パンを買うだけの話
カノホワさんの趣味は執筆活動であるのだが、物語が思い浮かばないことがしょっちゅうある。
書きたくてもなにを書く題材がない。
悩んでいるカノホワさんは、ふとある提案を思いついた。
「そうだ、パンを食べよう」
カノホワさんはさっそく広告用紙の裏側に下のようなものを書いた。
マーガリン おじいちゃんを主要人物にいれる
ジャム 『今日』(誕生日花か花家紋や記念日)をネタにする
ハチミツ オレンジ色を物語のカギにする
シュガー 童女投入
ハム 超能力 または 非日常
チーズ 明るい性格とひねくれた性格を入れる
卵 和語を少なくとも三つ入れる
野菜 会話で説明は禁止
食パン ホラー色強めに
ロールパン 恋愛要素を散りばめたギャグ
パンを焼いている 具材の意味をできる限りあべこべにする
今日は休日、タイミングがいいことに姉妹が家にいる。
カノホワさんはさっそく、スマホをいじっている姉妹に、かなり遅い朝食を作ってくれと頼んだ。
「簡単なサンドイッチでもいいの?」
「もちろん」
姉妹は初めこそ嫌がっていたが、カノホワさんの熱心な懇願におされて、しぶしぶサンドイッチを作ってくれた。
姉妹が唯一ひとりで調理できる料理がサンドイッチ。パンに具材を挟むだけなので、普段料理の手伝いすら積極的でない姉妹の得意料理となった。
カノホワさんは姉妹が自分のために作ってくれるサンドイッチから、これから綴る物語を考えようと企んでいた。
わざわざそんな手間のかかることをしなくても、姉妹に直接ネタを提供してもらえばいいじゃないかと思う人もいるかもしれないが、カノホワさんは聞かないことにする。
サンドイッチを待っている間、カノホワさんはそうめんを茹でていた。交換条件で姉妹のごはんを作っている。
「姉妹はどんな本が好き?」
「あたし本読まない」
「…うん、知ってた。マンガすら見ないもんね」
「ところでさあ、あんこと納豆、どっちがいい」
「豆系はパスでいいかな。選択肢に入ってないよ」
「はあ?」
「元気が出そうなサンドイッチがいいな」
「難しい注文だね。うーん、じゃあ……ケチャップに辛子つけてもいい?」
「待って。ケチャップはその…刺激的かな。舌に優しい食材で頼むます」
「いちいちうるさいなあ」
麺を沸騰したお湯に泳がせているあいだ、カノホワさんは棚の中に残っていたパンをつまみ食いしていた。
乾燥したミニロールケーキ。
ジャリジャリしたクリームを挟んだ、日が経って固くなったパン。
同じタッパに入れていたせいでマヨネーズの匂いが移ったチョコチップパンの半分。
「ねえまだ?早くしないと残りパンでお腹いっぱいになっちゃう」
作ってもらっているのに、カノホワさんは偉そうだった。
「もうちょっとなんだよ我慢しろよ」
タイマーが鳴り、カノホワさんはそうめんをざるに移し、あらい始めた。
「とりあえず一個完成したけど、もっといる?」
「おお、ありが――」
サンドイッチを見て、カノホワさんは固まった。
焼いた食パンを折り曲げて、中に昨日の晩御飯のおかずだったイカフライが挟んであった。
カノホワさんは瞬時に釣りをしていた人が怪異現象に見舞われる話を思いついた。
「あと二つ、お願いします」
「そんなに食えるの?」
「昼ごはんに回すから」
「もうすぐ13時だけどな」
姉妹の協力のもと、犬の散歩をしていると必ず曲がり角で待ち伏せしている老人に恋するミステリーものと、童女の機嫌で空から青のりが降ってくる和風ファンタジーを書こうと思ったものの、盛り上がるシーンがない上に締めが見当たらない。よって、どれも没となってしまった。
「結局ただサンドイッチを食べるだけで終わってしまった」
「空腹を満たす目的でサンドイッチを作らせたんでしょ?」
カノホワさんの企みを知らない姉妹はつるつるとインスタントのお吸い物に浸かったそうめんを食べていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます