放課後の校舎裏

七荻マコト

放課後の校舎裏

「よく来たな御子柴さん」


「不良を校舎裏に呼び出すなんて、普通逆じゃない?風紀委員の春日君…」


 呆れるというよりは、楽しんでいる様子の御子柴が憎らしい。


「呼び出された理由は分かっているか?」


「さぁ?も、もしかして…」


 不良=校舎裏ときたら、決闘に他ならないだろうと御子柴も察したか。


「…愛の告白かな?」


「そう、愛のコクは…って、ちっが~~う!」


「ええ~、違うのぉ?」


 ニヤニヤする御子柴。


「ち、違う。そもそも何で呼び出されたと思っているんだ」


「え?今言ったじゃん?」


「いや、だから、それは、違う、ですヨ」


「何故片言っぽく言う」


「校舎裏ときたら決闘じゃないか。御子柴さんの、その校則違反を直して貰うために勝負だ」


 僕は息巻いて宣言した。


「ん~と、どの校則違反?何をどう直して欲しいのか言ってよ」


 まったく、自分がどれだけ校則違反を犯しているのか気付いていないのだろうか?


「いいだろう、沢山あるけど、一から指摘しようじゃないか」


 ビシッと指差して、


「まず、その腰まである長い金髪!」


「へへっ、綺麗でしょ?」


「そう、君に似合っていてきれ…って、ちっが~~う!」


「あはっ、本日二度目のノリ突っ込み」


 顔が赤くなってくるのが分かる。くそう調子に乗らせてなるものか。


「でも、綺麗って思ってくれてるんだ…ふふっ」


 おい、そこで嬉しそうに照れるな。こっちまで照れてしまうじゃないか。


「髪染めは校則で禁止されているんだ」


「それで黒く染めろと?」


「そうだ。そして次にその耳のピアス。それも校則で禁止されている」


「え~、どれどれ?」


 髪で隠しているつもりだろうけど、こっちは気付いているんだ。


「それ、ほら髪で隠れてる…」


「ちゃんと指で教えてよ、どれのこと?」


「ほら、その赤くて丸いピアスだよ」


「自分じゃ見えないよ。触って教えて」


「だから、これだって…」


 業を煮やして御子柴の髪を耳に掛ける。ほら、やっぱりあるじゃないか。

 僕はそっと耳たぶに触れる。や、柔らかい…。


「んっ、くすぐったいよ…春日君」


「わわっ、ご、ごめん!」


 慌てて手を外す。

 勢いとはいえ、自分が御子柴の頬に触れるように手を添え、耳たぶを触ってしまったことに周章狼狽する。


「いや、別に嫌じゃないよ?」


 そう言いながら上目遣いをやめろぉ。こっちの余裕がなくなるじゃないか。


「と、兎に角、そのピアスだよ!次にその短すぎるスカート!」


「短い方が可愛くない?」


「可愛いかどうかが問題なんじゃないんだ、校則で禁止されているんだよっ」


「ってかさ、春日君。私のことよく見てるね」


 頬をポリポリと掻く仕草で見上げてくる。


「そ、そんなに見てな…。そ、そう!校則違反しているから、目立つから、気になっちゃうんだよ。そ、そう!風紀委員として」


 くう、何言い訳に必死になっているんだ。これじゃまるで、御子柴の指摘が的を得ているみたいじゃないか。


「もう分かっただろ?上げればキリがないが、その校則違反を全て直して貰う!」


「必死だねぇ、何か意図を感じるなぁ」


 くっ、不良の癖にこういう嗅覚は鋭いんだな。


「でも勝負ってさ、どんな勝負するの?」


 ふう、良かった、ようやく勝負する気になったか。


「体力対決だと、男女で公平性に欠けるから、なにかゲームでいいよ。将棋だろうがトランプだろうがジャンルは御子柴さんに任せるよ。」


 そう言って、僕はあらかじめ用意していたトランプ、将棋盤、チェス盤、ウノなど色々取り揃えて詰め込んだ鞄を見せる。


「ぷぷっ、それだけ見たら、どんだけ私と遊びたがってるんだよって感じだね」


「う、うるさい!」


 御子柴さんは、鞄を覗きながら、


「ねぇ、ゲームは何でもいいの?」

「ああ」

「私が決めていいんだよね?」

「ああ、ハンデだ。なんでもいいぞ」

「じゃ、決めた!」


 御子柴さんは、徐に自分の鞄からポッキーを取り出した。小腹を満たしてから勝負するつもりか。

 箱からポッキーを1本取り出すと、咥えて突き出してくる。


「んっ」


 きょとんとしてる僕を見上げると、ポッキーを咥えたまま、


「ポッキーゲームで勝負よ」


 と、器用に喋った。


 え?


