第250話 魔法陣
翌朝、朱王はいつものようにミリーと連絡を取り、レイヒムが淹れてくれたコーヒーを飲みながら東の街並みを見下ろす。
点々と立つ家々と、眼下には倒れ伏す多くの魔人。
朱王の周囲にはブルーノやデオン、ステラにクリシュティナまでもがテーブルにしていた石に伏し、カミンやフィディックも魔貴族達の中で酔い潰れている。
昨日の戦闘で疲れ切っていたというのに、夜通し飲んで騒いだ朱王達。
夜更かしなどする事がなかったであろう東の魔人達も、夜明けまでは保たなかったようだ。
レイヒムにも少し寝るよう伝え、朱王はクリシュティナ用のリルフォンを作ってから仮眠をとった。
昼前には目を覚まし、周囲にいる魔人を叩き起こして片付けをしてもらう。
昨夜の宴会の片付けは領民達に任せて、上位の魔貴族五名には死体の処理とリルフォンの回収に向かうよう指示を出した。
大王城は前面が破壊されているものの、崩れた瓦礫を片付ければ大王の執務室などはまだ使用する事もできるだろうと、残った魔貴族には瓦礫の撤去をしてもらい、カミンやアリス達はまた食材探しに飛び立った。
サニーはクリシュティナから今後の東の国の管理方法について説明される。
クリシュティナが勝手に決めた事であり、サニーは何を言われているのかわからなかったようだが、「代理としてしっかり頼むぞ」と言われてようやく自分が何をさせられるのかを理解したようだ。
慌てて断ろうとするがクリシュティナは譲る気はない。
そこで朱王から。
「大王代理ならそれなりの装備がいるよね。サニーは精霊剣あるの?」
「いえ、それがまだ私は精霊を捕らえる事ができない半人前。代理など到底務まるとは思えません」
「やっぱり魔人は精霊を捕まえるんだね。どこで捕まえるの?」
人間にとっては精霊とは召喚してその姿を顕現させるものだが、魔人はどうやら違うらしい。
「精霊とはある特定の場所に出現する希少な存在です。属性によってその出現場所に違いはあるものの、風の精霊であれば暴風吹き荒れるジゼルの谷。火の精霊であれば火の海となるグラスト火山などでしょうか」
「ふーん…… 召喚しなくてもいるんだね。捕まえるのは難しいの?」
「私如きでは精霊の存在に気付く事すらできないのですよ。ですのでカミン殿の精霊が初めて見た精霊となりますね」
「クリシュティナ大王は? 精霊化できるんですよね?」
「私は遠い昔に精霊を捕らえて力を得たのだが、カミンの精霊には正直驚いた。あれ程はっきりとした精霊など見た事がない」
どうやら魔人の知る精霊と人間の召喚する精霊とでは存在そのものが違うようだ。
気になった朱王は、クリシュティナから魔人の捕らえる精霊について質問をした。
魔人の捕らえる精霊とは、魔人が魔力を持った事象に気付く事で精霊という存在を確立し、魔人の作り出す魔力の塊を器として捕獲し体内に取り込む。
そこから長い年月をかけて精霊の本来の姿である事象と、精霊の持つ魔力を剥離して自身の魔力と結合する事で精霊剣を作り出す。
魔力を剥離した事象そのものを、魔人は体内の魔力に溶け込ませる事で自身の能力を底上げしているそうだ。
事象が得意魔法となり、魔人としての成長もあるとの事で、上位に位置する魔人は多くの精霊を取り込んでいるとの事。
作り出された精霊剣も密度を上げて成長していくそうだ。
それに対し人間が召喚する精霊は、事象そのものに召喚者のイメージが重なり、自我を持った事象が精霊として召喚される。
魔力を持った事象と、魔力を与えられ精霊として確立された事象とでは精霊としての在り方がまるで違う。
精霊としての能力で言えば召喚された精霊の方が遥かに高いだろう。
「なるほどね。じゃあサニーはカミンやフィディックと同じく精霊契約にしよっか。何属性がいい?」
と、朱王もサニーの意見を聞く事なく勝手に決める。
「え? あの、火属性でしょうか」
「魔人にはありきたりだけどまぁいいか」
