無法者
黒秋
飽き性の男と今回の仕事
古びた木造の家にその男はいた。
「ふーふんふふーんっと」
鼻歌を歌ってリラックスしながら
机の上に置かれた仕事道具の
手入れを行なっている。
「……はい飽きた」
夕陽を怪しく反射する それ の
手入れを途中で辞める。
そして辞めた直後に
木造に似合わぬ大きな機械の箱が動いた。
「お、来た」
室内に騒がしいアラーム音を鳴らす
その機械の受話器を手に取る。
「おう俺だぜ」
『俺だ、じゃねぇちゃんと
役職と名前を言えバカ野郎』
「へいへい。先週入った無敵戦士、
13部隊のムラクモでごぜぇます。おやすみ」
『永遠に眠らされてぇか』
「ははっまぁいいや、今日の仕事は?」
全く…と受話器越しの相手が
頭を抱えているのが分かる。
『前回説明したあの件を片付けてもらう』
「確か…マクリトって奴が
薬の取引するってやつだな?
場所は何処なんだ?」
『場所はコルキス山の麓にある飲み屋だ』
「あーやっぱあそこの飲み屋グルだったか…
んで何キロぐらいだった?」
『正確には分からんがトン単位かもしれん』
「はぁーっ!贅沢だなぁおい!
…だったら取引の相手が持ってる金もよぉ」
『それに見合った金額だろうな…
億は超えるだろう』
「そうかそうか…報酬は?」
『全額やろう』
「用意された金…全額をか?」
『あぁ、そこにある薄汚れた金は
条件を守れれば全部やろう。
今回の任務で重要なのは
バックの組織を突き止めることだ。
関係者三人…少なくとも一人は
生かしておけ、でないと報酬は無しだ。
いつもみたいに 皆殺し はやめとけ』
「わーかった。じゃあ今から張り込む」
『よし、ドローン監視を始める』
受話器を元の場所に戻し、
先程手入れした物を
腰のホルスターに装着する。
他に迷彩柄の缶一つと
長方形の箱二つ、それを動かすスイッチを
身体にくくり付ける。
そして葉巻に火をつけながら
腐って建て付けの悪い扉を蹴り開けた。
シートで覆われ、保護された
傷と汚れまみれのオフロードバイクに跨り、
指示された飲み屋へと
騒がしいエンジン音が進み始めた。
ーーー
『おいやつら来たぞ』
「見りゃ分かる」
ムラクモは砂漠のような野原に立つ
酒屋を遠くの小山に寝そべって
偵察していた。
夕陽が完全に沈んだ頃、
飲み屋の前にあからさまな
黒い高級車の車列が止まっていき、
そこから無数の人間が降りていく。
『見張りは…6人か』
「らしいな、すぐ片付ける」
腰に巻いていた外套を肉体を隠すように着て
ウエスタンそのままの両開きの木製ドアが
特徴的な飲み屋の入り口へと近づいていく。
「…おい止まれお前」
「なんですか?」
「今ここで大事なことやってんだ。
さっさとどっか行きな」
「そんなぁ…ワシ、酒を飲むために
3日も歩いてここに来たんですよ?
お願いしますよぉ。
ここの美味しい酒を売ってください」
「ここの店そんなに酒美味いか?
…いやそうじゃねぇ。
少なくともあと3時間は寄ってくるな、
こいつの餌食になりたくなきゃな」
酒屋を囲むように立つ見張りの男の一人が
ムラクモに向かって
手に持つ銃を自慢げに掲げて見せる。
「ほう、メガバンですな」
「お?この銃分かるのか?」
「確か最近発売されたロシエル社の品…
ヒト科学に基づいたパーツ設計で
持ちやすく扱いやすい
ロシエル社の最高傑作の短機関銃ですなぁ」
「おぉ…すげぇな…そうだよ、
個人的に気になってこの銃に買ったんだ。
…あ、そうじゃねぇ。
もうこの店の酒は諦めなジジイ。
代わりに安酒だけど俺のやるからよ」
男は腰に吊るしてあった
スチールの酒水筒を差し出した。
「…優しいんですなぁ」
「ま、銃の知識に免じてだ。
早くどっか行きなジジイ」
「よぉし気に入った、お前は生かす」
「へ?」
ムラクモの外套から飛び出した
不意打ちの喉突きによって、
「かひゅっ」と僅かな空気を吐きながら
男は意識が攻撃に反応する前に気を失った。
「…おい!ティム!
なにさっきからジジイと話してんだ!」
「話は終わったぜ」
ビスッ と小さく、鈍い音が鳴る。
ティムが失神したことに気づかず
近づいてくる見張り仲間に
ムラクモは先制攻撃を行った。
銃口に消音器が取り付けられた拳銃から
弾丸は放たれ、
その静かな一撃が次の言葉を喋る前に
言語機能を司る脳の部分もろとも破壊した。
消 音器という名前をとはいえ
音を完全に 消 せるわけでは無い。
漏れた少しの音は、陽気な音楽の流れる
飲み屋内部の人間にも聞こえただろう。
なので、音が銃声だと気づかれる前に、
やるべきことを終わらせる必要がある。
銃声が何となく気になって近づいてきた
見張りの者に対して、
ヒュウと口笛を吹いた後
正確な一撃をまたも叩き込む。
倒れた見張りに気づき、
どうした!?と反応を起こす者の
心臓部分を撃ち抜く。
身を低くし、闇に紛れて駆け
足音に気づかれる前に近づいて、
首後ろから頭蓋真上を撃ち抜く。
そして、こちらに気づいて
銃を構えかけた最後の見張りに対しては
ビスビスと心地よい音を鳴らした。
『よし、見張り対処完了だな』
「これより内部制圧の準備にとりかかる」
そう言いながらムラクモは
近くに転がる亡骸に手を伸ばした。
ーーー
「…何なんですかねこの音」
「んん…異常があったら
見張りの奴らが叫ぶ筈だが…
気になる音だ、ちょっと行ってこい」
中央に用意された豪華な椅子に座る
偉そうな、いや実際グループで一番偉い男が
隣にいた部下に外に向かえと指示をする。
だが、部下が歩き出したと同時に
扉が乱雑に蹴り開けられた。
「邪魔するぜ」
「な!?」
「テメェ…その顔!まさかムラクモか!?
