最終話 あとはご想像におまかせを……
夕飯を終えて部屋に戻った私はベッドにうつ伏せに倒れ込んで今日の出来事を思い出して……バタバタしていた。
「う~~~~~あ~~~~~~~」
今日は一日、流れとしては普通に学校に行って普通に授業を受けて、普通に帰って来ただけなのに……その全てに『彼氏』がいるという事実だけで全然違うモノに変貌していた。
それに不快なモノは一つも無い……あるのは恥ずかしさとそれを上回る嬉しさ。
嬉し恥ずかしなんて言葉を聞いた事があるけど、まさに今の自分がそんな状態なんだと実感する。
ハッキリ言って今の私は今までの人生において最もバカになっていると思う。
浮かれすぎている自覚もある。
昔から一緒で、昔から大好きだった男の子が告白してくれた……私が彼の彼女になったんだと思うだけで、私はひたすらに頭悪く事あるごとに彼とくっついていた。
朝は手を繋いで登校、途中から腕を組んで密着したらちょっとエッチな目になる彼に嬉しくなり……お昼は手作り弁当を一緒に、おふざけであ~んまでして……放課後はクラスが一緒なんだから同時に出れば良いのにワザワザ校門で待ち合わせをして一緒に帰宅……と。
不意にスマフォのラインが入っている事に気が付いて開いてみると……親友二人から揶揄いのお言葉が……。
『このバカップルめ!』
『初日からイチャ付き過ぎですよ?』
うん……私はもうダメです、終わってます。
世の中的にウザイと言われるバカップルそのものに堕ちてしまっています。
カグちゃん、カムちょん……貴女方の言う通り、私はそんな女だったようです。
「でも……仕方ないじゃない」
最近になって私は夢次君とあまりスマフォでのやり取りをしない事に気が付いた。
何となく彼とのやり取りをスクロールした時、すぐに出て来たのが私が彼に夢について問い詰めた時のものだったから。
疎遠を解消してから今まで……あれ程色々とあったのにこんなに少ない理由は分かっている。
単純に私はそれほど今まで彼と一緒にいたのだ。
現実であれ夢の中であれ……。
だからなのか、疎遠解消からここまでの付き合いで私はすっかり夢次君へのかまってちゃんになってしまっていたようだ。
屋根伝いに部屋を行き来できる距離も手伝って、私は会いたい時に夢次君に会えてしまうから堪え性もドンドン無くなる……。
そして遂に恋人同士になれた事で完全に燃え上がってしまったのよね……。
そう思うと私の中のおバカは再びうずき始める。
夢次君は今何しているのかな~~~寂しいな~~~~~会いたいな~~~~と。
自分でも分かっている……数時間前まで一緒だったろ?
バカじゃないの? 束縛系のヤバイ彼女になって行ってないか自分? と。
チラリとカーテンを少し開いて隣りの家の窓、夢次君の部屋をのぞいてみると、部屋の明かりは既に落とされていて……彼はもう寝ているようだ。
「今日からしばらくはお預けなんだよね……」
ここ最近はずっと夢の中まで一緒だった事を考えると、危ない自分の考え方も仕方ないのかな? と自己弁護してしまう。
帰り道で夢次君が提案して来たのは『しばらくの間、『夢の本』の使用は控えないか?』という事。
その理由は……何とも彼らしい、私の事を想ってくれての事だったから反論は出来なかったけど…………やっぱり思わずにはいられない。
「私は何時でも良いけど……」
不意に口から漏れたはしたない言葉に私は思わずハッとして口を抑える。
いけないいけない…………ダメよ天音、本当に今の私はダメだ……これではおバカどころか色ボケじゃないか……。
「でも……今まで朝まで一緒だったのに、急に一人で眠るのは……」
その発想自体がもう末期なんだろうけど、それでも抑えきれない私は……もう深夜で向こうの部屋の明かりも消えているのを分かった上で……。
*
『夢の本』の使用をしばらく控える……それは俺が自身に課した一つの枷。
そんな感じで言えば人生最大の決断をしたようにも思えるけど、実はその考えに至った理由は何ともバカみたいなモノなのだ。
俺たちは週末の小旅行で晴れて恋人同士になれた。
その事は超嬉しい出来事だし、告白をした自分をここまで素直に褒めてやりたい気分になれた事もなかったと思う。
ただ……恋人という『明晰夢』の俺たちの関係性に微妙に近い人間関係になった事で、俺の中である種の不安が生まれたのだ。
それは現実と夢の境目があいまいになっている事……。
今まではあくまでも夢は夢として割り切っていたけど、関係性が近くなった事で俺は自分の判断力が心から信じられなくなっていた。
これは完全なる俺自身のやらかし……。
今となれば俺の天音に対する執着は行き過ぎていて、夢の中では『夫婦』という関係の天音に、告白前から色んな事をしてしまっていた。
そのこと自体はもうどうしようもないし、恋人になった今天音も受入れてくれている……そこまではいい。
問題なのは、このままでは俺は夢の延長上で天音の事を抱いてしまいそうな危機感があるのだ!
