にはベーシストがいないからなあ」


 なんて…

 ベーシストに転向した。


 そんな沙都ちゃんは。

 ハーフの母さんの血を濃く継いで。

 クォーターだけど、ハーフみたいな顔立ち。

 背は朝霧家で一番高い。

 もちろん…女の子に大人気。

 あたしも、何度同級生の女子たちに写真をせがまれた事か…


 だけど、沙都ちゃんは…あまり女の子に興味がない。

 もう、特定の人がいるからなんだろうけど。

 …いいな。

 特別な誰かがいるって。

 この人じゃないと…って誰かに、あたしはまだ出会ってない。



「はあ…」


 何の溜息かって聞かれても、上手く答えられないけど。

 15歳のあたしは…

 何かに飢えてた。


 …それって…

 たぶん…



 好奇心を満たす、何か。



 だよね。



 * * *



「コノー、帰るよー。」


 音と佳苗が教室の入り口で待ってる。

 でも…


「うーん…ちょっと先行っててー。」


 あたしは、机の中に探し物をしてるフリをして、そう言った。


「何か探し物?手伝おうか?」


 優しい佳苗がそう言って近寄って来たけど。


「ああああ、いいいい!!あたし、ちょっと先生に呼ばれてたりもするから、先帰って。」


 別に、呼ばれてもないんだけど。

 ちょっと…今日は一緒に帰りたくなかった。

 …て言うのも…


 お昼休みに…トイレで聞いてしまった。



「B組の松野君が、浅香さんに告白するらしいよ。」


「えっ!?松野君が~!?あー…ショック…」


「その情報何?どこで仕入れたの?」


「松野君が、『宣言しないとくじけそうだから言う!今日告白する!』って教室で言ったらしいわ。」


「いつ告白するの?」


「放課後。靴箱出た所のクスノキの前で待ち伏せるって。」


「きゃ~!!あたし、見に行こっと!!」


「……」



 あたしはその会話を、トイレの個室の中で聞いていた。


 B組の松野君。

 ちょっと、カッコいいなって思ってた。


 確か…その前の世良君も、その前の渋川君も…

 あたしが『カッコいいな』って思う人は、なぜかみんな音の事が好き。


 …音の事、あたしだって…好きなんだよ。

 だけどさ…

 双子みたいって言われたりする割に…モテるのはダントツに音。

 そんなので音の事は嫌いにならないけど…

 あたしのコンプレックスは、大きくなるばかり。


 …どうしたら…自信が持てるのかなあ…


 身長と態度は大きいから、いつでも自信満々に見られちゃうあたし。

 でも、音みたいにキラキラできないのは…自信がないからだと思う。

 音はほんっとに前向きで、カッコいい。

 あたしに…

 音の100分の一でもいいから…自信が持てればなあ…



「きゃあっ!!」


 教室にいても、その悲鳴は聞こえた。

 きっと今…松野君が告白したに違いない。


 あたしは小さく溜息をついてカバンを持つと。

 裏口からでも帰ろう…と、こっそり靴箱に向かった。


 クスノキの前に、人だかりはなかった。

 あっと言う間にOKしたか、軽くあしらったか…

 音は、三年生になって二ヶ月…すでに六人振っている。

 彼氏は…今はいない。


 裏口から外に出て、いつもより遠回りになるけど…とぼとぼと人通りのない道を歩く。


 あーあ…

 つまんないの…

 何か楽しい事ないかな…


 自分の爪先を見ながら歩いてると…



「うわっ!!」


「きゃっ!!」


 ガシャン


「あいたた…」


「いったぁ…」


 自転車に、ぶつかった。


「…怪我、なかったか?」


 自転車を起こしながら、手を差し出された。


「っ…」


 起き上がろうとしたけど…足首をひねったみたい…


「あー…左の膝、血が出てるな。」


 そう言われて膝を見ると…ほんとだ!!血が出てる!!

 こんな目立つ所怪我するなんてー!!最悪!!


 あたしがガックリしてると、その逆光でよく顔が見えない人は…


「ほら、後ろ乗れ。」


 起こした自転車の荷台を叩いた。


「え?」


「早く。」


「あっ…は、はい…」


 そうしてあたしは…その人の自転車の後ろに乗って…

 辿り着いたのは。



『二階堂』



 父さんのバンドでギター弾いてる、二階堂陸さんちだった。






「誰かと思っちゃった。」


「俺はすぐコノだって分かったけどな。」


 二階堂家のリビング。

 あたしは、ガッくんの手を借りてソファーに座った。


 ガッくん。

 二階堂にかいどう がくくん。

 沙都さとちゃんと同じ歳の、桜花高等部一年生。

 SHE'S-HE'Sでギタリストをしている、クォーターのお父さんの血を濃く受け継いで…カッコいい。

 うちなんか、ハーフの母さんの血を継いだのは沙都ちゃんだけ。

 あたしと希世ちゃんはクォーターのクの字もない。

 どこから見ても日本人。


 だけど、ガッくんは…

 緩くパーマ(天パかな?)がかったような、ミルクティーみたいな色の髪の毛。

 目の色も…灰色に近い茶色…

 何なら、クォーターであるお父さんよりも、外人ぽい。


 だけど、このガッくん。

 これだけの風貌を持ってるのに…あまり目立たない。

 て言うのも…

 身長が、あまり高くないから。


 うん…

 だって…

 あたしより小さい…

 165ぐらい?