裏社会出身で何人も殺してるくせに
政府に寝返ったとかいうイカレ野郎…!」
一斉に内部いる者達が
銃口を扉前の人間へと向ける。
「落ち着けよ、えっと…マクリトさん?
俺は政府に着いた覚えは無ぇ。
この服を見ろよ…仲間になりてぇんだ」
見張りの者と内部の者、
そのほとんどが身につけていた黒い上着を
動かして見せつける。
「服…?テメェ、誰から奪いやがった!?」
「奪ったなんて失礼だな。
貸してくれたんだよ。
…ほら、お近づきの印にこれ」
ムラクモは黒服の袖の下から
花束を取り出すような優雅さで
迷彩柄の缶を地面に落とした。
ムラクモの落とした物に
室内の全員が意識を奪われる中、
その兵器は起動した。
兵器から噴出される濃い煙が
ムラクモを包み、さらに室内全てを
みるみるうちに包み込む。
彼らの意識が対応を始めたのは
室内に煙が充満した後だった。
「野郎ッ!!スモーク炊きやがった!!
逃がすな!捕まえろ!!」
「あ、もう一つプレゼントだ」
一気に起こる喧騒の中にこっそりもう一つ、
扉から出て行こうとするムラクモから
プレゼント が投げ落とされる。
…少しして、部下の一人が扉の外に出る。
「ゴホッ!ゲホッ!あぁ…くそ!
どこいきやがっ
その者の言葉はそこで止まる。
後方、つまり飲み屋から起こった
爆風 を背中で受け、
衝撃によって吹き飛んだからであろう。
ーーー
「おう起きたか」
失神から目覚めた二人の黒服の男は
背中合わせの状態で縛られていた。
「「…っ!………っっ!」」
ムラクモは脚元の男達を見下ろし笑う。
口を封じられ、
身体をくくりつけられた二人は
状況を悟って目を閉じた。
「んーさて、この後は拷問タイムだろうな。
はっはー拷問厳しいだろうなぁー。
…だがまあ安心しろ、お前らはラッキーだ。
拷問は俺の権限でやらせねぇ!ははは!」
到底信じられなかったが、
反乱の声も出せないので二人は諦めた。
「おーい、ムラクモーッ!」
「え?指揮かーん、何してんのー?」
朝日が昇ると共に、
荒々しい轟音を鳴らしながら、
空を一機のヘリが駆けていた。
「しかしいいな…旧式のヘリじゃねぇか!」
「だろう?いいだろ?ロマン溢れてるだろ?
生き残りの二人を回収するついでに
自慢しに来たんだよ」
「はは、わざわざ来るとかバカだな」
「うるせぇ!いいだろ別に…
まあいい、約束だ、
ケースに入ってる金は全部お前のだ。
…次の仕事も頼んだぞ」
その後、スムーズ二人をヘリに引き渡した。
ヘリが激しい風圧を地に放ちながら
眩しい朝日に向かって飛び立つ。
その様子をバイクに跨り、
葉巻を吸いながらムラクモは見つめる。
ーーー
「あいつはなー、ちょっとイカレてるけど
根は良いっていうか人に取り入るのが
上手いっていうかさー?」
「は、はぁ」
暇つぶしに運転手に語りかける
指揮官の姿がヘリにはあった。
「しかも…」
言葉を続けようとするも、
指揮官はとある 雑音 が気になった。
「……なんだテメェら?口閉じてやがれ!」
口を塞がれた男達が
先程から必死に なにか を訴えかけている。
「ったく…」
一人の口の拘束を解き、「なんだ」と問う。
「背中っ!!背中だ!!!助け…!!」
「…?」
ーーー
「ふぃー…はー…葉巻うめぇ…」
ヘリを見送りながら、仕事終わりの一服を
ムラクモは十分に満喫していた。
「…さて…次の仕事も…頑張…」
ポケットから、すっきりした表情で
スイッチを取り出す。
「…うん、これも飽きたなやっぱ」
スイッチを押す。…少しして、
遥か遠くに去っていったヘリコプターが
朝日に重なって無残な爆発を起こした。
「んーーー悪人を正義の元に裁く!
ってのもなーんかマンネリだわ。
ま、一週間も飽きが来ないのはすげぇや」
バイクの排気口と葉巻から、
汚いガスを漏らして邪悪は嗤う。
「ははははははははは!
しっかし…指揮官のやつ…運悪っっ!!
滅多に現場に来ないのに
遠隔爆弾が残ってて俺がこの仕事に飽きた
今日に限って来るとか…ははははははっ!」
「はぁ…さて、朝飯でも食いに行こ」
ムラクモはいつも通りの表情で、
罪など一つも犯してないように
澄ました顔で走り出した。
目には目を、歯には歯を、
無法者には無法者を…
指揮官の考えはこうだった。
しかし彼の場合は無法者ではあるものの
自身の飽き《ルール》に最も素直な、
つまりややこしいが
自らのルールに従うタイプの
無法者だったわけだ。
…物事を単純に見て彼を仲間にした時点で|
指揮官の死は確定していたのかもしれない。
無法者 黒秋 @kuroaki
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