車に入ってあるミスリルナイフを魔力を溜め込む仕様にエンチャントして、下級魔法陣ファイアを組み込んでサニーに渡す。
それと精霊召喚の魔石を渡して、イメージを込めて魔力を流し込んでもらう。
さすがは魔貴族、強大な火柱と共に全長1メートルを優に超える程の大きなサラマンダーが顕現した。
人間領で見てきたような四足歩行の火蜥蜴とは違い、二足歩行になったリザードマンのような様相をしている。
「おお…… これが火の精霊……」
サニーを見て後退りするサラマンダーだが、そこを逃すまいと朱雀が掴んで命令する。
「よし、サニーよ。名前を付けて魔力を渡すのだ」
「名前ですか? えーと…… どうしましょう」
「イグニスとかでいいんじゃない?」
火に関する名前で適当な言葉をあげてみる朱王。
「ではイグニス! 魔力を受け取れ!」
イグニスでもいいらしい。
サラマンダーに魔力を渡すとミスリルナイフを覗き込み、燃え上がるようにしてナイフに飛び込んだ。
「これで私は?」
「精霊魔法が使えるよ。君の場合は魔法陣も使えるだろうから下級魔法陣ファイアも組み込んである。あとこっちのナイフには上級魔法陣インフェルノだね。いざという時に使うといい」
もう一つのナイフをサニーに渡す朱王。
ちなみに朱王が用意しているこのミスリルナイフは全長40センチ近くあるダガーと言ってもいい程に大きなナイフだ。
装飾も施されていて薄刃で切れ味がよく、ミスリル製の為強度も充分。
「もしや朱王殿の魔力が高まるあの円陣ですか?」
「そそ。魔力に属性を追加するのと放出する魔力量を大幅に増加する事ができるよ」
朱王の口から魔法陣の説明があったところでブルーノから質問が飛ぶ。
「朱王殿。その魔法陣とやらを我々が使う事はできないだろうか?」
「うーん。残念ながら無理だったんだよね」
実は東の魔人達の戦力強化を図るうえで魔法陣の説明をしなかった理由がある。
魔人の上位に位置する者であればすでに精霊を捕らえており、精霊の力を体内に宿す者がほとんどだ。
しかしこの精霊を取り込んだ魔人はどの属性の魔法陣を発動してもその効果を得られる事はなかった。
北の国で銭湯を作る際にグレンヴィルが魔法陣の組み込まれたミスリルナイフを使用したのだが、なぜか魔法陣が発動する事はなかったのだ。
グレンヴィルは地属性魔法の使い手であり、ナイフに組み込まれた下級魔法陣も地属性であるグランド。
同じ属性がダメならと他の属性も試したが発動できない。
他にも精霊を取り込んでいるスタンリーやエルザも発動する事はできず、人魔であり精霊を取り込んでいないアリスやセシールは発動する事ができ、魔人でまだ精霊を取り込んでいないジノも発動する事ができた。
つまりは精霊化できる魔人は、すでに魔法陣を使用しているような状態なのだろう。
放出する魔力はすでに属性を持ち、魔人として成長した事によって魔力の放出量も増大している。
常時魔法陣を使用しているような状態の魔人であれば強いのは当然と言える。
「残念だ。我々は使えないのか……」
ブルーノは魔法陣が羨ましいのだろう。
サニーのミスリルナイフをジッと覗き込んでいた。
その後瓦礫がある程度寄せられた大王城の奥側、執務室へとサニーは連れ去られた。
クリシュティナからまた代理としての仕事の説明を受けるのだろう。
デオンとステラは自領にしばらく戻っていなかった為少し様子を見てくると飛び立ち、ルディも同じように自領へと飛び立つ。
ブルーノはメレディスに東の国を乗っ取られた後も自領の管理を行なっていた為戻る必要はないようだ。
しかし周りが飛び立つと遠くの空を見つめながら寂しそうな雰囲気を醸し出すブルーノ。
昨日までの鋭い雰囲気はどこへやら。
「ブルーノさんどうしたの? なんか人が変わったみたいにしょんぼりしてるね」
「んん。なんだ、昨日は楽しかったなと思ってな。戦う事ばかり考えてたオレが昨日は馬鹿みたいに笑ってた。それも朱王殿に負けたその日にだ。もっと強くなりたいとも思うがそれもなんだか違う気もするし、今は自分が何をすればいいのか、何がしたいのか、よくわからんのだ」