 まあ…まだ伸びる要素はあるよね。

 お父さん、180ぐらいある人だし…


 ガッくんのお姉さんの紅美さんは、沙都ちゃんと一緒にバンドをしてる人で。

 あたしより、ちょい高い175cmぐらいの身長。

 宝塚みたいでカッコいい。

 いつも、女の子に囲まれてる感じ。

 …うちの沙都ちゃんの、想い人…て言うか…

 彼女…?

 うーん…どうなんだろ…


 ただ…

 沙都ちゃん…紅美さんとじゃないと…

 その…

 た…たたない…って。



「いっ!!」


 ギュッと足首を押さえられて、悲鳴を上げた。


「痛いよーっ!!もう!!」


 バシン!!と、ガッくんの肩を叩く。


「あははは。悪い悪い。そんなに痛いのかよ。腫れてないぜ?」


 ガッくんは、あたしの左足の靴下を脱がして…

 くるぶしを優しく撫でて…


「……」


 …や…やだな…

 何だろ…これ…


「こっちが先だな。どうする?シャワーで洗うか?」


 そう言って、ガッくんはあたしの膝を指差した。


「え…消毒だけでいい…かな?」


「その前に洗った方が良くない?」


 良くない?って言われると…

 そうなのかな?って思っちゃうけど…


「でも、足痛いから…歩くのやだな。」


「何だよ、大げさだな。抱えてってやろうか?」


 そう言って、ガッくんは、あたしの膝の下に手を入れようとした。


「いっ!!いい!!そんな、歩く!!」


「そっか?」


 ゴクン。


 つい…生唾飲んじゃった…

 だって。

 近くで見ると…ガッくん、本当に…

 男前。


 小さい頃は、よく家族会で会ってたけど…

 あたし、ここ数年参加してないからな…

 久しぶりに会うと、みんな成長してるもんなんだなあ…

 特に…

 男子は…。



 ひょこひょこと歩いてバスルームに向かう。

 ガッくんは、あたしの後をついて来て。


「ほら、肩に掴まれよ。」


 制服の袖、腕まくりして言ってくれた。


「う…うん…」


「スカート、もうちょい上げて。」


「う…うん…」


「ゆるま湯な。」


「う…うん…」


 何の緊張か分かんないんだけど…変な緊張で、あたしはずっと同じ返事。

 やがて、左膝にお湯がかかって…


「傷口は避けて、少し擦るぞ。」


 ガッくんが…優しく、あたしの膝を擦った。


「……」


 たぶん…転んだ時に擦りむいて、意外と出てしまった血は…思ったよりも…広範囲だったのかもしれないけど…

 ガッくんが…膝の裏とか…太腿に近い所まで…優しく触るから…


「あっ……」


 うわ!!

 あたしバカ!!

 つい…変な声出しちゃったー!!

 ガッくん…気付いてない!?

 気付かないで!!


「……」


「……」


 き…気持ち悪いぐらい…

 ドキドキしちゃってる。

 ガッくんも…何も言わないし…

 て言うか…

 血…

 もう、落ちてなくない…?


 恐る恐る、自分の膝を覗き込む。


「…もう…いいよ…?」


 小さい声でそう言うと。

 ガッくんは無言でシャワーを止めて…


「えっ…」


 あたしの傷口を…舐め始めた…!!


「なっななななななな…」


 あたしが慌ててるのもお構いなし。

 ガッくんは、あたしの傷口から…膝の周り…裏まで…

 ゆっくり、ついばむようにキスしたり…舐めたり…


「…あっ…は…はっ…」


 や…やだ!!

 あたし、何変な声出してんの!?

 でも…

 出したくないのに…出ちゃうー!!


