第223話 身分って何

 エイルで部屋を借りて荷物をおろしたら、次は役所に行って帰ってきた事を報告しなければいけない。

 そのついでに空き地に車を停める許可ももらってこよう。


「役所の後に研究所にもいいかしら。帰って来た事を知らせたいしキャンプの事もお願いしたいから」


 という事で役所へのお土産と研究所へのお土産も持って向かう。

 懐かしいアルテリアの街並みを見ながら顔見知りの人々に挨拶しつつ歩いていく。

 やはり千尋達が以前過ごしていたアルテリアの街にはエレクトラも興味があったらしく、様々なものや店を見てはミリーに質問しているようだ。

 そして夕食まではまだ少し時間もある為、役所に行くまでの間に多少の買い食いをしながらアルテリアの味も楽しんでもらおう。

 やはりお肉が食べたいミリーなので、全員分の串焼きを購入して口いっぱいに頬張る。

 懐かしいこの味はアルテリアの、そしてザウス王国ならではの香り豊かな味わいだ。

 塩味ではあるが香草も加えられた串焼きはとても美味しい。

 王宮で出されるような口の中でとろけるような肉ではないのだが、弾力があり噛み応えのある肉もまた美味しいのだ。




 役所に着くとやはりここにも懐かしさを覚えつつ、所内へ入っていくとこちらに気付いた複数の冒険者達と役所の職員さん達。

 その中にアマテラスの受付担当をしてくれていたカリファがおり、叫びながら走って向かってくる。


「おかえりなさい皆さぁん!! いつ帰って来るのかと首を長くして待ってましたよ!!」


「お久しぶりですねぇカリファさん。今日からまたエイルに宿をとりますので報告に来ました」


「はい、わかりました。ええと…… それとそちらの方は?(獣耳?)」


「冒険者のエレクトラと申します。わたくしもアマテラスの一員として同行させていただいておりますのでよろしくお願いします」


 カリファの視線がエレクトラの頭部へと向けられているが、やはり獣耳のエレクトラはザウス王国まで来ると目立つのだろう。

 ザウス王国の王宮に務めるレミリアも獣耳ではあるが、ザウス王国では他に獣耳を持った人物を見た事はない。

 ミリーにも獣耳が生えているが、以前は無かった事を知っているカリファは獣耳型の装飾品だと考えている。

 魔法的に視覚化している事から装飾品ではないのだが。


「エレクトラさんですね。アマテラスの受付を担当していますカリファと言います。よろしくお願いしますね。可愛い獣耳ですねぇ」


「うふふ。ありがとうございます」


「時代は獣耳ですからね!」


 獣耳の時代がきたかどうかは不明だが、獣耳が可愛いと聞けばミリーも上機嫌だ。


「そうだ。皆さんには所長もお会いしたいでしょうから所長室に行きましょうか。こちらへどうぞ」


 カリファに続いて所長室に向かう。




 所長室に入ると笑顔で出迎えてくれるアブドルだ。


「やあやあ、よく帰って来てくれたね。久しぶりに会えて私も嬉しいよ。まあ座ってくれたまえ。アイリ君もまた会えて光栄だ。この旅でクリムゾン本部に戻るかと思っていたが」


 所長の指示に従い全員がソファへと座る。


「クリムゾンは辞めました」


「は? いやいや待て待て待て待て。クリムゾンを辞めた? ゼス本部の幹部である貴女が辞めた? まさかご冗談を……」


「朱王さんとお話しして辞める事になったんです。今はただの冒険者のアイリですよ」


「朱王様が許可なされたのか…… なんとも勿体ない…… クリムゾンの幹部ともなれば貴族と同等の扱いを受けられたでしょうに。まあアイリ君が決めた事であれば…… 仕方のない事か」


「ただ辞めてしまったとはいえ、今後はクリムゾンの幹部としてではなく、朱王さんの友人としてクリムゾンを支えていくつもりですからね。それ程変わりはないかと」


 それでもクリムゾンの幹部という立場は惜しいと思ってしまうアブドルだが、アイリも納得しているのでこれ以上言う事もない。


「むう。そうか…… ところでそちらの女性は?」


「冒険者のエレクトラと申します」


「エレクトラ君か。私はアルテリアの所長アブドルだ。今は平和な街となっていて君達が求めるようなクエストはないかもしれんがね。何かあればよろしく頼むよ。ところで君はノーリス王国の方かね?」


「はい、ノーリスですわ」


「ふむ、ノーリス王国の…… エレクトラ? エレクトラ…… むぅ、なんだか聞いた事があるような……」


 考えながらエレクトラの顔を見るアブドルから、ぶわりと汗が噴き出てくる。


「おほん! えー、二、三質問させてもらいたいのだがエレクトラ君のご職業は?」


「冒険者です」


「…… フルネームを教えてもらえますかな?」


「エレクトラ=ノーリスですわ」


 笑顔を崩さないアブドルだが大量の汗が流れ落ちる。


「お、お父様のご職業は?」


「ノーリス王国国王です」


 エレクトラが答えた直後にソファから降りて跪くアブドル。

 それに続くようにしてカリファも跪いた。


「これは大変なご無礼を! ノーリス王国のエレクトラ王女様とは存ぜず失礼致しました! どうかお許しを!」


「申し訳ございません王女様!」


 この街ではある程度の地位があるとはいえ、役所の所長と王女では身分が違いすぎる。

 王女付きの従者でも通さない限りは言葉を交わす事すらできない存在であるのに、対等な物言いをしてしまったアブドルは震えあがり、カリファも自分のしてしまった事を思い返して青ざめる。