もしかすると朱王に負けたショックなのかもしれないが、何かしら気分転換も必要だろう。
「じゃあちょっと髪でも切ってみる? ついでに装備なんかも直したりしてイメチェンしてみたら気分も雰囲気も変わるかもよ?」
「ああ、たしかに伸び放題だからな。客人に悪いが頼もうか」
という事でブルーノのイメチェンをする事にした朱王。
地属性魔法の使い手であるブルーノはどことなく魔王ゼルバードに似た雰囲気を持つ。
懐かしい気分になりながらも車からクロスとシザーケースを持って、瓦礫の椅子に座らせたブルーノの背後に回る。
ブルーノの長い髪にコームを通してみると、やはり強靭な毛であり地属性の者特有の髪質なのだろう。
通常のシザーでは全魔力で強化しなければ切る事すら難しいのだが、今の朱王が持つのはミスリルシザー。
ある程度の強化するだけでスパッと切れる。
サクサクとブルーノの髪を切り進め、十分程でカットは終了。
ドロップで髪色を変えたいところだが、東の国に持って来ていない為今回は諦める。
次にブルーノの装備作りをする。
見たところブルーノの装備素材は悪い物ではないのだが、それ程上質な物とは言い難い。
もっといい素材を使えば、ブルーノ程の強化の持ち主であれば昨日の朱王との戦いであっても飛行装備がある程度は耐えられただろうし、回復ももっと早いはずだ。
しかしあまり器用ではない魔人は強い魔獣素材の加工をするとまともな物が作れないらしい。
倉庫に行けば素材だけは相当数あるとの事で、朱王達が加工して今後北の国へと向かう者に与えればいいだろう。
その見返りには朱王の欲しい素材をもらう予定だが。
すでにカミンやアリス達も戻ってきており、レイヒムの調理の手伝いをしていたようだ。
今夜の宴会料理を作っているのだろう。
昨夜レイヒムの手伝いをしていた領民達もまた頑張っている。
車に乗った朱王はカミン達を連れてブルーノと共に倉庫となる場所へと向かう。
ブルーノは車に乗って予想通りの大はしゃぎ。
楽しそうでなによりだ。
倉庫といっても土壁の建物に木の皮を乗せただけの粗雑な作りとなっている。
素材の状態が心配だが、強力な魔獣の素材であればそれ程傷む事もないはずだ。
人間領で考えればS級に届く素材も多く、いくつかデーモン素材もある。
飛行装備が作りたいので大量に翼竜の翼を引っ張りだしたのだが……
乾いた血がべったりとついており、素材同士がいろいろとくっ付いている。
そんな時はやはりカミンの水魔法に頼るのが一番だ。
洗浄魔法も誰よりも優れているうえ水質変化で臭いも除去できる。
そして以前クイースト王国での素材の鞣し加工の後、カミンにはこれを再現できるよう魔法の開発を頼んでいたのだ。
「お任せください。良質な素材に仕上げます」
そう言うカミンは今全てをデーモン装備で固めている。
魔人領へと向かう間にデーモン素材の飛行装備の練習をしたのだ。
カミンは空気中から集めた大量の水で素材を包み込み、水質を変化させて血液を剥離していく。
水が濁り出したところで浄化し、浄化した水をまた循環させて素材を綺麗にしていく。
カミンが洗浄魔法をかけている間に朱王は素材の山を漁り、自分の欲しい素材や魔人達の装備に使うものとを引っ張り出しては外に放り出す。
物作りに興味を持ち始めたアリスも素材選びを手伝う。
カミンは素材が綺麗になったところで朱王がまた新たに引っ張り出した素材の洗浄をする。
朱王は綺麗になった素材を広げ、残っている肉や脂肪分を取り除いていく。
これは誰でもできる作業の為、アリスやエルザ、フィディックとブルーノも手伝った。
その日の作業は途中で終わってしまったが、また明日も続ければいいだろう。
数日かけて装備作りをするつもりだ。
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