「…んっ…」


 手が…太腿に伸びて…

 内腿を、ゆっくり…触られて…

 なんて言うか…本当に、なんて言うか…

 腰が…ガクガクしてきちゃって…

 壁に手を当てて、立ってるのがやっと…


「あっ…んっ…ダメ…ガッく…」


 拒否するのも…名前呼ぶのも…精一杯…


「ダメか。残念。」


 あたしの声を聞いたガッくんは、そう言って唇を離して。


「あっち戻ろう。」


 タオルであたしの足を丁寧に拭いた。


「…えっ…?」


「包帯じゃ大げさだな。でも、バンソーコーも嫌だろ?」


「……」


 肩を借りて、ひょこひょこと歩きながら。

 あたしは…何か…騙されたような気分になっていた。


「消毒…消毒…と…」


 ガッくんはあたしを座らせると。


「よし。かけるぞ。痛くても泣くな?」


 そう言って、消毒液を…


「ひゃっ!!」


「あははは。変な声。」


 思ったより冷たかったのと、泡が出てビックリして。

 変な声を出してしまった。


「何も貼らずに乾かした方がいいかな。」


 ガッくんは独り言みたいに言って、救急箱を片付けた。

 一応…足首には、湿布してくれた。



「…あの。」


 あたしは、思い切って問いかける。


「ん?」


「…さっきの…何?」


「さっきの?」


「足…舐めたの…」


「ああ…」


 ガッくんは何でもないみたいな顔をして。


「目の前に美味そうな足があったら、舐めるだろ普通。」


 さらっと、そう言った。


 舐めるだろ普通…

 …いやいやいやいや!!

 舐めないって!!

 …て言うか…

 美味しそうな足…?



「…あたしの足、美味しそうだった?」


「ああ。」


「…ガッくん…いつもそうやって、誰かと?」


「彼女がいる時は、彼女しかやんないよ。」


「…じゃ、今は彼女いないんだ。」


「うん。先月別れた。」


「……」


 あたしは…まだ、経験がない。

 佳苗もまだだろうけど…佳苗には許嫁がいるから、いずれは経験する。

 音は…

 もう、数えきれないほど経験してるはず。



「…ガッくん…」


「ん?」


「…さっきの続き、してくれない?」


「は?」


「あたし…その…まだ経験ないんだけど…」


「……」


「…さっきの…気持ち良かったから…」


「……」


 ガッくんは首を傾げて、あたしを見下ろしてる。

 ちょっと色々考えてる風でもあった。



「…俺、コノに特別な感情ないよ?」


「あたしも、特にないけど。」


「後腐れなく、ってやつでいいわけ?」


「それ、願ったりかなったりかも。」


「…沙都の妹か…」


「でも、沙都ちゃんは紅美さんと…」


「…だよな。」


 急に開き直ったのか。

 ガッくんは。


「じゃ、気が変わらないうちに。」


 そう言って…まずは…


「キスした事は?」


 あたしを、ソファーに押し倒した。



「な…い………」


 んー………

 腕を取られたまま…ソファーに倒されて…

 別に、誰に見られてるわけでもないんだけど…

 自分のファーストキスが、万歳してるみたいなポーズだと思うと…

 ちょ…

 ちょっと…恥ずかしいんだけど…

 ガッくんの、きれいな顔が至近距離に…


「……」


 ゆっくり、目を閉じた。

 すると、ゆっくりと…唇に…生暖かい感触…

 これがー…

 キス…か。


 こ…

 これは…

 ……とろけるほど、気持ちがいい。


 やだな。

 キスって、こんなに気持ちいいの?

 それとも、ガッくんが上手いの?


 唇を合わせるだけのキスが、だんだん…上唇を甘噛みされたり…

 舌が少しだけ…入って来たり…

 あたしが、どうしたらいいか分からないでいると…


「…可愛いな、コノ。」


 耳を噛まれながら言われて…


「あっ…」


 つい…声が出た。

 や…ヤバいよ…ガッくん…

 あたし、なんか…体の中が…もぞもぞしちゃって…

 首筋にキスされて…ガッくんの左手は…制服の上からあたしの胸を触ってる。

 …って…ここで…やっちゃうの?

 家の人…誰も帰って来ないの…?



「はっ…」


 もう、恥ずかしいとかって気持ちがなくなって来た。

 とにかく、キスと…触られてるだけで気持ちいいなんて…

 すごい!!

 ガッくん、もしかしてプロ!?

 経験のないあたしが、これだけ気持ちいいって…

 いや、もしかしたら、経験がないから…何されても気持ちいいとか?

 そんなのどうでもいいけど…

 とにかく…

 ガッくん!!

 あたしを天国に連れてって!!



 ♪♪♪


 ふいに、アラームが鳴って。


「あ、悪い。時間だ。」


 ガッくんが…起き上った。


「…時間?」


「家教。」


「…家庭教師が…来るの?」


「バイト。俺が家教に行ってんの。」


 あたしはソファーに寝そべったまま。

 快感の途中にお預けをくらった無念さに、打ちひしがれていた。


「何だよ、その顔。」


 ガッくんが笑うほど、あたしの顔は無念さに溢れていたらしい。


「…気持ち良かったから…」


「…おまえ、いい体してんな。」


 ガッくんが、横になったままの…あたしの胸に視線を置いて言った。


「マジ惜しいけど、続きは今度。ここじゃ無理だったし。」


「そ…そうだよね…」


「あさって、私服持って来いよ。」


「…え?」


「制服じゃ入りにくいから。」


「…どこへ?」


「ラブホ。」



 経験のないあたしに。

 素敵な先生がついた。

 背は少し低いけど。

 頭が良くて、顔が良くて、ちょっとお金持ち。



「…分かった。」


 あさって。

 あたしは…


 バージンを捨てる。

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