……バカバカしいと思うなかれ、俺は今までに何度かそのやらかしをしかけている。
『夢幻界牢』の事件では神楽さんの介入が無ければどうなっていた事か……。
もう自惚れでも無くそうなったとしても天音だって嫌がる事は無いだろうけど……やっぱりそう言うのはちゃんとしたいじゃないか!
……色々と言葉を重ねてはいるけど、結局の結論は“現実でエッチするまでお預け”としただけなのだがな。
ただ朝方にスズ姉にお守りの購入を厳命されてから、自分の今の危うさを鑑みると……そうせざるを得なかった。
毎晩『明晰夢』で遊ぶのを楽しみにしている天音に我慢してもらうのも気が引けたが……その辺の折り合いはちゃんとしないと……。
「……早いけど、今日はもう寝るか」
そう言えば最近夢の中だけじゃなく寝る前も天音と一緒が多かったな~って思いつつ、俺は久しぶりに『夢の本』とは関係なしに眠りに付く事にした。
・
・
・
「…………む?」
ふと目が覚めた時……未だに日は登っていない暗闇の中、目覚まし時計の蓄光で見えた時間は大体午前2時?
まだまだ深夜と言える時間帯なのに……俺はそう思いつつ、横たわる自分の隣から何やら気になる感触と“寝息”の存在がある事に気が付いた。
「く~~~~、く~~~~~」
「…………」
何かがいる……そう思った瞬間にある種の期待してしまった俺だったが、隣を見てみるとそこにいたのは闇夜の中でも間違えようのない愛らしく愛おしい幼馴染の寝顔。
そこにいるだけで俺の全てを幸福にしてくれる人が何の前触れもなく、寝ている。
「……う……え~~~~っと?」
若干寝ぼけた頭で俺が思った事はただ一つ……コレが夢なのか現実なのか? だった。
『夢の本』を何度も使用して分かった事だが、あの本は結構な確率で無意識下に誤作動する事がある。
ぶっちゃけた話、本の使用を控えようとは言ったものの俺だって本音では『明晰夢』を何度だって見たい。
心の底でそう思っている心の弱さかはたまた油断と言えば良いのか、自分が今都合の良い夢を見ているんじゃないか? という疑いはどうしても生まれてしまう。
そう思って不意に自分の左手を見ると、薬指に輝くリング……そして眠る天音の左手を確認してみれば……やっぱりあるのは揃いの指輪。
「…………何だ、やっぱり夢か」
俺は夫婦の証である『結婚指輪』を互いが付けている事実に内心ホッと胸を撫で下ろした。
夢で何度も何度も経験した夫婦関係の決定的な証拠である指輪は、コレが夢であると言う判断基準……付けているという事は俺たちは今『夫婦関係』の役柄であって、コレは夢という事なのだろう。
「そうか……夢か……」
「く~~~~、く~~~~~」
「…………」
指輪と言う夢の証拠を見て安心した俺は……途端に隣で眠る天音の姿を見て……『このまま目覚めるのはもったいないんじゃ?』というダメな心の声が聞え始める。
ラフにTシャツと短パン姿だけど……規則正しく上下する胸元、安心したように眠るその顔を見ていると……堪らなくなってくる。
「まあ……ダイエットは明日からって言ってた偉い人もいるし……うん」
俺は一番ダメなタイプの言い訳を口にして……未だに眠り続ける天音を静かに抱き寄せて……実は告白のあの日から何度もリフレインしてはまた味わいたいと思い続けていた天音の唇をゆっくり、じっくりと味わい始める。
「ん……んん? ……!?」
「…………」
そして……まあそんな事をすれば当然天音も目を覚ます。
“夢の中で目を覚ます”とは妙な言い方だけど、元々の『明晰夢』の定義はこっちが正しいはずだ。
しかしキスで目を覚ますとか……やっている事が恋人同士でなければただの犯罪行為になってしまう。
だけどその辺はもう心配ない……何と言っても俺たちはもう付き合っていて、そしてコレは夢での出来事。
“どんなにリアリティがあっても”現実じゃない。
「ゆ、夢次君待って……んん!?」
「…………」
天音が何か言おうとしていたけど、俺はその言葉にかぶせるように彼女の唇を塞いでしまう。
何か重要な事を言おうとしているような気もするけど……まあいいか。
コレは夢……甘美で抗いがたい……一度はまり込むと抜け出す事が出来ない魔性の夢。
呼吸さえも怪しくなる程のディープキス…………やがて何かを諦めたように、天音の瞳が蕩けだす……。
「もう……しょうがないな~」
その言葉は合図…………特別な夜が始まる為の……。
終わりの無い夢が始まる為の……。
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