 各国が王政を敷いている以上は王族は絶対的な存在であり、街の役所を預かる所長といえどもただの一般国民の一人である。

 王族に無礼を働いては裁かれて当然というのが常識とされているのだ。


「お二人共お顔をおあげください。先程も申し上げた通り今のわたくしは冒険者のエレクトラです。そのように平伏されても困りますし、他の皆さんと同じように接しては頂けませんか?」


「いえ、しかし……」


「わたくしのお願いでも聞いては頂けないのでしょうか」


「よ、よろしいのですか?」


「ええ。わたくしは冒険者であり、彼らの仲間としてここにいますから」


「王女様がそのように仰るのであれば……」


 汗を拭いつつソファへと座り直すアブドルと、オロオロしながら立ち上がってお茶を入れにいくカリファ。

 カリファが所長室から出る前に、持ってきた大量のお土産も渡しておく。


「いやぁしかし驚かされましたな。まさかエレクトラ王女様がいらっしゃるとは」


「先程のようにエレクトラ君で構いませんよ?」


 また汗が噴き出るアブドルだった。




 カリファが持ってきたお茶とお菓子を口にしながら旅の話しをしつつ、所長には必要だろうとリルフォンを一つ渡しておく。

 それと千尋達の担当であるカリファにも渡した。

 その用途を説明してから耳につけてもらうと、脳内に使用マニュアルがダウンロードされる為、余計な説明もなく利用できるようになる。

 千尋達全員と魔力登録をすれば完了だ。

 やはりこの神器とも呼べるらしいリルフォンには所長もカリファ喜び、一瞬で理解した使用用途には自動計算処理機能も含まれている。

 様々な機能だけでなく仕事が一段と早くなるとあれば感動さえ覚えるのか涙を流していた。


 そして所長やカリファの話からアルテリアの街にはまだミスリルモニターが設置されていない事がわかった。

 アブドルも王国で開催されている映画の日については知っていたものの、アルテリアに設置されるとは考えてもいなかったようだが、千尋としてはそれはそれでおもしろくはない。

 これはザウス国王に抗議するべきだろう。


「ねぇアブドルさん。王様に言ってミスリルモニター設置してもらうからさぁ。みんなでリルフォンで通話しよー」


「王様!? ザウス国王様にか!?」


「そうだよー。コール!」


 千尋はグループ通話で発信し、着信を受けた者から順に脳内視野に映し出されていく。

 脳内視野に映るその姿にアブドルもカリファも驚きで変な声をあげているが、初めてのリルフォンであれば驚くのも当然だ。


 そして全員の視野にザウス国王の姿も現れ、アブドルとカリファはその場で跪く。


「やっほー。王様、元気してたー?」


 千尋のいい加減な挨拶にアブドルとカリファは目玉が飛び出す程に驚いた。


「おい千尋。言葉使い本当に気を付けろ。国王にやっほーとか言うんじゃない!」


 蒼真がしっかりと注意する。


『はっはっは。千尋も蒼真も相変わらずだな。それとリゼとアイリにミリー…… おお、ノーリス王の娘さんもいるな。あと他の二人は初めて見るか』


「アルテリアの所長さんと受付の職員さんだよー」


 注意されても全然直さないのが千尋なのだ。


『そうか。名を聞いてもよいか?』


「は…… はい! アルテリアの役所所長をしておりますアブドルと申します。このようにお目通り叶い誠に光栄にございます」


「カカ、カリファです。アマテラスの担当をさせて頂いております。国王様にお会いできる日がくるとは思ってもおりませんでした」


『アブドルとカリファ、覚えたぞ。アルテリアは良い街だと聞いているからな。其方らの働きの賜物だろう、感謝するぞ』


「ははぁ! 恐悦至極にございます!」


『それで今回はどうしたのだ? ん? ところで千尋達はアルテリアに戻って来ているのか。それなら早く王都に遊びに来い。皆が会いたがっているぞ』


「さっき戻って来たところだよー。王都には来週あたり行くからその時はよろしくねー」


 千尋の物言いに蒼真は今回もダメかと諦め、アブドルとカリファは嫌な汗が流れ出る。


『そうか。それならば邸を用意しておこう。使用人も何人か手配して……』


「邸は必要ないよー。またロナウドさんのとこに泊めてもらおうと思うし。それより王様! 王都では映画の日はやってるよね?」


 エレクトラ王女が同行しているのにロナウドの邸に泊まる事を勝手に決めてもいいのだろうか。

 あとでロナウドに許可をもらう為に千尋と一緒に通話をしようと考えるリゼ。


『うむ。毎週国中が大いに盛り上がっているな。私も王宮で映画を楽しむのもいいが、こっそり抜け出して貴族街の祭りを見て回るのを最近の楽しみとしている』


 ザウス王も勝手に王宮を抜け出していいのだろうか。

 王宮内が騒ぎになっているのではないかと心配になる。


「その映画の日! アルテリアの街はやってないんだけど! ミスリルモニターも設置されてないしさぁ。設定はオレ達でやるから早いとこ機材運んで! アブドルさんもアルテリアに何故設置されないんだって怒ってるよ? もうプンプンなんだよ!」