 へ?


 の?


 ど?

 どしえぇ~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!????????


 ま、マジで言ってるのかこの子は!

 く、くそう。流石不良なだけあって僕の思惑を斜め上に凌駕してきやがる。

 何度も確認して言質をとったのはこのためか。僕が恥ずかしがって出来ないと踏んでいるのだろう。


 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「い、いいだろう。その勝負受けて立ってやりょ…」

 動揺のあまり噛んでしまった…。


「いつでもどうぞ」


 御子柴は余裕たっぷりに咥えたポッキーを突き出してくる。

 ぼ、僕は、震える唇で反対側を咥えた。

 カリッ

 ポッキーを噛み進める音がやたら大きく聞こえる。

 カリッ

 それ以上に心臓の鼓動が思考を遮るほど鳴り響く。破裂してしまわないだろうか。

 カリッ

 御子柴は目を閉じることなくこちらを見つめている。澄んで潤んだ瞳が時々瞬きはするものの目は離さない。

 カリッ

 お互いの吐息が何度も触れる。僕だけじゃない、御子柴も熱を帯びたように頬が蒸気している。

 カリッ

 鼻が触れ合い、睫毛もぼやけて見えなくなるほど近づく。

 もう御子柴の柔らかそうな唇が目前だ。


 パキッ!


 僕は…僕は…耐えきれず折ってしまった。このヘタレ…。


「ふふっ、私の勝ちだね」


 紅葉を散らしたように真っ赤になっている御子柴は嬉しそうに勝鬨を上げた。


「く、くそう~~」


 御子柴以上に、茹蛸の様に真っ赤になってしまっている僕は大きく膝を折った。


「そう言えばさ、春日君はなんで急に勝負を持ち掛けてきたの?」


「そ、それは…御子柴さんの校則違反が目に余るからで…」


「そんなの前からずっとじゃん?」


「前から指摘しようと…」


「嘘。今更校則うんぬん言ってくるには理由があるはず」


 僕は押し黙る。


「例えば、素行不良の生徒が学校から処分されるって風紀委員に通達がきたから…とか?」


「え?知ってたのか…?」


「不良の情報網をなめんなよ~ふっふっふっ」


 彼女は得意気に笑みを浮かべる。


「よくて停学、悪ければ退学の一斉処分らしいじゃない?」


「そんなとこまで知ってるのか!」


 不良は勉強ができなくてもこういう立ち回りが得意なものなのだろうか。


「そして、春日君は決闘で私の校則違反を直して、処分の対象から私を外そうとした、なんでかな?」


 ニヤニヤと嬉しそうに僕の顔を覗き込んでくるので、まだ茹蛸状態の僕は顔を背ける。


「そこから導き出される答えは簡単。君は私のことが…」


「どわぁあ~~!!」

 いたたまれずにクルリと背を向ける。


「ふふっ」


 背後から楽しそうに微笑む声が聞こえてくる。


「ねぇ、春日君。普通勝負のルールってさ。勝者にご褒美があるものじゃない?」


「そ、そうだな」


「じぁさ、ご褒美上げるね」


 ん?言ってることが分からない。僕が敗者じゃないのか?


「実は私が最初から負けてるようなものなの。ほら、惚れた方が負けってよく言うじゃない?」


 硬直。


 え?


 ってことは…。

 御子柴は僕のことを…。


「髪も黒くするし、ピアスも外すし、制服も直すから。私と…」


 それから御子柴はポッキーのないポッキーゲームで僕にご褒美をくれた。

 ああ、やっぱり敵わないのは僕の方だ…と諦観した。

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