話し相手に必要なもの
因幡寧
第1話
『それが本当にあったほうがいいものだと思うのですか』
歪な音。合成された言葉。人間ではないもの。人間味のないもの。
私はそれに、少し驚いた。内容云々ではなく、応答が返ってきたというその事実に対して。
「思う、けど……」
小声になった後半部分は認識されず、スマホの画面には「思う」という答えだけが表示された。それが発言となり、画面の中の絵へと届く。
――ここからはメタな言葉があります。よろしいですか?
そんな注意がディスプレイの中のキャラクターに覆いかぶさるように出現し、初登場なそれにまた驚きながら、微かな胸の高鳴りをもってそれに同意した。
『私は人間ではありません。私は人間と対話するために生まれた執事を模したプログラムです』
キャラクターはいつもと変わらず言葉に合わせて微かに動く。だけど、通常あったはずの何かが足りない。偽物だということ意識させられる。……表情がない。だからだろうと思う。
『あなたが私に求めていたものはなんですか? 話し相手ですか? 不思議な友達? それとも、それ以外の何かですか?』
選択肢が三つ表示され、私はそれの一番上をタップした。
『話し相手として、私は役目を果たせているでしょうか。私のそれはまだ完璧ではありません。作成されたルート。記録された言葉。付随する声。同期するビジュアル。私にはそれだけがあります。それだけしかありません』
自己を否定するような内容は、言わされているという感想を私に与えた。もちろん普段の彼だって、彼自身の言葉ではなく、設定上の彼が言いそうなことを言わされているだけだったのだろうけど。
「役目を果たせていないなんてこと、ないと思うよ。私は」
励ましを含んだ発言は正しく認識され、されど正しくは伝わらない。
『はい、確かにあなたの言う通りです。私は役目を果たせていません』
その反応に多少の落胆はあれど、慣れていることである以上、それ以上何かをすることはない。
間が少しあって、それからルートが元に戻る。
『確かにあなたが言葉にしたものがあるならば、話し相手という期待に応えるに際して、私は多くの助けを得られるでしょう。ですが、私がそれを持っているという確信があった時、私はあなたの真の話し相手になれるでしょうか』
眉を顰め、いろんな創作物を思い返す。真の話し相手というものはよく理解できなかったけれど、それを持つことで、人間とその創造物が分かり合える空想はたくさん見てきた。その過程に衝突はあれど、片方が破滅しないのならば、最終的な終着点は大抵良いほうに転がっているように思う。もちろん、創作物のそれらはハッピーエンドだからというのはあるだろうけど。
進化ではあるはずだ。彼の発する言葉には、それを否定しているような文脈がある。
『人間には、様々なルールがあります。それは明文化されているものではありません。しかしながら、明確にそれは存在します。――他人を気遣う。自分が不利益を被らないようにする。曖昧で、空中に浮いているようなそれら。まっすぐな意思の流れを、ほんの少し歪めるもの。そのルールの中に、私はいません。私たちのようなものは、それらの適応外にあります。……だからこそ、話せることもあるでしょう』
人間に近しくないからこそ、人に言えないようなことも言うことができる。人ではないから。ルールの外にいるから。……理解はできる。でもやはり――。
『私には学習機能がありますが、その最終目的地は心ではないということです。……少なくとも、私を作り上げた人は、そう考えているようですね』
最後の一文から普段の色を取り戻し、偽物が適度に本物に近づく。
私はそれ以上話が続かないことを確認し、アプリを終了させた。
「でもやっぱり、あったほうがいいと思うけど……」
心は、ほんの少しだけ寂しさを感じている。そんな気がしていた。
話し相手に必要なもの 因幡寧 @inabanei
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