「ちょっ、千尋君!? 君は何を言ってるんだ!?」


 千尋が適当な事を言い始めて焦るアブドルだが、国王もさすがに千尋が揶揄い半分に言っている事はわかってる。


『各街への設置は予定されてなかったと思うが? イアンも王都の六カ所に設置して帰って行ったしな』


「えー、じゃあアルテリアには設置しないのー?」


『千尋が設定するのなら機材は用意しよう。明日にでも送らせようか』


「わーい、ありがとう王様! ほらっ、アブドルさんもお礼言って!」


「あああありがとうございます国王様! 私の数々のご無礼、千尋共々お許し頂きたく……」


『ああ、よいよい。千尋もあまりアブドルを揶揄うのはやめてやれ。可哀想だろう』


「あははー。アブドルさんが焦ってるのが面白かったからさー」


(この男、殴りたい)と初めて思うアブドルだった。




 その後世間話をしつつ、ザウス国王も仕事が忙しいだろうと通話を切る事にした。

 ザウス王は全然忙しくないぞなどと言うが、普段から忙しそうには見えなかったので本当に忙しくはないのだろう。

 アブドルとカリファが精神的に耐えられないだろうと蒼真が話しを誘導して何とか通話を終えた。


「ちぃひぃろぉ゛くぅん゛…… 君ねぇ゛……」


 腹の底から響くような声をあげるアブドル。

 お怒りなアブドルに、蒼真が、千尋はいつもザウス王とあんな感じなんだと説明して落ち着きを取り戻してもらう。


「蒼真君がいてくれなかったら私は……」


 ちょっと涙目になるアブドルだった。




 アブドルはアマテラスのメンバーを一人ずつ見て思う。


 千尋はザウス国王とも対等に、友人のように接する危険な人物。

 しかしその実力は確かなもので、他の冒険者達からは強さの質が別次元と呼べるものだと聞いている。

 そして自身の工房を持ち、武器作りなどをしているうえ、その武器の強化もできてしまう不思議な男だ。

 見た目も男には見えないあたり本当に不思議に映る。


 蒼真は噂に聞こえた王国最強説があり、あくまでも噂でしかないが王国聖騎士長と対等かそれ以上と噂されているようだ。

 また王国騎士団や魔術師団を相手に教鞭を振るう程の知識の持ち主とも聞いている。


 リゼは聖騎士長ロナウドが自分の娘としてとても大事にしている事を知っている。

 以前の研究所にいた理由も知っているが、やはり聖騎士長の娘ともなればその位は高い。


 そしてアイリは辞めてしまったとはいえ元クリムゾン幹部である。

 各国の貴族がクリムゾンの幹部を血縁にしたいと思うほどに能力が高く、その身分や扱いとしては貴族とも対等と言えるかもしれない。


 エレクトラは言うまでもなく、ノーリス王国の王女様だ。

 アブドルからすれば雲の上の人のような存在である。


 残るミリーは。

 数少ないヒーラーの冒険者で、その戦闘能力は高く冒険者達のなかでも人気が高い。

 話しやすく表情豊かなこの女性はアブドルとしても接しやすい人物だ。

 身分も王国回復術師の娘という事で高いわけでもないだろう。


「ミリー君はなんだかいいな。一緒にいて安心する。唯一このパーティーで心が落ち着くと言えば君以外いないだろう」


「…… まさか口説いてますか!? ダメですよ! 私には心に決めた人がいるんですからね!」


「いやぁ、そういうわけじゃないんだ。ただ何となく身分も気にせず接する事ができるのはいいなと思っただけなのだ」


「まぁ身分は高くはないですね。実家も冒険者相手の回復医院ですし」


「うんうん。君は話しやすいしとてもいい子だ。これからも私の話し相手になってくれ」


「急にお爺ちゃんみたいになりましたね」


「うん、そうかもしれん。なんだか今日は疲れてしまったよ」


「じゃあ体力だけでも回復しておきますね」


「あ、温かいし気持ちがいい。ありがとうミリー君。ところで君の心に決めた人とはどんな人なんだい? 是非とも祝福したいね」


「私の恋人は朱王ですよ。クリムゾンの首領をしています」


 ガタン!

 とソファから倒れ落ちたアブドル。

 泡を吹きビクビクと痙攣しているようだ。

 そこに回復魔法をかけるミリーだが、その効果は何もない。


「し…… 死んでる!?」


 アブドルは意識を失っていた。

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